| 平松典己 「汗と涙」 | |
| 会期 | 2026年4月25日(土) – 6月6日(土) 開催中 |
|---|---|
| 会場 | KOSAKU KANECHIKA(京橋) |
| 住所 | 〒104-0031 東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 3F [MAP] |
| 開館時間 | 11:00–19:00 |
| 休館日 | 日、月、祝 |
| URL | https:/ |
KOSAKU KANECHIKAでは、4月25日から6月6日まで天王洲と京橋にて、平松典己展「汗と涙」をそれぞれ開催いたします。
平松典己は、制作の起点において特定のモチーフを設定することなく、一見無関係にも見える抽象的な背景や、即興的な筆致と色彩の重なりが生む混沌としたコンポジションの中から、偶然性と必然性の合流点を見出します。個人的な記憶や体験、想像、美術史に連なる引用等を自由に横断しながら、人物などの具体的なモチーフを事後的に導き出していく独自のプロセスが、その大きな特徴です。
また、油絵の具やアクリル、そしてワックスを重層的に用いることで、単一の素材では表現しきれない独自の奥行きと複雑な質感を画面に生み出します。こうして形成される多層的な絵画は、作家の内的な判断と偶発的な出来事が交差する場となり、呼応し合う色彩や質感の中から確かなイメージを浮かび上がらせるのです。
作家は日々の制作を「判断の連続」と捉えつつも、進むべき指標については「霧がかかったように不明瞭で、何をするにも手探りするしかない」と述べています。幼少期、母親から直接的な指示ではなく「やるべきことをやりなさい」と促されてきた経験は、不確かな状況の中で自律的に判断を積み重ねる現在の制作態度へと結びついています。
こうした姿勢は、モチーフの扱いにも表れています。「花の絵」を思い通りに描けたとしても、それが必ずしも作品の完成を意味するとは限りません。むしろ多くの場合、描く行為の中で「思ってもみないことが偶然起こり、気づいた時には絵はすでに完成している」と作家自身が語るように、平松の絵画においては意図と偶然のせめぎ合いを経て、唯一無二の像が形作られます。
日々描き進めるその只中で、確かな手応えを実感することは難しいとしながらも、ある瞬間、不意に作品が「完成の一歩手前」の気配を帯びることに作家は気づきます。一日の終わりに作業用の照明を落とし、ぼんやりと絵を眺める時、それまで試行錯誤していた見慣れた絵が突如として別の表情を見せ始め、次に踏み出すべき一歩が自ずと示される。未完成ゆえに開かれている自由を惜しみつつも、自意識を離れ、ひとりの「鑑賞者」として自作と向き合えたとき、時に失敗は別のかたちで肯定され、絵画は必然的な像を結ぶのです。
平松にとってドローイングは、下描きではなくそれ自体で自立する表現であり、「線そのものの存在」によって成立するものです。一方、絵画作品においては、時間をかけて蓄積された素材の層に、即興性と時間性が同時に宿ります。本展は、こうした平松の表現を多角的に紐解く構成となっています。
個展タイトル「汗と涙」は、これまで以上に身体的な実感を伴う熱量を志向し名付けられたものです。熱を帯びながらも静かに積み重ねられる平松の判断とその痕跡が、手探りの対話の果てに、いかなる像として結実するのか。二会場を通じて、作家の現在進行形の試みをご紹介いたします。
天王洲のスペースではドローイング作品約10点を、京橋のスペースでは絵画作品を中心に約10点を展示いたします。この機会にぜひご高覧ください。
平松典己は、制作の起点において特定のモチーフを設定することなく、一見無関係にも見える抽象的な背景や、即興的な筆致と色彩の重なりが生む混沌としたコンポジションの中から、偶然性と必然性の合流点を見出します。個人的な記憶や体験、想像、美術史に連なる引用等を自由に横断しながら、人物などの具体的なモチーフを事後的に導き出していく独自のプロセスが、その大きな特徴です。
また、油絵の具やアクリル、そしてワックスを重層的に用いることで、単一の素材では表現しきれない独自の奥行きと複雑な質感を画面に生み出します。こうして形成される多層的な絵画は、作家の内的な判断と偶発的な出来事が交差する場となり、呼応し合う色彩や質感の中から確かなイメージを浮かび上がらせるのです。
作家は日々の制作を「判断の連続」と捉えつつも、進むべき指標については「霧がかかったように不明瞭で、何をするにも手探りするしかない」と述べています。幼少期、母親から直接的な指示ではなく「やるべきことをやりなさい」と促されてきた経験は、不確かな状況の中で自律的に判断を積み重ねる現在の制作態度へと結びついています。
こうした姿勢は、モチーフの扱いにも表れています。「花の絵」を思い通りに描けたとしても、それが必ずしも作品の完成を意味するとは限りません。むしろ多くの場合、描く行為の中で「思ってもみないことが偶然起こり、気づいた時には絵はすでに完成している」と作家自身が語るように、平松の絵画においては意図と偶然のせめぎ合いを経て、唯一無二の像が形作られます。
日々描き進めるその只中で、確かな手応えを実感することは難しいとしながらも、ある瞬間、不意に作品が「完成の一歩手前」の気配を帯びることに作家は気づきます。一日の終わりに作業用の照明を落とし、ぼんやりと絵を眺める時、それまで試行錯誤していた見慣れた絵が突如として別の表情を見せ始め、次に踏み出すべき一歩が自ずと示される。未完成ゆえに開かれている自由を惜しみつつも、自意識を離れ、ひとりの「鑑賞者」として自作と向き合えたとき、時に失敗は別のかたちで肯定され、絵画は必然的な像を結ぶのです。
平松にとってドローイングは、下描きではなくそれ自体で自立する表現であり、「線そのものの存在」によって成立するものです。一方、絵画作品においては、時間をかけて蓄積された素材の層に、即興性と時間性が同時に宿ります。本展は、こうした平松の表現を多角的に紐解く構成となっています。
個展タイトル「汗と涙」は、これまで以上に身体的な実感を伴う熱量を志向し名付けられたものです。熱を帯びながらも静かに積み重ねられる平松の判断とその痕跡が、手探りの対話の果てに、いかなる像として結実するのか。二会場を通じて、作家の現在進行形の試みをご紹介いたします。
天王洲のスペースではドローイング作品約10点を、京橋のスペースでは絵画作品を中心に約10点を展示いたします。この機会にぜひご高覧ください。
