ウィリアム・ケントリッジ(後編)

作品は、それを作った人を映す鏡となるんです。

木炭とパステルで描いた「動くドローイング」で知られる巨大な表現者は、アパルトヘイト時代の南アフリカにユダヤ系として生まれ育った。若き日にパリで演劇を学び、その後人形劇団と協働し、来年にはショスタコーヴィチのオペラ『鼻』をメトロポリタン・オペラで演出するが、むしろ美術家として著名である。演劇には飽きたらず、人間の実存を問うドローイングや版画、映像インスタレーションを手がけるのはなぜか? セル画やCGが主流である時代に、コマ撮りの素朴なアニメーションにこだわり続ける理由は? 日本における初個展のために来日した作家に、創造の背後にある思想と体験について聞いた。

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聞き手:編集部

——かつてケントリッジさんは、南アのキリスト教社会で生活するユダヤ人の居心地の悪さについて書いていました。実際にはどんな感じだったのでしょうか。

抑圧されたとか、反ユダヤ主義があったとかいうのではないんです。これまでの人生でそうしたことを実際に経験したことは一度もない。むしろ、社会の本流にはいず、本流の周縁にいると理解することですね。ちょっとした分離ではあるけれど、いままでにない物の見方を与えてくれました。両親が政治的な活動に関わっていたこともありましたね。父はシャープヴィルの虐殺事件(注)の調査に当たった弁護士だったんです。だから教師や、国や、学校によって示される世界があった一方で、まったく異なる視点も存在するんだということを、両親の会話によって知らされもした。つまり少年のころから、世界には分離分断があることがわかっていたんです。


アニメーション 「流浪のフェリックス」 より 1994年□8分43秒□© the artist

——やはり南アフリカ出身の、ジェーン・アレクサンダーの作品についてどう思いますか。

角を生やした3人の人物がベンチに座っている代表作「Butcher Boys」は素晴らしい作品です。彼女が学生のときに作ったもので、あの時代の南アフリカを象徴するイメージのひとつと言ってよい。フォトモンタージュ作品も優れているし、美しいインスタレーションも作っていますね。

——アパルトヘイトや冷戦が過去のものとなった現在においても、ケントリッジさんは歴史や世界情勢に関する関心を失わず、時事問題を追ってもいます。作品の中では作家の分身が新聞を読んでいますが、今日では誰も新聞を読まない。

みんなモニターの画面を読むんですよね。でも、現在の事象を表現するのに古いテクノロジーを使わなければならないときもある。例えば、電話を手動でつなぐのに交換機を使うことはもうないけれども、あるものから別のものへ、あるいはある人から別の人へのライン接続は、現在では不可視の技術となっているもののグラフィックな表象ではありませんか。つまり、古いテクノロジーの中には、現在の事象を指し示すために描画されるものがある。その際にはモニター画面よりも新聞が用いられます。


「ステレオスコープ」のためのドローイング [2つの部屋] 1999年□© the artist

理解したいという思いが常にある

——『ART iT』で日本の若手作家を特集した際に(18号=2008年冬春号)、「白」「影」「浮遊」「落下」をキーワードとして用いました。特に「落下」は、日本に限らず9.11以降に顕著となった特徴ですが、それ以外の3つも含め、ケントリッジさんの作品には昔から見られるものです。ケントリッジさんに影響を受けた作家は西洋ばかりでなく、日本など東アジアにも多数いますね。

承知しています。中国にもいるとわかったときにはちょっと驚きました。『ユビュ』を作った後、1990年代半ばにツアーに出たんですが、最初に行ったのは旧東ドイツのワイマールでした。そこで人々が言うには「この作品は素晴らしい。我々は警察の記録と秘密警察シュタージの個人情報ファイルを公開したばかりだから、作品を完全に理解できる。でもヨーロッパでは、この地以外で理解されるとは思えない」。次にスイスに行くと「我々はスイス銀行とナチスが保存していた金塊について自問し続けてきた。だからこの作品は素晴らしいと思うし、完全に理解できる」。そしてフランスに行くと、ちょうどナチスの収容所移送についての裁判が行われていて、ブルガリアから来た人が「この作品は非常にローカルなものだ」と言う。というわけで最終的にわかったのは、誰もが自分自身の歴史を持ってきて物事の上に載せ、関連性を発見するということです。理解したいという思いが常にある。これは驚きでしたが、うれしく思ってもいます。


