日常の身ぶりで祖霊の時間とむきあうドラマツルギー——飴屋法水『いりくちでくち』

日常の身ぶりで祖霊の時間とむきあうドラマツルギー
飴屋法水『いりくちでくち』

文 / 岩城京子

九州北東部の突端に「おでき」のようにくっついた国東半島は、閉じられた土地であり、開かれた土地でもある。効率と速度を重んじる現代人の視点で見れば、ここは別府駅も大分駅も空港から車で小一時間離れた「秘境」であり「陸の孤島」だ。けれど個人単位の時間を捨て、自然や歴史といった千年単位の尺度であたりを見渡せば、ここは神道も、仏教も、キリスト教さえも、拒絶せず寛容に受け入れてきた「異人たちの門戸」である。宗教、経済、社会の雑多な変移をわけへだてなく享受し、さざれ石の年月で土地の自然と豊かに融合させていく。国東にいると否応なく、思考の時間単位が拡張されていく。このような土地で演出家・飴屋法水は、分刻みの現代時間と、祖霊や樹齢に宿る宇宙時間を混在させた、10時間のツアー型パフォーマンス『いりくちでくち』を2012年に発表。今年、同作を再演した。

参加者によって、このツアー体験は「巡礼」「演劇」「民族学的フィールドワーク」と自在に名前を変えるだろう。ただこの稿では冒頭でも示したように、現代の、日常の、効率の、つまりは個人単位の想像力で世界を切りとるドラマツルギーを撤廃するための演劇として考察したい。よってこの先、参加者を観客と言う。もちろんこれは70年代に開花した、ピーター・ブルック(2日間にまたがる「Orghast」1971年)、ロバート・ウィルソン(7日間の「KA MOUNTAIN AND GUARDenia TERRACE」1972年)、イェジィ・グロトフスキー(2週間にわたる「Mountain Project」1977年)、といったかつての巨匠たちの手による長時間の祭儀的演劇の系譜に連なる作品として捉えたうえでの論点だ。ただしこれら西洋の巨匠たちが、かなり強引に、つまりは人工的に、ヒッピー文化の時勢にのって観客を近代時間から「隔離」しようと創作に向かったのとはうらはらに、飴屋は本作で、とてもおだやかに現代時間と宇宙時間を隣り合わせに並べてみせる。つまりは国東の人々と同じように、訪れる異人たちの文化を拒絶しない。またそうして日常的な身振りを保ったまま、国東の大いなる自然時間と対峙できる場を与えられるからこそ、観客はいつもの自分のまま、人という存在の尊さとちっぽけさを同時に味わうことになる。

朝、8:45分に大分空港に集合した観客は、19:05の解散時間まで、プロローグ、エピローグ、2回の休憩時間を含め、国東半島にちらばる11カ所の土地をバスで巡る。ツアーは分単位で管理され、時間が遵守される。次のポイントに降り立つまえ、バス内の参加者には鉛筆で記された地図のコピーが配られる。地図には簡単な説明が加えられている。例えば第一ポイント「松ヶ尾隧道」の配布物には、トンネルを表す線状の図柄が描かれ、中央に「眠」という漢字が記されている。「中は暗いですが、地面は平らです。足下に気をつけて、ゆっくり進んでください。真ん中あたりに、小さな集落があります。それは、眠っています」と、詩と指示のあいだにあるような文章も添えられている。その文章と図柄から想像力をふくらましつつ、観客は目的地の松ヶ尾隧道に到着。そして目のまえに伸びる、暗くて深いトンネルを、何百メートルか先に見える出口からの微かな光をたよりにゆっくりと進んでいく。トンネルの中央あたりに着くと、キーキーと蝶番が軋むような音が聞こえてくる。集団を先導する飴屋が、手持ちの懐中電灯で天井近くの壁に光をあてると、そこには瓦状に重なった「黒い落葉の群れ」がへばりついている。目を凝らしてよく見ると、それは濡れた落葉ではなく無数の蝙蝠(キクガシラコウモリ)だ。ここは夜行性の彼らの寝床。光を当てられると不快で鳴くそうだ。トンネルのなかで身を寄せあって安眠する彼らに、たまには光の世界も覗いてみなよと促してみても、その要請は彼らには受け入れられない。入口と出口のあいだで、つまりは誕生と死のはざまで、彼らは日々同じ生活圏で暮らす。プラトンの洞窟の比喩を出すまでもなく、蝙蝠たちはおそらく、私たち視野狭窄な人間たちの隠喩だろう。

