αMプロジェクト2025‒2026「立ち止まり振り返る、そして前を向く vol. 6 中野裕介/パラモデル|よろぼう少年、かなたの道をゆく▶▶▶市ヶ谷の夢とP」 @ gallery αM

αMプロジェクト2025‒2026「立ち止まり振り返る、そして前を向く vol. 6 中野裕介/パラモデル|よろぼう少年、かなたの道をゆく▶▶▶市ヶ谷の夢とP」 @ gallery αM
©Yusuke Nakano / PARAMODEL 2026
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開催情報
会期
2026年6月27日(土) – 9月5日(土)
開催中
会場
gallery αM
住所
〒162-0843 東京都新宿区市谷田町1-4 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス 2階
開館時間
12:30–19:00
休館日
日、月、祝
企画
大槻晃実(芦屋市立美術博物館学芸員)
本展について

かなたへ向かう道の中でー到達しえない地点としてのP
大槻晃実

2024年の秋頃から、市ヶ谷を訪れる機会が増えた。帰り道に目にする市ヶ谷の夕陽は、大阪・天王寺区の上町台地から見た夕陽を思い起こさせる。その夕陽は、ほんとうに美しかった。俊徳丸にとって、その光はどのようなものであっただろうか。

中野裕介が2007年頃から追い続けてきた「俊徳丸伝説」は、大阪の八尾市や四天王寺にゆかりをもつ説話である。病と排除を負わされ、盲目となって放浪する少年・俊徳丸をめぐるこの伝説は、説経節、能、浄瑠璃、落語など多様な語りにおいて、そのつど異なるかたちで語り継がれてきた。そこにあらわれる俊徳丸の像は、一つに定まらない。中野は、そうした複数の像や断片を重ね合わせながら、東京、大阪、熊本、京都、千葉といった各都市をさまよい、俊徳丸をめぐる道のりを軸に作品を提示してきた。

そうしたあり方は、ある特定の地点に到達することのない「P」——たどり着くことのできない場所でありながらなお、無数の可能性へと開かれ続けている。中野の作品に繰り返しあらわれる「道」は、この不確かな地点へと向かう動きそのものだ。壁や床を這う青いレールのインスタレーションは、巨大なドローイングや複数の映像、言葉たちと連結しながら、接続と逸脱を繰り返しつつ、異なる時間や場所を複数の経路でつないでいく。それは、現実の地形や歴史に根ざしながらも同時にあらわれる、物語や記憶の中の「かなたの道」であるように思う。

俊徳丸は、時に乞食と呼ばれるが、そこにあるのは、ただ施されるだけの受動的な姿ではない。俊徳丸をめぐる語り手には、社会のなかで弱者とみなされてきた盲目の人々も含まれている。すなわち、施しを受ける側とみなされた者が、語りを差し出し伝えていくという、施す側となるのである。このように、与える者と受け取る者の立場は入れ替わり、どちらが主体でどちらが受け手であるのかを容易に分けられない関係があらわれる。水面に映る像のように、この上下の関係は時代や状況によって逆転する。記憶や語りは一方向で伝わるのではなく、反射し、ずれ、折り返されながらも新たな像を結び直していくのであり、その過程において、確かなものとして見えていた構造もまた、少しずつ揺れていくのだ。

「乞食」はもともと仏教の修行形態の一つであり、「こつじき」と読まれ、出家修行者が在家信者に食を乞う生活手段を指していた。のちに、堕落した僧侶や、道心なく金品や食べ物を恵まれて暮らす者を指す語として用いられるようになったという*1。この語がたどってきた意味の変化に目を向けると、言葉の輪郭だけではなく、それを受け取る人々の感覚や考え方、向き合い方が変わり続けてきたのだとあらためて感じられる。

ぐらつきながら編まれていくイメージの重なりの中で、中野がひらくのは、複数の時間や場所、記憶や語りが交差する「道」である。それは、輪郭の定まらない今という時代において、思考を持続させる「場」でもあるだろう。

本展にあらわれるのは、見えなくとも杖に身をまかせながら、歩くことを引き受け続けるという態度である。どこへ行き着くかはわからない、けれども歩み続けるしかない。

1「乞食」『Web版 新纂 浄土宗大辞典』(最終アクセス:2026年5月25日)

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アクセス
gallery αM〒162-0843 東京都新宿区市谷田町1-4 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス 2階

12:30–19:00/ 休館日:日、月、祝

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