「影の行進」1999年 アニメーションと「ユビュ、真実を暴露する」より編集された映像 7分□© the artist

作品の形式について言えば、自分の功績と言うつもりはありませんが、世界的にアニメーションの爆発的ブームがあるのは事実でしょう。かつてはアニメーションを教える美大はなかったけれど、いまやアニメーション学科は巷にあふれています。卒業後に実際に職に就けるというのが一因でしょうか。産業として成立しているし、インターネットはあらゆる種類のアニメーションにうってつけの媒体です。

若い世代へのメッセージ

——作品に頻出するイメージ群について聞かせて下さい。水、紙、そして猫。これらには特別の意味があるのでしょうか。

特にないですね。例えば猫は、犬よりもはるかに描きやすいからです。猫は1本の線、つまり背骨だけを描けばよい。1本の黒い炭の線と、その周りに点を記せば猫になります。水は、ヨハネスブルグの郊外が非常に乾いていて、そこにはない水を出すのがいいと思うから。紙は時間の経過を示す際に用いることがあります。単純に撮影された街の写真があるとスチールみたいに見えますが、紙が1枚漂っていると時間が流れている街を見ているのだとわかる。ある場合には、紙は変形のための素材でもありますね。何かを紙でくるんだりして。紙の動きは生来の反射的な運動も含んでいて、漂っている際には流れるように滑空して落ちていくことなどなく、何度となく飛び上がったりもする。だから、ぎくしゃくしたアニメーションを作る際には逆に、紙は自然でなめらかに動いているように感じられます。映像作品に何を持ってくるかの選択は、関連づけと実際的な問題との兼ね合い、やるべきことがいかに簡単で、また柔軟性があるかによります。そしていったん決まったら、明らかに連想される意味が付与されます。とはいえ、意味から選ぶんじゃありません。まずは具体的な思考から始めるんです。

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「月世界旅行」 2003 年 実写映像とアニメーション  7 分10 秒 © the artist

——ありがとうございました。最後に、若い世代へのメッセージを下さいますか。

私にとって重要なのは、まずは迅速に、そして単純に扱える素材を発見することだと思っています。「簡単に」ではなく、「単純に」ですね。炭であったり、自分自身を映像に撮ることであったり。すると作品は声に出して考える問題となり、多大な技術的準備を要するために思考が枝葉の事柄となることはありません。映像作品は、それがどのように作られたかを見せる媒体でもあると思いますね。作品を作る前に学ばなければならない、とてつもない技術があるなんていうことはありません。映像作品を撮ろうと思い立ったら、その日の内に始められます。その際に、よい作品か悪い作品かというのは技術ではなく、作者がどんな奴で何をやっているかによる。ありのままの人となりが出るんですよ。あなたが気取り屋なら、作品も気取ったものになる。馬鹿げた奴だったら、馬鹿げた作品になる。作品は、それを作った人を映す鏡となるんです。

(注)シャープヴィルの虐殺事件
1960年3月、ヨハネスブルグ近郊のシャープヴィルで起きた虐殺事件。アパルトヘイト制作を続ける政府へ抗議するために集まった黒人群衆に警察が発砲し、69人(女性8人・子供10人)が死亡、180人以上(女性31人・子供19人)が負傷した。

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William Kentridge
1955年、ヨハネスブルグ生まれ。ウィトワーテルスラント大学で政治学とアフリカ学の学士号を取得し、その後、ヨハネスブルグ美術財団で美術を学ぶ。アパルトヘイトや植民地主義などを主題とし、木炭の素描を用いた独特の短編アニメーションで国際的に知られるが、エッチング、コラージュ、彫刻、舞台芸術作品も制作する。97年にドクメンタXに参加して以来、世界各国の美術館やギャラリーでの個展は引きも切らず、主要国際展にも多数参加。2009年には、『Time』誌によって「世界で最も影響力のある100人」のひとりに選ばれている。京都国立近代美術館で10月18日まで開催中の大規模個展『ウィリアム・ケントリッジ——歩きながら歴史を考える』は、東京国立近代美術館(10年1月2日〜2月14日)、広島市現代美術館(3月13日〜5月9日)へ巡回予定。サンフランシスコ近代美術館とノートン美術館が企画した『William Kentridge: Five Themes』展は、11月7日から1月17日までノートン(ウェスト・パーム・ビーチ)で開催され、その後、ニューヨーク近代美術館(2月24日〜5月17日)、さらにはヨーロッパ各地に巡回する(サンフランシスコでの展示は終了した)。演出を担当するショスタコーヴィチのオペラ『鼻』は、 10年3月にニューヨークのメトロポリタン・オペラで世界初演を迎える。

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ニュース:ウィリアム・ケントリッジ パフォーマンス

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