川久保ジョイ展「見えざる炎 ― エピメテウスの時代 ―」@ 第一生命ギャラリー

川久保ジョイ展「見えざる炎 ― エピメテウスの時代 ―」
会期2026年5月22日(金) – 6月10日(水)
開催中
会場第一生命ギャラリー
住所〒100-8411
東京都千代田区有楽町1-13-1(第一生命日比谷ファースト 1階) [MAP]
開館時間12:00–17:00
休館日土、日、祝
URLhttps://www.dai-ichi-life.co.jp/dsr/society/challenges/research/gallery.html
「見えざる炎 ― エピメテウスの時代 ―」は、写真・映像・インスタレーションを横断する川久保ジョイの個展です。ギリシャ神話のプロメテウスとエピメテウスの物語を批評的補助線として、核文化における不可視性という本質的問題と、写真というメディアが内包する認識論的死角を同時に問います。

写真と核は、相互依存的な起源を共有しています。1895年、レントゲンがX線を発見できたのは写真乾板への感光を通じてでした。写真技術がなければ不可視の放射線は可視化されず、人間の視覚がなければ写真もまた成立しえない。この共依存の関係のなかで、いくつものバイアスと死角が構造的に生み出されてきました。デジタル化と生成AI台頭の現在、写真はレンズも光も、さらには人間の視覚をも必要としないものになりつつあります。可視性と認識の問いは、かつてないほど根底から問い直されています。

本展では、目には見えない放射線・熱・湿度といった要素を光化学的プロセスによって可視化した《千の太陽の光が一時に天空に輝きを放ったならば》と、現地に赴けば肉眼で見ることのできる原子力発電所をあえて没視覚化した形で提示する《The New Clear Age》という、構造的に対照をなす2つの試みが並置されます。見えないものを見えるようにし、実際に見えるものを没視覚化する、という二重のパラドックスのなかで、私たちに「見えるもの」と「見えないもの」の境界線と不可視性の定義が問い直されます。

さらに、これらの施設が地理的にも社会的にも辺境に置かれ、社会的可視性がきわめて低いという現実もまた、この問いに別の層を加えています。イメージや画像が氾濫する現代において、それらは人間にとっていかなる意味をもつのか。音声と言語のみで展開される映像作品《迷宮の神》は、観客が心の内に像を結ぶことを促しながら、視覚なき「見ること」の可能性を開きます。

プロメテウス(「先を見る者」)が火を盗んで罰を受け、エピメテウス(「後ろを見る者」)が過去を顧みず禍を招いたように、未来の展望も過去の過ちも持たず、刹那的な欲望のみを大量に可視化しつづける現代に、私たちは何を見つめ、何を見落としているのか。自らの視線と、その先にあるものを見通すことはできているのか。本展が、その問いを考える契機となれば幸いです。

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