出口近く、飴屋は白いチョークでトンネルの壁面に「人間最後のバンサン。自転車に乗るのが私の夢」と記す。この怪文の意味は、ツアー後半に明かされてくる。同時に、あたりの水たまりには「水」、廃木には「木」と漢字を勢いよく記していく。字が書かれた時点で、それら自然物は飴屋作品のなかに包摂される。いや、むしろ事態は逆か。自然物に字を刻む飴屋の行為は、「国東の豊かな自然という芸術」に目を差し向けるための「指標」を与えることこそが、作家としての自分の意図だと伝えてくる。トンネルを抜けた先では、お香が焚かれ、zAkによる電子持続音が静かに流れている。そこで国東高等学校双国校の高校三年生が、自分の生まれ育ちと将来についての作文を読みあげる。この作文は地元の高校生の素直な声であると同時に、飴屋や、文章を担当した朝吹真理子による「哲学的な示唆」も混在してくる。

本作では訪れる場所すべてで、高校性や、地元の青年、飴屋の実子、といった最も新しい生命を持つものたちの声により文章が読み上げられる。例えば第三ポイント「安国寺集落遺跡公園」には、紀元前300年前の弥生時代の集落遺跡が広がるが、そこでは二人の高校生(藤本未沙希ちゃんと鳥羽祐治くん)が弥生時代の家族に思いを馳せながらも、「自分が結婚する相手の顔さえわからない」と朴訥に語りはじめる。ほんの数年先の未来も見えないのに、人はどうやって何千年も前の過去を見渡すことができるのだろう。「なにかを想像することは難しい」と、高校生の声を借りて飴屋は告げる。

昼食は、古代米と白米のおむすびと竹筒に入った貝汁。その昼食を公園内の芝生でいただいてのち、飴屋は芝生に寝転がって空を見上げるよう観客にうながす。そして澄みわたる青空への独り言のように「ぼく知らなかったんですけど、太陽はいま膨張していて、地球はいつか太陽に飲みこまれちゃうらしいです」と話す。果たしてそれは何億年先の未来か。人生の尺度を超えた時間を想像することは、とても難しい。燦々と降りそそぐ太陽のぬくもりを感じながら、弥生時代の過去と何億年先の宇宙に挟まれていると、ここに温かな生の時間が確かに存在するからこそ、逆に、命の虚しさと尊さがないまぜになった凄まじい焦燥感に襲われる。人は防衛本能として、宇宙時間への想像力を持ちあわせずに生まれてくるのかもしれない。

昼食後は、国東の土地に宿る祖霊神たちに視野がそそがれていく。田畑のなかを抜ける細い舗道を遊歩していると、ふと耕作地のなかにいくつかの墓石が並んでいることに気づく。また山伏か行者のごとく杖を手にし、推定樹齢何千年という梛の大樹が林立する千燈地区の樹海を進みつづけると、水蝕谷の向こうに、一条の光が差しこむ墓所が現れる。そこで飴屋の8歳の娘が、この地で亡くなったおばあさんに、「将来の夢は自転車に乗ることです」と作文を読み、土地に宿る霊と交感する。グロトフスキーは「Holiday」という用語を用いて、社会的身ぶりを放棄した現代人と大いなる自然との遭遇を演出した。だが、国東では社会性が保たれたまま人は自然と遭遇する。「Holiday」と「Everyday」が混在する時間。国東では生者と死者が暮らしのなかで共存しており、死と死に挟まれた小さな命が謙虚に生きられている。

