尾関諒「黄色い霧のためにもう薄暗い」@ 18, Murata

尾関諒「黄色い霧のためにもう薄暗い」@ 18, Murata
誕生日 Birthday, 2026, Acrylic and watercolor on cotton 106×169cm
開催情報
会期
2026年7月4日(土) – 8月1日(土)
開催中
会場
18, Murata
住所
〒142-0043 東京都品川区二葉1-8-6
開館時間
13:00–19:00
休館日
日、月、火
本展について

この度18, Murataでは、尾関諒による個展「黄色い霧のためにもう薄暗い」を開催いたします。尾関の展示は、18, Murataの前身であるmumeiでのグループ展以来となります。

尾関の絵画には人物、動物、植物、風景の断片など様々なモチーフが現れます。しかしそれらは特定の主題や物語へと収束することなく、それぞれが独立した存在として画面のなかに留まり続けています。鑑賞者はそこに意味や関係を見出そうとしますが、尾関の絵画はその試みをたびたび宙づりにします。一つのモチーフへ焦点を結ぼうとすると、視線は再び画面全体へと押し戻されるのです。

尾関は、近年関心を寄せたトマス・ピンチョンの小説のなかに、無数のモチーフや出来事が互いを相対化しながら共存し、小説全体が水平に拡張していくあり方を見出しました。尾関の絵画にもまた、それに通じる感覚を見ることができます。モチーフは象徴として機能するというよりも、画面を広げ続けるための契機として存在し、それぞれが固有の存在を保ちながら全体へと散らばっています。

近年の尾関は、支持体を未処理の綿布へ移し、油彩からアクリルへと制作の方法を変化させてきました。画面にはかすれや滲みが現れ、空間や輪郭は曖昧さを増しています。しかしそれらは、あらかじめ定められた構想によるものではありません。日々の制作のなかで身体の感覚そのものが変化していくように、絵画もまた少しずつ姿を変えてきました。

尾関が台湾で目にした北宋時代の画家郭熙の《早春図》は、その変化を考えるうえでひとつの契機となっています。尾関はそこで、水墨画を単なる様式ではなく、絵画と身体との関係の問題として捉え直しました。近年のかすれや滲みを伴う画面は、水墨画を参照した結果というよりも、自身の身体が自然とたどり着いた絵画との関係のあり方として現れているように見えます。

尾関の制作において繰り返し行われているのは、構図や主題、物語といった絵画を支える枠組みの解体です。それらは画面を統率する中心として機能する前に、何度も解きほぐされます。その結果として現れるのは、単なる意味の曖昧さではありません。むしろ、絵画を成立させる主体を一つに定めることのできない状態です。

尾関の絵画には、画家が画面を支配しようとする身振りはあまり見られません。描かれるモチーフも構図も、あらかじめ定められた結論へ向かって配置されているようには見えません。しかしそれは無目的な漂流とも異なります。そこには、画家と絵画との関係のなかで徐々に立ち現れてくる何かへ向かおうとする身振りを見ることができます。重要なのは、画家が絵画を導いているのか、それとも絵画が画家を導いているのかを決定することではなく、その関係そのものが制作を前進させていることです。

展覧会タイトル「黄色い霧のためにもう薄暗い」は、ある小説の一節に由来しています。霧は視界を奪うわけではありません。しかし輪郭を曖昧にし、遠近や主従の関係を均し、何が中心で何が周辺なのかを分からなくします。尾関の絵画もまた、何かを隠すのではなく、中心を失わせます。そこではモチーフも意味も、そして画家自身も特権的な位置を占めることはありません。それぞれは留まりながらも固定されず、互いの関係のなかで絶えず位置を変え続けています。

Advertisement
アクセス
18, Murata〒142-0043 東京都品川区二葉1-8-6

13:00–19:00/ 休館日:日、月、火

Advertisement
Advertisement
Advertisement
Advertisement
関連する展示

Copyrighted Image