追悼する身体:サウンド・パフォーマンスにおける死者との交わりについて
死者たち、なかでもジェノサイドの犠牲者たちを記憶し追悼する芸術とは、どのようなものでありうるのか。イラヴェニル・ヴァスキー・ジャヤパラン『虐殺と再生の音響的記念碑』は、時に暴力的なまでの激しさと静かな威厳をもって、その一つの可能性を示していた。
パフォーマンス風景©陳河好
本作品は、ノルウェー在住のイーラム・タミル人である作家が、スリランカ内戦下の虐殺で犠牲となったタミル人たちを追悼するサウンド・パフォーマンスである。京都芸術センターのフリースペースに設けられた会場は、スクリーンによって観客とパフォーマーの間が区切られ、強烈な赤色の照明とスモーク、お香のような匂いに満たされている。スクリーンには、ターンテーブルについた一人の人間の影が投影されている。これはパフォーマーであるイラヴェニル本人の影であり、その周りには、サイケデリックな幾何学模様が絶えず変化する映像が流れている。
冒頭、タミル語のゆったりとした恋愛歌が流れると、人影はゆっくりと両手を動かして舞う。離散タミル人の望郷の念をほのめかすこの歌唱は、会場中に朗々と響き渡り、人影のダンスとも相まって祈りの雰囲気を喚起する。次第に人間の叫び声のようなノイズが現れ、赤い光の激しい明滅が始まると空気は一変し、緊張感が高まる。ドラムセットの音が規則的でダンサブルなリズムを作り出す一方、爆発や銃撃戦を連想させる音と光が不規則に炸裂する。観客が激烈なサウンドと照明の変化に身をゆだねるうちに、再び歌とともに平穏が取り戻され、破壊と再生の旅は終わりを迎えるのである。
パフォーマンス風景©陳河好
本作品は、虐殺されたタミル人の記憶と追悼という明確なテーマを持ちながら、それらを直接的に指し示す具体的なイメージや台詞は一切登場しない。また、演者と観客は終始スクリーンによって隔てられており、演者の姿は最後まで明かされない。このような抽象性は、国や地域を問わずある種の政治的主張を打ち出す芸術作品において、弾圧の目を掻い潜る戦略として少なからず見られてきた。本作品もまた、その系譜上に位置付けられるかもしれない。実際、2009年以降、タミル人のジェノサイド犠牲者を追悼する記念碑や行為が弾圧の対象になってきた事実を踏まえれば、本作品の抽象性はそうした状況に対する抵抗のあらわれといえるだろう。
一方で、イメージが徹底的にそぎ落とされることにより、作品に独特の効果がもたらされていることも指摘できる。たとえばスクリーンに映る真っ黒で無個性な人影は、誰でもないがゆえに誰でもありうる影となり、観客が各々の想像力を反映させる余地が生み出されている。その影は追悼の儀礼を司る者のようであるが、同時に名もなき犠牲者たちの沈黙する姿にも見えてくる。この影は、照明の操作によって分裂と収束を繰り返し、一であると同時に多であることが視覚的に示される。こうして演者の影は様々なレイヤーを獲得し、多様な死者と生者が彼の身体において現れては消えていくのだ。
そしてまた、イメージのそぎ落としは、本作品にある種の聖性をも付与している。具体的なイメージなしに起こる光と音の炸裂は、姿の見えない神がもたらす災厄を想起させ、本作品が下敷きにするナーガ(蛇神)の破壊と再生の物語へと観客を誘う。そこには圧倒的な威厳が満ちており、たとえ躍動感あふれるダンサブルな音楽の最中にあっても、光の明滅に、そしてパフォーマーの分裂する影に、観客は常にこの世ならぬ者たちの臨在を感じることとなる。こうした、観客を巻き込む過激さと、不可視の者たちを感じさせる仕掛けとのバランスが、本作品を唯一無二のものにしている。
パフォーマンス風景©陳河好
このような本作品の特質は、京都滞在中にイラヴェニルが出会った能とも少なからず通じ合っている。レジデンス期間を通して能面制作を学んだイラヴェニルは、能のスローな動きには過激さが感じ取れると語る。能がそうであるように、本作品における人影の抑制された動きもまた、静かであるがゆえにかえって激しいエネルギーを内包している。そして、謡と囃子が鳴り響くなかで亡者を成仏へと至らしめる能の一演目のように、イラヴェニルもサウンドを通してこの世ならぬ者たちと交わり、激闘の末の安息へと導く。死者との交わりとその魂の救済という本作品が含み持つテーマは、能の身体性と精神性との邂逅によって、京都公演において明確な仕方で前景化していたといえよう。
パフォーマンス風景©陳河好
さて、歴史が示す通り、スリランカにおける民族間対立はイギリス植民地時代の分割統治政策に淵源する。植民地主義がもたらした分断とジェノサイドは、今なお世界各地で犠牲者を生み出し続けている。本作品は、こうした現実の中で私たちがとりうる態度を示唆してくれる。すなわち犠牲者の追悼とは、死と切り離された安全地帯からなされるものではなく、死者との緊張をはらんだ交わりの中で成就する。その交わりの真剣さにこそ、本作品は人間性回復の希望を見出しているように思えた。
雁木聡
1991年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士前期課程修了。英語科教員の傍ら、展覧会図録や映像作品、インタビュー等の翻訳に携わる。近年関わった主な展覧会に、「オラファー・エリアソン展:相互に繋がりあう瞬間が協和する周期」(麻布台ヒルズギャラリー、2023年)「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」(森美術館、2024年)など。
【公演情報】
イラヴェニル・ヴァスキー・ジャヤパラン (NAGAVER) によるサウンドパフォーマンス『虐殺と再生の音響的記念碑』
日時:2025年11月29日(土) 17:00開演
会場:京都芸術センター フリースペース
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