2010年記憶に残るもの 太田佳代子

『Usus/usures: Etat des lieux – How things stand(消耗の跡——ことの次第)』
2010年8月29日-11月21日
ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展 ベルギー館


Installation view of Belgian Pavilion, Architecture Biennale Architettura
2010, Photo: ART iT

ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展の圧巻はベルギー館だった。何も賞を取らなかったのが不思議だが、久々に強烈なインパクトを受けた。一見、現代アートを弄んだユーモラスな展示に見せかけながら、やがてそのユーモアの向こうに横たわる現代社会の問題に観客を覚醒させてゆく——この展覧会では軽み【かろみ】とシリアスさが大胆にブレンドされているのだ。パビリオンの白い壁には、見慣れない様々な特大オブジェが展示されている。よくみると古びた床の一部だったり、摩耗したテーブルの天板だったりする。使用中の建物から取り出されたものがアブストラクトペインティングに変身することによって、観客はあることに気づかされる。展示物の表面を覆う古びはどれも味わい深いが、我々は一体こうでもしなければ気にもとめないどころか、負の価値として見る。アート作品としてなら美しいと思えるものを、建物としてはどんどん廃棄する。この展覧会はこうした現代社会の問題を辣腕ジャーナリストのように突き、もみほぐす。建築消費を見直すアクティビスト集団Rotor、恐るべしである。
ベルギー館コミッショナー: Rotor (Tristan Bonivier, Lionel Devlieger, Michael Ghyoot, Maarten Gielen, Benjamin Lassere, Melanie Tamm, Ariane d’Hoop, Benedikt Zitouni)

『Surreal House(シュールな家)』
2010年6月10日-9月12日
バービカン・アートギャラリー


Both: Installation of The Surreal House, Barbican Art Gallery, Courtesy
Barbican Art Gallery, Photo credit: Lyndon Douglas

専門分野である建築の展覧会となるとつい点が辛くなってしまうのだが、今年ロンドンのバービカン・アートギャラリーで見た『Surreal House(シュールな家)』は心置きなく楽しめた。家というものが人間の欲望の集結であり、象徴である以上、そこには不条理なものが様々に棲息し、まとわりついている。それがどのようなものであるか、ここで雄弁に語るのは建築家よりむしろ映画監督であり、アーティストであり、アニメーション映像作家であり、詩人である。しょっぱなキートンの劇的シーンに釘付けにされ、期待が大いに高まる。シュールレアリズムの作品はむろん感動的だが、クェイ兄弟の映像やレベッカ・ホルンのインスタレーションも愉快だった。美術館で建築を取り上げることが増えてきている今日このごろ、建築の専門領域に入らずして建築を楽しませてくれたのが、この展覧会だった。

国立アラブ近代美術(Mathaf)の開館
ドーハ、カタール
http://www.mathaf.org.qa/


Exterior rendering of Mathaf: Arab Museum of Modern Art, Doha. © L’Autre Image Production 2010, courtesy Mathaf: Arab Museum of Modern Art, Doha.
開館日は12月30日。というわけでまだオープン前ではあるが、今年には違いない。中近東アート界の今年最大の話題はこれだろう。中近東の美術館といえば、アブダビ・サーディヤット島のようにルーヴル美術館やらグッゲンハイム美術館やらを誘致し、短期即成でアート界の地図に載ろうという、金に飽かせた技術移転ならぬ文化移転方式が目立った。そこへいくとお隣のカタールは落ち着いたものだ。この国の国王は国民に知を享受し、知を国力とすることを国是としていて、アルジャジーラTV同様、美術館もその使命を担う一機関である。というわけで、国立アラブ近代美術館、通称「Mathaf」(マトハフ)はアラブ圏の作品を見る、アラブ人による初の近代美術館として、首都ドーハにオープンする。マトハフはアラブ語で「美術館」の意味。有名建築家を起用した鳴り物入りでなくても、アート界の地図に載る好例となってほしい。

ハンス・ウィルスクット 『Perforated Perspective』
2010年4月24日-2011年4月17日
ボイマンス・ファン・ボイニンヘン美術館


Hans Wilschut – Touch (2009), Johannesburg, Endura on Perspex/
dibond (diasec matte), 180 x 225 cm. ©Hans Wilschut.

ハンス・ウィルスクットの写真は一見して、アンドレアス・グルスキーあたりから始まった都市写真の潮流に乗るものと映るかも知れない。確かに一枚一枚が大判で、レンズによる湾曲もなく、まぎれもなく都市という熱狂を捉えている。ところが何かちょっと変だ。たとえばヨハネスブルクの美しい近代建築のファサード。見ているうち、そこに微妙な操作が介入していることに気づく。グリッドで仕切られたオフィスウィンドーはブラインドの上げ下げの状態が微妙に調整され、ファサードの均質感と、人の存在感とが滑らかに表現されているのだ。ウィルスクットは撮影技術だけでなく被写体そのものまで加工し、被写体のもつ潜在能力を自らの介入によって引き出した上でシャッターを押す。そこが凡百の都市写真と一線を画すところで、新しい可能性を予感させていた。

藤原大によるレクチャー『Color Hunting』
2010年10月14日
オランダ王立熱帯博物館

イッセイ・ミヤケのクリエイティブディレクターでA-POCを開発した藤原大が、アムステルダムの王立熱帯博物館で開かれたシンポジウム「Color in Time」に招待され、色にまつわる壮大なプロジェクトを紹介した。これが実に心躍る、エキサイティングなレクチャーだった。色というのは妙なもので、ふつうあらゆる色に囲まれて生活していると思いきや、どの生活文化圏においても、そこでの色体系は価値観や美意識だけでなく、経済状況や流通システムによっても支配されている。藤原は「本当の自然の色」を手に入れるために、遥かアマゾンの奥地へと繰り出す。そして熱帯雨林が支配する自然界の色を、アイデアを駆使し、果敢にチャレンジしながら糸に染込ませることに成功する。ファッション・コレクションのために行われたプロジェクトだが、その動機といい、実験性といい、アートでもあると思った。

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