連載 田中功起 質問する 14-4:高橋瑞木さんから2

2017年7月20日
第14回(ゲスト:高橋瑞木)――社会的実践とコンテンポラリー・アート

香港在住のキュレーター、高橋瑞木さんとの往復書簡。初夏の欧州めぐりから戻った高橋さんはその体験も引きつつ、改めてアートやアーティストと「形式」の関係について、自らの考え方を伝えます。

往復書簡 田中功起 目次


件名:「形式」への敏感さについて

田中功起さま

ヨーロッパでのお仕事はひと段落つきましたか? ミュンスターのカフェで友人と話しているときに、スカルプチャー・プロジェクトのスタッフらしき女性にアテンドされて移動する田中さんの後ろ姿を見かけましたが、声をかけるタイミングを失してしまいました。

ミュンスターの滞在初日、自転車でいくつか中心市街地から離れた場所の作品を見て回ってから、田中さんの会場を訪れました。普段の運動不足がたたってか、30分ぐらい映像を見たところで集中力が切れギブアップ。翌々日の午前中に再び会場を訪れ、腰を据えて映像を見ようと思ったところ、10分を過ぎたときに監視の男性から「今日はこれから撮影をしなくてはいけないので一旦会場を退出してもらえますか? 2時間後にまた会場をオープンします。作品はスカルプチャー・プロジェクトのホームページからも見られますよ」と、とても申し訳なさそうに告げられました。残念ながらその日は昼に別の都市に移動だったので、泣く泣く会場を後にし、結局スタッフの男性のアドバイスに従い、香港の自分のアパートで映像を見た次第です。


香港の中国返還20周年の祝賀イベントの準備をする少年たち

田中さんの映像作品が見られるインターネットのページ(*1)に行くと、画面には、撮影の舞台となった駐車場の写真の背景の中に9日間のワークショップ(田中さんは初日の映像の中でそれを「アクション」と呼んでいましたね)の映像が埋め込まれています。ワークショップが行われた場所は、展覧会会場の向かいにある建物で、1970年代に建設され、住居、ショッピングセンター、カフェ、ジム・スペース、生涯学習センターなどに使われているそうですね。冷戦期の建築ということもあってか、地下の駐車場の最下層は核シェルターとしても使えるように作られたとのこと。こうしたミュンスターの歴史的文脈から切り離された香港の自室で、私は作品の映像を見ました。特定の空間に設置される彫刻とは異なり、映像は移動可能。ネット上で公開すれば、さらに時空間の制限から解放されます。ミュンスターでの田中さんの作品の鑑賞体験は、展示会場、ワークショップに参加した住民たちといったミュンスター固有の存在に意識が向かいましたが、パソコンでの映像鑑賞体験では、自分が香港にいながらにしてミュンスターで行われたワークショップの目撃者となり、現地で議論された問題を自分が今いる環境と照らし合わせながら考えることができます。ローカルとグローバルの二重性に対応した作品の提示方法は、田中さんが言っていた「ひきさかれ」を解消する回答になっていると思いました。ミュンスターで十分に田中さんの作品を見られなかったことは、幸運にもこの発見をもたらしてくれました。

ポピュリズムと問題解決

さて、今回のヴェニス・ビエンナーレとドクメンタ、私は金融業界で長年仕事をしていた友人たちと一緒に鑑賞しました。彼らは金融の仕事に関わりながら、それぞれ美術史と哲学の修士と博士をおさめ、現代美術について深い知識があるわけではありませんが、そのぶん好奇心をもって熱心に作品の意味を汲み取ろうとします。美術に限らず文化行政やドイツの移民問題まで、私にはない視点の意見は非常に新鮮です。