このツアーいちばんの霊場は、岩戸寺地区の三十仏。鳥居をくぐり天保11年(1840年)と刻まれた石柱を尻目に、幅50センチほどの苔むした急勾配な乱積み階段を上りきると、その高台のうえにさらに聳える岩崖に覆われるかたちで本殿が出現する。本殿の階段に腰掛ける一人の青年に自分たちの生年月日を告げると、彼は個々の生まれ曜日を教えてくれる。観客はその生まれ曜日の漢字(月、水、土など)を、午前中に訪れた木材処理場で拾ってきた木片に水筆で記す。ゴミであった木屑に、見えない曜日が書き加えられることで、木片は自分の形代(かたしろ)として新たな命を授かる。字を書くという日常的行為が、誕生の象徴的行為として再解釈される。さらに飴屋はここで、度肝を抜くパフォーマティブな行為に出る。観客が新たな誕生に向け、一歩一歩登りつめてきた、124段の階段からなる参道(あるいは産道)を、ふと体から力を抜いたかと思うとてっぺんから真っ逆さまに転げ落ちてみせたのだ。階段下に立つのは、彼の妻。これは、命の誕生に貢献する男性の生贄としてのパフォーマンスか。あるいは命の誕生には死の犠牲が伴うことを示唆する演劇的行為なのだろうか。飴屋の背骨と石段がぶつかりあう鈍い音が、あたりに不気味に木霊した。

瑠璃色の空が紅に浸蝕される逢魔がどき————。国東に生きた人々の写真が見守る日本家屋で夕飯をいただく。地元で採れた椎茸、にんじん、山菜に「いただきます」と手を合わせると、今日一日かけて触れてきた国東の命をいただいて、わたしたちは生かされているのだという当たりまえの事実に深い感謝を覚える。またこのひとときは、最終場の真玉海岸に向かうまえの「最後の晩餐」のパフォーマンスとしても解釈できる。演劇が「聖餐式」として終わる歴史はギリシャの昔にまでさかのぼるが、この晩餐はむしろ生と死の時制が混濁した「お斎」も連想させる。私たちはかつて死んでおり、今つかのま生きていて、またここから死にむかう。つまりこれは生者たちの最後の晩餐であると同時に、死者を送ったあとのお斎でもあるのだ。

最終場の真玉海岸に着くころには、あたりは、朝吹の言葉を借りるなら「千年が経って、鹿が啼いて」いそうな闇だ。波音がなければ、眼前の周防灘は巨大な闇の塊にしか思えない。波打ち際に人数分用意された小型のバケツ。そこに、先ほど自分の生まれ曜日を記した木片を入れるよう飴屋は促す。そして一瞬後、私たちの形代である木片は、飴屋の抱える巨大ガスバーナーの噴射によって一列の松明に成り変わる。永劫の闇のなか、小さな炎たちが懸命に燃えている。炎の刹那時間と闇の無限時間が、隣り合わせにそこにある。都会にいると忘れがちだが、私たちは二つの異なる尺度の時間を、同時に生かされているのだ。

飴屋はこの演劇作品で、人生の尺度を超えた時間を想像するという難題に挑戦してみせた。そして生者の時間と死者の時間を隣り合わせにみせる時間芸術のドラマツルギーを採用することで、死と死のあいだに板挟みになった生の孤独感と尊さを浮彫りにしてみせた。人はどこから来て、どこへ行くのかわからない。入口も出口もわからないトンネルのなか、肩を寄せあい一時の安眠を貪っているだけだ。

国東半島芸術祭
2014年10月4日(土)-11月30日(日)
http://kunisaki.asia/

パフォーマンスプロジェクト
飴屋法水『いりくちでくち』
11月22日(土)、23日(日)、24日(月、祝)

岩城京子|Kyoko Iwaki
東京都生まれ。主にパフォーミング・アーツを専門とするジャーナリストとして活動。東京とロンドンを拠点に世界19カ国で取材、和英両文で執筆を行う。主な執筆先に、AERA、新潮、朝日新聞など。著書に『東京演劇現在形』(Hublet Publishing、ロンドン)、『Ushio Amagatsu:Des rivages d’enfance au bûto de Sankai juku』(Actes Sud、パリ)など。2015年出版予定の『A History of Japanese Theatre』(Cambridge University Press、ロンドン)にも寄稿。現在ロンドン大学ゴールドスミス校演劇学部博士課程在籍、ならびに同校非常勤講師。

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