連載 田中功起 質問する 2-1:成相肇さんへ

2010年1月10日
国際的に活躍する気鋭のアーティストが、アートをめぐる諸問題について友人知己と交わす往復書簡。ものづくりの現場で生まれる疑問を言葉にして、その言葉を他者へ投げ、投げ返される別の言葉を待つ……。第2回の相手は、府中市美術館の学芸員、成相肇さん。2ヶ月の間にそれぞれ2通の手紙で「作ることと見せること」について意見交換を行います。

往復書簡 田中功起 目次

件名:行為と作品と展覧会の関係



成相肇さま

お久しぶりです。今回、この企画に参加していただきありがとうございます。

ぼくはいま極寒のトロントにて制作をしています。毎日氷点下で、予想していたよりも寒く、いくつかの屋外での制作・リサーチがたたって鼻水すすりながら書いてます。


トロントで見かけたセカンド・ハンドの地球儀たち

この企画のはじまりは「展覧会」という制度を前提とした作品制作についての疑問、というぼくの個人的なものでした。そんなことを考えたのは前回の土屋誠一さんと参加したひとつのシンポジウムが直接のきっかけでしたが、作ることと見せることという、そもそもは別々のことをいわばひと繋がりとして考えてしまっている自分自身への反省もありました。

単純には見せるという前提なく作品を作ればいい、ということになります。たとえば展覧会での発表の予定なく作られた作品がぼくにもあります。しかしこの場合でも「発表の可能性」は前提にされている。ほんとうに「見せる」という前提なく作ることは可能なのか。記録に残さない、作った後にすぐに壊してしまう、だれにも話さない作品はありうるのか。いや、でもそれはそもそも「作品」なのだろうか。他者が知りえないものを「作品」と呼べるのか。作ることと見せることは違うけれども、作ることのなかには見せることがある程度は含まれてしまっているわけですね。いや、だからこれは問い方が違っています。そもそも単純に制度に反対することが目的なのではないし。ぼくがここで考えてみたいのは創造性の回復のようなものです。「作る」ことが持っている可能性を限定された時間+空間のなかに閉じこめないこと。そのための方途を探ってみたいと思っているのです。土屋さんの書いていたように性急な解答を求めるべきではないのでしょう。「具体的な言葉」を「実践」のなかから見出していくべきなんだと思います。

たとえば去年1年間、ぼくが試していたのは事前準備をできるかぎりしないことで、現場での対応および変更(あるいはまったく新しく作ること)を余儀なくされるタイプのアプローチです。「展覧会」という事前準備を周到におこなうべき場所にいかに偶然性を持ち込むか。人工的に創造性を回復するというような感じですね。ただ、もちろんその現場でのリアクションがワンパタンに陥ることもあると思います。現場で作られたからといってサイトスペシフィティが必ずしもあるとはかぎらないし。

現場での偶然性を受け入れてなにかを作る、ということとサイトスペシフィックなアプローチは実はそれほど同じことではないかもしれません。ぼくの最近の営みを自分で解釈すると、それが現場主義的なアプローチであるにもかかわらず、ある程度の移動可能性を持ちうるようなものを目指してます。現場のコンテキストを持ちつつも、ベーシックなコンセプトでできあがっているようなもの。

ふたつのことを両義的に抱え持つというのは、成相さんが「糞尿」をめぐるアートについて書かれていた「交感的に世界と関わる」ということに近いかもしれません(註1)。ふたつのことを攪乱させるとか、一方が他方に反対するとか、価値を転倒させるとか、そういうことではなく、双方の関係を曖昧にすることでどちらに対してもアクセス可能性を最低限残しておく。世界にはつねに複数のことが同時に立ち現れているわけだから、ぼくらはそもそもその複数にそれぞれ関わらざるをえない。本来、「交感的」にならざるをえないはずです。

当初の予定ではこの企画、毎回べつべつの内容をテーマにしていこうと思っていたのですが、限定された期間のなかでの短いやりとりなので、連載の名のとおりつづきものでいこうと思ってます。ちょうど土屋さん、成相さん双方と考えてみたい内容が多少近しいものでしたし。それが成相さんの次の方にも繋がっていくんですけれども。

というわけで、土屋さんからのバトンを成相さんに受け渡すとしたら、たぶんこういうことになると思います。ぼくなりの理解によれば、「作品の成立」と「展覧会」はいうまでもなく違う(作ることと見せることでもいいですけど)。そしてこの視点に立つと、かならずしも「展覧会」がより重要なわけではない。だから「作品の成立」を「展覧会」よりも優位に置くとき、作品は時間的空間的に解放される(もちろんここで土屋さんはキュレイターとして「記録写真」を「もとの作品」と同等に扱うことでオーサーシップの揺らぎを巻き起こし、さらに出版物とネット上でのテキストも同時に多層的に扱ったわけですけど)。ここで絵画を考えればこの事態はあたりまえかもしれません。絵がスタジオで描かれ、そこで完成する。展覧会はかならず作品の成立後におこなわれる。ただペインターであっても展覧会の場を一種のインスタレーションとして考え、作品の成立条件とするひともいるでしょう。