イギリス、アメリカのメディアやレビューでは、ヴェニス・ビエンナーレは不評、ドクメンタについては比較的好意的な意見が散見されました。評価の分岐点は、ポストBrexit、ポスト・トランプ、そして難民問題といった今日の政治的問題を反映しているか否か、ということだったように思います。マッシミリアーノ・ジオーニがアート・ディレクターを務め、アウトサイダー・アーティストの作品を数多く紹介したエディションがたった4年前だったことを考えると、アーティストや彼らの作品よりも、それを受容する側の判断基準こそが社会情勢に強く影響されていることを感じずにはいられません。しかし、私の元金融業界人の友人に言わせれば、ドクメンタで経済や政治の問題を扱っている多くの作品は、実際の金融業界が日々刻々と目の当たりにしている現実の世界経済やそれを左右する政治の問題に比べると、それこそナイーブで現実の二流な写しや告発にしか見えないそうです。だからこそ、芸術は芸術特有の言語と形式をもっと尊重すべきだし、それを評価するべきではないかという、ある意味もっともな意見をもらいました。

そうした観点から考えると、ヴェニス・ビエンナーレで発表された、オラファー・エリアソンが難民をファシリテーターに採用して行うグリーン・ランプのプロジェクトは、1.実際の難民の姿を可視化し、2.参加者と直接対話ができる場を用意し、3.アーティストがデザインしたグリーン・ランプの売り上げを寄付することで難民支援ができ、4.コンテンポラリー・アートの展覧会が社会貢献の場所としても機能するという、現実的な問題に対してアーティストが与えた一つの回答として歓迎されるでしょう。そういう肯定的な意見に対して、アーティストが自分のプロジェクト、あるいは売名のために難民を見世物にしているのはいかがのものか、と疑問を投げかけたなら、「実際に参加している難民に見世物されていると思うか聞いてみたらどうですか」と反論されるだけでなく「ではそういうあなたはこの難民問題に対してどういう実践的な解決策を講じることができるのか提案してください」と逆に問われるに違いありません。そのときに「いやいや、コンテンポラリー・アートは答えを提供するのではなく、常に現実社会の深層にある複雑さを問いかけるものです」と、紋切り型の回答をしたところで、「じゃあ、切迫したこの状態に対して、コンテンポラリー・アートは周回遅れで問いを投げかけ続けるだけでいいんですか」という反論が出てくることは目に見えています。

このような直截的な反論は現代美術に関わる人々がこれまで繰り返し考察してきた倫理に関する議論に対して無知であり、アマチュアだと放擲することも可能かもしれません。では、現実に切迫した問題が目の前にあるときに、いかにして芸術の倫理は優先される、あるいは保護されるのか、そしてその意義は何か? 芸術は現実的な問題解決とは異なる高次の哲学的な問いを投げかけるものだ、というような議論はすでに長い間なされていますよね(田中さんも柳澤田実さんと芸術の倫理についての議論を出版されていました(*2))。が、もはやアートはそうした高次の議論を提供するだけでは許されなくなっている状況なのではないか、そんなことをとりわけ最近感じます(念のため、私はポピュリズムとも深く関連しているだろうこうした状況を肯定的に捉えているわけではありません)。

その点で今回のドクメンタは展示されていた個別の作品よりも、その開催形式によってギリシャの経済問題に対する直接的な介入を試みる野心的なものだったように思います(たとえそれが本当にギリシャの経済を救済するにはわずかな金額だったとしても)。言わずもがな、ギリシャにとってドイツは因縁の国です。ドイツはギリシャに対する最大の債権国であり、ギリシャは積もり積もった債務を支払うのに四苦八苦しています。New York Timesの記事(*3)によると、ドクメンタがアテネでの開催に費やした金額は3千7百万ユーロにのぼるそうです。ドクメンタというイベントを利用して、開催費用の少なくないポーションをアテネに落とし、さらにカッセルの街がドクメンタによって恩恵を受ける観光収入を独占せず、アテネともわかちあう。ドクメンタという機会を利用して富の分配、贈与を行いました。

ドクメンタの例のように、コンテンポラリー・アートが以前より実践的な解決策を講じることを求められている。そのことはミュンスターで発表した田中さんの作品からも感じました。How to Live Together, and Sharing Unknownという作品のタイトルだけでなく、人種も信仰、食の嗜好も異なるほぼ初対面の相手と、これからどうやって9日間一緒に過ごしていくのか――戦時中のレシピを元に食事を一緒に作ったり、自動車の密室空間で話す機会をつくったり、それぞれのワークショップは迂遠な方法ながらも、お互いを知り合う具体的な方法の提示でもありました。

