αMプロジェクト2025‒2026「立ち止まり振り返る、そして前を向く vol.7 柳瀬安里|『汝、気にすることなかれ』より「女魔王」」 @ gallery αM

αMプロジェクト2025‒2026「立ち止まり振り返る、そして前を向く vol.7 柳瀬安里|『汝、気にすることなかれ』より「女魔王」」 @ gallery αM
柳瀬安里《『汝、気にすることなかれ』より「女魔王」》 2026年、シングルチャンネルビデオ
開催情報
会期
2026年9月19日(土) – 11月21日(土)
開催中
会場
gallery αM
住所
〒162-0843 東京都新宿区市谷田町1-4 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス 2階
開館時間
12:30–19:00
休館日
日、月、祝
入場料
無料
出展作家
柳瀬安里
企画
大槻晃実(芦屋市立美術博物館学芸員)
本展について

指の先にある月を見るために
大槻晃実

先日、親族の法事で住職から「指月」の話を聞いた。月を指し示す指ばかりを見て、その先にある月を見失うことへの戒めである。言葉や形式は真理へ至るための手段であって、真理そのものではないことを説いてくれた。

その話を聞きながら私は、柳瀬安里の作品を思い出していた。

柳瀬はかつて《線を引く(複雑かつ曖昧な世界と出会うための実践)》(2015‒2016)において、安全保障関連法案に反対するデモが行われているすぐそばで、国会議事堂の周囲を歩きながらチョークで線を引いた。機動隊が動員されたその場所で、白い線を引く行為を警察に制止されると、今度は指で線を引くことにした。柳瀬のその行為は、線の先にある、さまざまな境界によって構築されてきたこの世界の在り方を見せようとするものだったのだろう。指は何かを指し示すが、それ自体が目的ではない。

柳瀬の作品はこれまでも、ある場所で起きている出来事をそこだけに閉じた問題として扱うのではなく、その背後にある見えにくい力や、見る者が無意識に受け入れている枠組みを浮かび上がらせてきた。東日本大震災と福島第一原子力発電所事故を扱ったエルフリーデ・イェリネクの戯曲を、沖縄県東村高江のヘリパッド建設反対運動の現場で暗唱しながら歩く映像作品《光のない。—私の立っているところから》(2016‒2017)には、その姿勢が表れている。

本展で柳瀬が向き合うのは、イェリネクの戯曲『汝、気にすることなかれ シューベルトの歌曲にちなむ死の小三部作』第一部「女魔王」(2006)である。死した人気女優は、見えないけれど確かにそこにあり、人々へ大きな影響を与え続ける「権力」について語る。柳瀬は、モニター越しに聖火ランナーの姿を見たとき、その台詞の主をオリンピックとして読むことができるのではないかと考えたという。

1964年の東京オリンピックは、戦後復興と高度経済成長を象徴する国家的な祝祭として記憶されている。そして2021年に開催された東京オリンピックには、「復興五輪」という言葉とともに、東日本大震災からの再生や未曾有のパンデミックを乗り越えた先にある希望が重ね合わされ、新たな物語が語られた。

だが、その物語を語っているのは誰なのだろうか。

オリンピックは、世界平和や復興、希望といった価値を体現する象徴として語られる一方で、勝敗やメダル獲得数への熱狂、国家による競技力向上政策、ジェンダーをめぐる議論など、さまざまな立場や思惑も交錯している。私たちが目にしているのは競技そのものなのか、それともオリンピックをめぐって繰り返し語られてきた物語なのか。さらに言えば、その物語を成立させている、より大きな力の存在を見落としてはいないだろうか。

柳瀬の作品は、オリンピックへの賛否を問うものではない。むしろ、オリンピックという巨大な象徴を手がかりに、それを支えている価値観や制度、記憶や欲望の構造へと私たちの視線を導こうとする。そのとき目の前に現れるのは、一つの出来事ではなく、それを成立させている複雑で曖昧な世界そのものなのかもしれない。

本展が、私たちが信じ、支え、ときに熱狂してきた価値や正しさをあらためて見つめ直し、その先に何があるのかを、それぞれの眼で確かめる場となることを願っている。

関連イベント※9月18日公開時点の情報

アーティストトーク
2026年9月19日(土) 17:00–18:30
終了
登壇
柳瀬安里、大槻晃実
会場
gallery αM
参加費
無料
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アクセス
gallery αM〒162-0843 東京都新宿区市谷田町1-4 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス 2階

12:30–19:00/ 休館日:日、月、祝

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