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44:プロヴォークとコンポラ(6)―牛腸茂雄再見『見慣れた街の中で』

(前項より続く) 『Self and Others』では、写真を媒介とする関係は対面する自己と他者に限定され、最後の写真のアブソープションの舞台はアメリカの基地であった。このアブソープションをテーマとしつつ、舞台を日本の「見慣れた街」に設定し、写真を媒介とする関係を、基本的に対面View More >

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43:プロヴォークとコンポラ(5)―牛腸茂雄再見『Self and Others』

(前項より続く) 対照的に、管見にして後者―シアトリカルな第一世代のポストモダニスト―はこの時代では突出して一人、牛腸茂雄くらいしか思い浮かばない。1966年以前から発表されている柳沢信の写真を「コンポラ」と呼ぶのは、影響関係という意味ではありえないが、牛腸茂雄(日本製コンポラ)View More >

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42:プロヴォークとコンポラ(4)―ポスト・コンポラの二つの表現

日本のコンポラ写真には、本家コンポラではありえない特徴がある。それは当時の日本の平均的な感覚からはかなり遊離した、アメリカ趣味である。コンポラ写真は「ハイカラ」で「バタ臭い」。日本の新聞ではなく英字新聞、野球ではなくアメフト、熱海ではなく旧軽井沢、基地周辺のアメリカン・ライフ、外View More >

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41:プロヴォークとコンポラ — 「日本写真の1968」展(東京都写真美術館)の余白に(3)

社会は全面的に映像化・メディア化した;世界はそのユートピア的「外部」を失い、絶えず映像情報の入出力を繰りかえしながら変容し続けるネットワークと化した;写真は、人間がそのなかへ生まれ、それを吸い込み吐き出しながら生きるような環境となった —— これが「コンポラ写真」の前提である。従View More >

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40:プロヴォークとコンポラ — 「日本写真の1968」展(東京都写真美術館)の余白に(2)

ところで、映像情報の氾濫によって現実世界が写真化しているという認識は、「コンポラ」の根底にある認識でもある。この言葉の語源は、周知のように、1966年、ニューヨークのジョージ・イーストマンハウスで開かれた展覧会「コンテンポラリー・フォトグラファーズ 社会的風景に向かって」であったView More >

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39:プロヴォークとコンポラ — 「日本写真の1968」展(東京都写真美術館)の余白に(1)

牛腸茂雄 シリーズ「日々」より 1967-70年 コンポラ論の当否は、プロヴォークとの差異に掛かっている。同じ時代に現れたこれら2つの写真表現は当初から混同されがちであった。ワイドレンズ、横位置、日常のスナップショット・・といった共通点を列挙する議論には事欠かない一方、その差異のView More >

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37:「ネガ」の永遠から「ポジ」の永遠へ——野村萬斎×杉本博司 三番叟公演『神秘域 その弐』(後編)

前回はこちら 野村萬斎×杉本博司 三番叟公演『神秘域(かみひそみいき) その弐』より © Sugimoto Studio/ Courtesy of Odawara Art Foundation 杉本の写真が仮構し、再現するこの「永遠」を「日本」で置き換えるとき、彼の日本への関心がView More >

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36:「ネガ」の永遠から「ポジ」の永遠へ——野村萬斎×杉本博司 三番叟公演『神秘域 その弐』(前編)

前回はこちら 野村萬斎×杉本博司 三番叟公演『神秘域(かみひそみいき) その弐』より © Sugimoto Studio/ Courtesy of Odawara Art Foundation 近年の杉本博司は写真への興味を失ってしまったかのように見える。「新素材研究所」をベースView More >

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