だいたいは「おこがましい」

さて、前回の田中さんのお手紙の内容について考えてみたいと思います。「(アーティストが)軍事産業に関係する団体に所属していいのですか」という問いは、その質問の正当性を疑問に付する類のものではないのではないかもしれない(APTに関しては、私も一時期関わっていましたが、軍事産業に関わっていることは知りませんでした。今後は関わる組織のバックグラウンドチェックをしたうえで判断をしなくては、と思った次第です)。その問いを投げかけた人が潔癖で資格があるかどうかもあまり関係ないのかもしれない(それを要求すると、前述のようにエリアソンのプロジェクトを批判している多くの美術関係者がその批判の資格があるかどうか問われることになります)。むしろ、こうした問いが他人から投げかけられることではじめて、自分のナルシシズムと限界を反省的に考え、その限界を突破しようとする自分に変化することができるのではないか。

私の前回の手紙にあった「政治的な実践をおこなうコンテンポラリー・アートでは、アーティストの生き方の形式も問われるべきか」という問いかけに対しての田中さんのお返事を、私は「生き方の形式はアーティストだけに問われるのではなく、“私たち”全員が問われるべき問題である。その“無限の倫理”に対する問い、あるいは要求は他者が誰かを糾弾するためになすものではなく、自己が反省的に自身に対して問うべきである。そして外部から差し出された形式(それがたとえ自分の信条の妥協を強いるものであっても)を受け入れ、そのことに対する反省的な行為(=実践)を繰り返すことで生き方の形式は完成するのである」と自分なりに理解しました。

確かに誰もが生き方の形式を問われるべきだと思いますが、私はあえてこの書簡ではしつこく「芸術に関わる私たちの生の形式」についてこだわりたい。なぜならビジュアル・アーティストやキュレーターはもとより、文学者、音楽家、舞台芸術家など、芸術に従事するということは自分の形式を外部に問う仕事であり、私たちの芸術の問題は畢竟「形式」にたどり着くのではないかと思うからです。もっと言ってしまえばその「形式」への敏感さこそが、芸術に関与する人とそうでない人を分かつようにも思います。また、形式は私たちの実践の事後にのみ出現するのではなく、事前にも存在し、挑戦、克服する対象としても考えられる。だから実践の蓄積としての生の形式の承認は、他者の存在抜きにはなしえない。そしておそらくその承認過程における外部の意見のほとんどは、私たちの自律の領域を侵犯する「おこがましい」ものだと思うのです。

高橋瑞木
2017年7月11日 香港にて


1. Provisional Studies: Workshop #7 How to Live Together, and Sharing The Unknown
2. 「自覚的に弱さの中で揺れ続ける 倫理について」、『あなたは自主規制の名のもとに検閲を内面化しますか』、2016年、 torch press
3. Jason Farago, Documenta 14, a German Art Show’s Greek Revival, The New York Times, April 9, 2017


近況:所属機関のMILL6 Foundationの夏の屋外ワークショップが8月19日に開催されます。
http://mill6.org.hk


【今回の往復書簡ゲスト】
たかはし・みずき(MILL6 Foundation 共同ディレクター)
ロンドン大学東洋アフリカ学学院MAを終了後、森美術館開設準備室、水戸芸術館現代美術センターで学芸員を務め、2016年4月から香港のMILL6 Foundation(2018年秋に開館予定)でシニアキュレーターとして勤務後、2017年3月末から共同ディレクター。主な国内外の企画として「Beuys in Japan ボイスがいた8日間」(2009年、水戸芸術館)、「新次元:マンガ表現の現在」(2010年)、「クワイエットアテンションズ:彼女からの出発」(2011年)、「高嶺格のクールジャパン」(2012年)、「拡張するファッション」(2013年)、「Ariadne`s Thread」(2016年)など。アジア、ヨーロッパでの執筆、講義も行っている。
MILL6 Foundation:http://mill6.org.hk/

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