52:墓としての写真 — 松江泰治の『JP-01 SPK』(中編)


「JP01-80」 松江泰治写真集『JP-01 SPK』(赤々舎、2014年)より
© TAIJI MATSUE Courtesy of the artist and TARO NASU(以降すべて)

写真集を開くと、冒頭の11点はすべて森の写真である。松江作品に頻出するモチーフではあるが、季節による色合い、光と影の方向、撮影高度に微妙な変化がつけてあるために、徐々に方向感覚が危うくなってくる——カメラのアングルが正対なのか鉛直なのか、いったい眼前の風景を見ているのか眼下の風景を見下ろしているのか、どこが地上面なのか。その混乱は12点目、眼前に立ちはだかるダムに見えて実はほぼ眼下のダム湖の雪景色の写真(JP01-80)で頂点に達し、さらに白いダケカンバ(多数)、光に包まれた雪原(JP01-79)、木々の影が雪原に斜線を描き出して方向感覚を狂わせる写真(JP01-71)、渦巻くような紅葉の森(JP01-67)が、見る者を次々と翻弄する。


「JP01-71」

従来の松江写真から逸脱する斜光や逆光や影は、空間的なオリエンテーションを狂わせ、フラットな画像そのものを出現させるために導入されているわけである。と同時に、我々は上下左右前後(xyz軸)という空間的オリエンテーションが、重力で大地に固定された視座に依存していること、つまり、そもそも空中撮影においては、そのような方向感覚は前提とされず非本質的である事を知るのである。

21点目から雲(JP01-25)や川が現れて、方向感覚を戻してくれるとともに、我々は森のシークエンスから脱け、23点目から森の周辺へ、自然と人工の中間地帯へと入っていく。やがて28点目、墓地の写真に都市を象徴する条理構造が現れ始め、32点目、地上撮影の墓地の写真(SPK132022)が、写真集全体の折返点である。自然から都市へ、札幌開拓史のちょうど中間地点を占めるのは墓地であり、作者はそこで初めて地上に降り立つ。実際、この写真集のなかで最も印象的な「逸脱」の一つが、この地上撮影写真であろう。すぐ次、33番目のイメージJP01-27も、住宅街に紛れて残っている開拓時代の古い墓地である。なぜ、墓地が最初に降り立った場所であり、写真集の要の位置を占めるのか。


「SPK132022」


「JP01-27」

まず、地上写真の意味について考えよう。しばしば誤解している人がいるが、JPシリーズ以前の松江作品のほとんどは空撮ではなく、地上の高い場所(丘、山、崖、塔、高層ビルなど)からの写真であり、またアングルも俯角ではなく、ほぼ正対の写真である。松江写真のなかでは、空撮の方が例外的なのだ。高さのない、人の背丈の地上で撮影された写真(畑や牧草地の写真;ITALY1999#13; OKLAHOMA1999#64など)も昔から存在したし、近年ではSPK132054のような一種の(風景の)ミニチュア模型の写真撮影や、SPK132059のような一種の近接撮影も行われてきている。


風景のミニチュア、ヴァーチュアルな空撮(正対構図)。「SPK132054」(上)と「Denmark17939」(下、2012年。アフリカ大陸のミニチュア公園)


足下のオールオーバー。ヴァーチュアルな空撮(鉛直構図)。「SPK132059」(上)と「MCT17451」(下、2012年。海岸の貝殻)

このように、近年の地上撮影作品がヴァーチュアルな空撮であったとすれば、SPKコードで始まるこれら地上写真は、実際に空撮した写真のなかのある地点に降り立って撮られた写真である。空撮写真のなかに降りたって、いつもと同じことをする——条理状に立ち並ぶ都市のビルを正対で撮り、条理状に立ち並ぶ墓石を正対で撮るわけだ(*1)。つまり、本写真集の中で例外的な地上写真はむしろ松江写真としては通例である。だから実はSPK写真は「逸脱」ではなく、いつもの松江写真として先に挙げた条件を全て満たしている。そのプロトタイプとすら言えるだろう。さらに、JPシリーズのポイントの一つは高度であり、それは地学的世界(衛星写真、航空写真の高さ)と人間世界(スナップショットの低さ)のあいだの低い高さで撮影されるものであった。つまり、自然(森)と人為(都市)の中間とは、まさにJPシリーズの場所であり、松江泰治の写真の位置であり、それが墓だということになる。写真とは、墓なのだ。

屯田兵の無縁墓地、開拓時代の古い墓が残っているように、自然と人間がぶつかり合った(*2)時代、北海道開拓時代は、多数の写真をも残している(*3)。開拓者達は、結局、どこの誰とも知れぬただの名前だけの存在となって石に刻まれ、現代の札幌の片隅に忘れ去られながらも居残っている。開拓者達は、結局、どこの誰とも知れぬただの画像だけの存在となってネガに刻まれ、記録となって残っている。名や像だけになって物質に刻まれ、この世の意味やアイデンティティが消え果てた忘却の彼方でなお、居残り続ける存在、それが写真なのだ。この意味で、写真とは墓なのである。新しい墓があるように、新しい写真が撮られる。

松江泰治のカラー写真は、その「絶対ピント」の作品化において完全にデジタル技術に依存した作品である。しかし、アイデンティティから切り離されてなお、物質に刻み込まれたまま歴史の中に黙然と残っていくもの、墓としての写真とは、アナログ写真に他ならない。完全デジタルな松江作品の中で、本来例外的な空中撮影の中間休止として地上に降り立ったそのとき、アナログ写真の本質が、退化した尾骶骨のように、顔を覗かせたのである。(この項続く)


1. 松江スタイルで撮られた写真のなかで、松江スタイルの写真を撮る。「nest」(入れ籠:松江泰治2008年個展@Taro Nasu Galleryのタイトル)である。

2. 無論、実際には北海道は大自然ではなくアイヌ文化圏だったのだから、「開拓」とは自然と人為の衝突ではなく、人為と人為の衝突である。

3. 田本研造に代表される開拓時代の写真といえば、とくに80年代の森山大道に強い印象を与えた写真群でもあり、日本写真史の重要な一コマであるが、本写真集には直接関係しない。

筆者近況:
『HILLSIDE TERRACE PHOTO FAIR』 トークイベント登壇
日時:9月5日(金)18:30-20:00
会場:代官山蔦屋3号館2階音楽フロア
登壇者:森山大道 X 清水穣
詳細:http://tsite.jp/daikanyama/event/004161.html

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