大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2009

7.26–9.13
越後妻有地域(新潟県十日町市、津南町)
http://www.echigo-tsumari.jp/


李在孝 『0121-1110=109061』(注:2009ドローイング)

約10年をかけて築かれた、農地と都市、現代アートと里山、若者とお年寄りの対話。違いを超えて人やものを結びつけることができたのは、やはりアートだったからだろう。「生まれたばかりのアートは、何かと手をかけなければならない。多くの人が世話をやくうちに、人々が再び結びついたのでしょう」とは、総合ディレクター、北川フラムの言葉だ。

新潟県十日町市と津南町からなる越後妻有(えちごつまり)地域で、3 年に1 度、夏から初秋にかけて開かれる国際展。面積は約760平方キロメートルと東京23区より広いが、人口は7 万5000人に満たず、65歳以上の高齢者が人口の約3 割を占める。約1500年もの間、稲作をはじめ農業を主力としてきたが、若年労働者が都市へ流出して過疎化が進み、2000年から「人間は自然に内包される」という理念のもと、里山を舞台としてスタート。毎回、国内外から約150~200組のアーティストが参加し、地域に内在する価値をアートの視点から掘り起こし、世界へと発信してきた。イリヤ&エミリア・カバコフの彫刻「棚田」、宿泊施設でもあるジェームズ・タレルの「光の館」、廃校全体をインスタレーション作品にしたクリスチャン・ボルタンスキー&ジャン・カルマンの「最後の教室」など、会期終了後も常設されている作品は150を超え、新作と一緒に見ることができる。

4回目を迎える今年は、38の国と地域から、アントニー・ゴームリー、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー、パスカル・マルティン・タイユー、青木野枝、塩田千春、向井山朋子らのアーティストが参加、約350作品を展開する。芸術祭には中心がなく、コミュニティを形成する200の集落に作品が点在する。作家たちが場から感じたものの普遍的記憶を象徴するものとして、今年は糸、あるいは蜘蛛がひとつの鍵のようだ。

芸術祭の魅力のひとつは展示する「場」だ。とりわけ、空家や廃校を再生し、会場とする「空家・廃校プロジェクト」が目を引く。2 月にリサーチに訪れたクロード・レヴェックは、「数ある国際展の中で、妻有にはここにしかない魅力がある。電車を乗り継ぎ、車で山間を行く道のりは、まるでロードムービーのようだった」と語った。2 回目の参加となる今回は、木造の家の屋内空間やそこに残されたものに潜む、集団的記憶を引き出すようなインスタレーションを手がけるという。

また、自伝的映画『絵の中のぼくの村』の原作者でもある田島征三は、学校全体を3 次元の絵本の世界とする「絵本と木の実の美術館」を造る。本展の総合プロデューサーである福武總一郎の呼びかけのもと、小山登美夫ギャラリー、シュウゴアーツなど日本を代表する7 ギャラリーと中国の長ロング・マーチ・スペース征空間、韓国のクムサン・ギャラリーが独自に企画を行う「福武ハウス」もある。少子化が進む現在、廃校の再活用法は全国的な課題でもある。美術大学や専門学校がセミナーハウスやアートセンターとして活用するプロジェクトも複数進行中だ。

もうひとつの魅力は、制作プロセスに地域住民が「協働」すること。今回、ブナ林に無数の“ 目” と梯子のようなものを設置するアンティエ・グメルスをはじめ、多くの作家の作品に住民の手が加わる。住民の多くは、ものづくりを体得している耕作者であり、アートの制作に関わる中で元気を取り戻しつつある。津南町の上野集落では、韓国から李在孝(イ・ジェヒョ)、中国から管懐賓(グアン・ファイビン)らが出品。「北東アジア芸術村」と銘打ち、北東アジアの作家を招くレジデンス構想を練っている。2000年、同集落に蔡國強(ツァイ・グオチャン)が中国の登り窯を移築再生した「ドラゴン現代美術館」では、ジェニファー・ウェン・マが鏡を配した通路のようなインスタレーションを展示する。

汗をかきながら山を登り、日本の原風景の中で内なる自己を見つめる。「カンカン照りだったはずなのに、思い返すと風が吹いている」と誰かが言っていたが、その通りだ。その風は、どこか遠くからやって来る懐かしい感じがする。

(白坂ゆり)

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