ぼく自身はといえば、即物的で背景がないもの(を歴史のなさと呼ぶならば)としての「アイデア」、ここに時間的空間的な諸条件にしばられない作品のあり方の可能性が見いだせないのかと思っていたのでした。

価値判断の問題をこれにつけ加えると、おそらく「作品の成立」のことに繋がるんじゃないかと思います。宇川直宏さんの以下の発言に鍵があります。

「(・・・)どちらも"成功×失敗"という考え方がない。もしかしたら"完成"という到達点も存在しないのでは?それは出来上がった映像よりもコミュニケーション自体が目的だから。そうなると少なくとも、従来の意味での「作品」ではないでしょう。子犬の成長記録は、誰も批評できない。(・・・)」(註2)

成功と失敗のない世界。「展覧会」にも「作品」にも評価基準が適応されます。だけれども「作る」という行為そのものに対しては、簡単には「良し悪し」を判断できない。作ったものは評価にさらされる。けど、作っている行為自体に対しては実はそれほどには判断が下されない。作り途中の作品に対しては最終的な判断を保留してしまうように。「行為」そのものはいわば評価の外側にある。ぼくは宇川さんの言うように「成功と失敗のない世界」が必ずしも「コミュニケーションが目的」だからそうである、とは思わない。むしろコミュニケーションが目的である場合、そこには「コミュニケーション」における成功と失敗がその行為を成立させる基準として大きく関わってくる。まあ、じぶんたちが楽しめたかどうか、ってことでさえも、そこに関わったひとたちのなかでの評価基準です。だからそこには「作品の成立」とはべつの「成功と失敗」がある。「成功と失敗のない世界」とは、「作品の成立」以前の状態である、行為の次元にあるんだと思います。

「行為」と「作品」と「展覧会」。作ることと、できたものと、見せることの違い。「アイデア」というのはつねに「行為=作ること」のなかにあるものです。だからこういいきってしまえば、「アイデア」には良し悪しがない。「アイデア」の段階であまりよく感じられなくても、できあがったらよいものもあるし、「アイデア」はいいけど、結果がだめだねえ、ってこともある。いうまでもなく作品の創造性は「行為」の次元に関わります。しかしこのままではまだそれらを確認したまでで、3つの出来事が空中分解してますね。ぼくはたとえば、この中間の「作品」ということをすっとばして、「行為」と「展覧会」を結びつけてみてはどうかと思ってます。そのとき「展覧会」とはかならずしもいまぼくらのイメージするタイプのものとはべつのものになるかもしれない。いや、「展覧会」と呼ばないほうがいいですね。時間的空間的に限定されたものが「展覧会」だとするならば、それに限定されない「見せる」こととの付き合い方が可能かもしれない。先に書いたように作ることは見せることを論理的に含んでしまっているわけですから。

成相さんは自ら展覧会を企画することもあるし、実際に数多くの展覧会を見てますよね。展覧会を企画するひとりの実践者として、たとえば展覧会を作る・見ることから感じてきたこと、あるいは制作者の側にいわば寄り添うことで見えてきたこと、今回の問題についてそれらをきっかけとしてやりとりができればいいなと思ってます。短い間ですが、よろしくおつきあい下さい。


2009年12月25日 クリスマスのニューヨークより
田中功起

註1:成相肇「アート・スカトローグ採集ノート(最近の美術にみるうんこやおしっこやその他排泄物との付き合い方)」『第一回所沢ビエンナーレ美術展引込線』(カタログ、2009年)

註2:宇川直宏+八谷和彦+住友文彦「特別鼎談 映像表現・映像体験のゆくえ」(ART iT websiteより)
http://www.art-it.asia/u/admin_columns/wWtC7ThS8u6sRJ3QjmAx

近況:トロントではクイーン・ストリートのはじまる東端から西端まで歩き、リース物件の問い合わせ先を集めました。そんな作品も展示される個展「Random Hours, Several Locations」(YYZ artist's outlet)が1/8から始まります。
http://www.yyzartistsoutlet.org/


連載 往復書簡 田中功起 目次

・質問する 1-4:土屋誠一さんから 2
・質問する 1-3:土屋誠一さんへ
・質問する 1-2:土屋誠一さんから
・質問する 1-1:土屋誠一さんへ

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