
アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦
2025年10月4日(土)–11月30日(日)
豊田市美術館
https://www.museum.toyota.aichi.jp/
開館時間:10:00–17:30 入場は閉館30分前まで
休館日:月(祝日の場合は開館)
展覧会担当:千葉真智子(豊田市美術館学芸員)、鈴木俊晴(豊田市美術館学芸員)
学術協力:中嶋泉
展覧会URL:https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/antiaction
豊田市美術館では、美術史家の中嶋泉が2019年に発表した著作『アンチ・アクション─日本戦後絵画と女性画家』(ブリュッケ)で開示した視座をもとに、日本の近現代美術史の再解釈を試みる企画展「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」を開催する。
第二次世界大戦敗戦後の1950年代から60年代にかけて、日本では短期間ではあるものの女性作家が前衛美術の領域で大きな注目を集めた。その後押しをしたのが、欧米を中心に隆盛し、フランスを経由して流入した芸術運動「アンフォルメル(非定形)」と、それに応じる批評家たちの言葉だった。ところが、ほどなくして熱は冷め、アンフォルメル運動が一時的な「旋風」に過ぎなかったという反省とともに、「アクション・ペインティング」という様式概念がアメリカから導入されると、女性作家たちは如実に批評対象から外されていくことになり、豪快さや力強さといった、男性性と親密な「アクション」の概念に、中原佑介や東野芳明といった、その後の美術史を形作ることになる男性批評家たちが反応し、伝統的なジェンダー秩序の揺り戻しが生じることとなった。
中嶋はこうした経緯を分析したうえで、女性作家たちの「アクション」への対抗意識を指して、「アンチ・アクション」という言葉を創案し、ジェンダーの観点から日本の戦後美術史に新たな知見をもたらした。


本展では、中嶋が創案した「アンチ・アクション」の概念を足がかりに、赤穴桂子、芥川(間所)紗織、榎本和子、江見絹子、草間彌生、白髪富士子、多田美波、田中敦子、田中田鶴子、田部光子、福島秀子、宮脇愛子、毛利眞美、山崎つる子の14名の女性作家による作品およそ120点(未発表作品を含む)を、いくつかの共通する関心や指向を導きとして有機的に結びつけながら、各作家それぞれのアクションへの応答と独自の挑戦の軌跡をたどる。
身体を手がかりにしながら、抽象的な形態に到達したアプローチとして、田中田鶴子(1913-2015)、芥川(間所)紗織(1924-66)、毛利眞美(1926-2022)が挙げられる。田中は、初期には円を制作の手がかりにしながらも、後年には画面から形象自体を消失させ、芥川(間所)は、女シリーズや神話シリーズにおける明快な人体像を経て、ニューヨーク留学後には切り詰めた形態による抽象画に至った。毛利は、女性の身体を示唆する絵画から出発し、それをさらに強度のある絵具の痕跡と絵筆の動きを留めた画面へと展開した。あるいは、「捺す」という独自の技法を用い、私たちを凝視する目玉や簡略化された人体を画面に折り込んだ福島秀子(1927-1997)にも同様の関心を認めることができるだろう。対照的に、建造物を下敷きにしたであろう幾何学抽象や、フロッタージュなどシュルレアリスムの技法を用いた抽象も手がけた榎本和子(1930-)といった作家もいる。


自身の思考を体現=代弁するに最適な素材や技法を独自に探究した作家もいる。1950年代にはパレットナイフで絵具を叩きつけるようにして堅牢な画面を作りあげ、その後、60年代には薄く絵具の層を重ねることで、透き通った色彩と材質とを画面に顕在化させた江見絹子(1923-2015)、ガラスや亀裂の走る板など強度のある素材を用い、超越的な力を表象した白髪富士子(1928-2015)、新素材の合成樹脂塗料を用いた艶やかな表面により、軽快で明白な日常世界へと絵画を解き放った田中敦子(1932-2005)や山崎つる子(1925-2019)、急速な都市化の産物であり、卑近な素材であったアスファルトを画面に荒々しく貼り付けた田部光子(1933-2024)、濃淡を効かせた絵具や皺の寄った布や紙の断片などを画面に張り込み、周囲の空間との間に対比を作り出した赤穴桂子(1924-1998)、熱によって形の変容するアクリルや観客の姿を反射するアルミニウム素材を用い、平面から立体へと作品を展開した多田美波(1924-2014)といったそれぞれのアプローチがそれに当たるだろう。
また、作家たちは小さな差異によって豊かな空間を作り出し、また見る人に、作品と向き合うなかで生成される独特の手触りを実感させる「反復」にも着目した。速度や衝動を抑制しながら繰り返される無数の円の刻印し、画面に別の時間と空間を生じさせた福島秀子や、同じく大小の円を画面に偏在させ、それらを無数の線でネットワーク的につないでみせる田中敦子。1960年頃から大理石粉を混ぜた絵具を繰り返し画面に垂らすことで制御された作品を構築した宮脇愛子(1929-2014)、そして、キャンバス全体を覆う細かな網の目の絵具の濃淡によって画面が揺れ動き、独自の空間が立ち上がる「インフィニティ・ネット」に取り組んだ草間彌生(1929-)。東京、兵庫と巡回する本企画だが、豊田会場のみ草間の代名詞といえるソフトスカルプチュア作品《椅子》も出品される。
展示会場では、図録テキストやパネル解説とは別に、よりカジュアルに、より多面的に作家たちの活動や時代背景などを紹介するZINEを配布。また、本展図録にはジェンダーの観点から美術史を研究した第一人者のグリゼルダ・ポロックのインタビュー記事も収録する。なお、長く絶版となり復刊が待望されていた中嶋泉の著作が補論を加えて『増補改訂 アンチ・アクション——日本戦後絵画と女性の画家』として筑摩書房から刊行、同じくグリゼルダ・ポロックの『視線と差異——フェミニズムで読む美術史』(萩原弘子訳)も筑摩書房から10月に刊行される。


関連イベント(※その他のイベントについては、詳細が決まり次第、豊田市美術館ウェブサイト、SNS等で発表)
記念講演会
2025年10月26日(日)14:00–
講師:中嶋泉(本展学術協力、大阪大学大学院文学研究科准教授)
会場:豊田市美術館講堂
定員:150名(先着)、聴講無料
https://www.museum.toyota.aichi.jp/event/nakajima
巡回3館キュレータートーク
2025年11月9日(日)14:00–
登壇者:江上ゆか(兵庫県立美術館学芸員)、成相肇(東京国立近代美術館主任研究員)、千葉真智子(豊田市美術館学芸員)
会場:豊田市美術館講堂
定員:170名、聴講無料
https://www.museum.toyota.aichi.jp/event/巡回3館キュレータートーク/
同時開催
開館30周年記念コレクション展
VISION 星と星図 | 星図 Ⅱ : 独りと、集団と
2025年10月4日(土)–12月21日(日)
https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/vision%e3%80%80星と星図-星図-ⅱ-独りと、集団と/?t=plan
巡回情報
アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦
2025年12月16日(火)–2026年2月8日(日)
東京国立近代美術館
https://www.momat.go.jp/exhibitions/566
アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦
2026年2月28日(土)–5月6日(水)
兵庫県立美術館
https://www.artm.pref.hyogo.jp/