1948/03/02米軍撮影 /出典:国土地理院空中写真 (整理番号/USA・コース番号 /M811-2・写真番号/199)に白文字でドローイング
| 藤原勇輝「4·3 Art Project ー逆走して歴史と出会うー 2部「逆」編・長崎大村」 | |
| 会期 | 2026年4月3日(金) – 5月24日(日) 開催中 |
|---|---|
| 会場 | 大村バスターミナルビル2F(215/小ホール) |
| 住所 | 〒856-0826 長崎県大村市東三城町6-1 [MAP] |
| 開館時間 | 10:00–18:00 ※会場出入り口について、平日17:00–18:00、および土日祝(終日)は正面玄関が閉まるので建物南側の陸橋階段をご利用ください。 |
| 休館日 | 月 |
| URL | https:/ |
本アートプロジェクトは、1948年4月3日に韓国・済州島で起こった「済州4·3」と日本の関係性をテーマとし、1部(大阪・生野区)、2部(長崎・大村)、3部(韓国・済州)の順番で1年ごと、計3年かけて展覧会を移動させて展開します。
2016年に済州島のレジデンスに3ヶ月間滞在していた藤原は、アメリカ軍統治時代に始まった済州島内で起こった「済州4·3」を初めて知り衝撃を受けました。さらに、その済州4·3と日本の関係性が非常に深いことから、何か日本で中長期的なプロジェクトができないかと思ったのがこのプロジェクトを始めるきっかけとなっています。
本展覧会の4·3 Art Project ―逆走して歴史と出会う― 2部「逆」編は、昨年2025年春に大阪・生野区で開催した1部「裏」編に続く展覧会となります。開催地域となる長崎・大村には1950年に「大村入国者収容所(通称:大村収容所)」という不法入国者や退去強制が決定した朝鮮人の方々を主に収容して送還する施設が設けられました。その施設は、戦後日本の国境管理や移動管理が制度化されていく過程で、収容によって管理する仕組みの始まりと言われています。済州4·3の影響を受けて貨物船や漁船に隠れて命からがら日本(大阪・生野区など)へ逃げて来られた方々も捕まると大村収容所に移送、そして送還されました。現在では大村入国管理センターと改称され、送還などに関わる収容の機能が引き継がれているのが現状です。
本展覧会では、現地を入念にリサーチする中で得られた情報や専門家の方々への聞き取り調査、文献情報などを元に制作された作品を起点に、現在の状況から当時の大村収容所をイメージし、大村収容所が存在していた空間を感じながら、済州4·3とその当時の日本社会における大村収容所との関係性、人間の存在や尊厳について考察します。私たちの身近で一体何が起こっていたのか。どのような歴史が存在していたのか?その一端を皆さんと共有し、アートを通した創造的な交流の場所を創出できれば幸いです。
2016年に済州島のレジデンスに3ヶ月間滞在していた藤原は、アメリカ軍統治時代に始まった済州島内で起こった「済州4·3」を初めて知り衝撃を受けました。さらに、その済州4·3と日本の関係性が非常に深いことから、何か日本で中長期的なプロジェクトができないかと思ったのがこのプロジェクトを始めるきっかけとなっています。
本展覧会の4·3 Art Project ―逆走して歴史と出会う― 2部「逆」編は、昨年2025年春に大阪・生野区で開催した1部「裏」編に続く展覧会となります。開催地域となる長崎・大村には1950年に「大村入国者収容所(通称:大村収容所)」という不法入国者や退去強制が決定した朝鮮人の方々を主に収容して送還する施設が設けられました。その施設は、戦後日本の国境管理や移動管理が制度化されていく過程で、収容によって管理する仕組みの始まりと言われています。済州4·3の影響を受けて貨物船や漁船に隠れて命からがら日本(大阪・生野区など)へ逃げて来られた方々も捕まると大村収容所に移送、そして送還されました。現在では大村入国管理センターと改称され、送還などに関わる収容の機能が引き継がれているのが現状です。
本展覧会では、現地を入念にリサーチする中で得られた情報や専門家の方々への聞き取り調査、文献情報などを元に制作された作品を起点に、現在の状況から当時の大村収容所をイメージし、大村収容所が存在していた空間を感じながら、済州4·3とその当時の日本社会における大村収容所との関係性、人間の存在や尊厳について考察します。私たちの身近で一体何が起こっていたのか。どのような歴史が存在していたのか?その一端を皆さんと共有し、アートを通した創造的な交流の場所を創出できれば幸いです。
