51:墓としての写真 — 松江泰治の『JP-01 SPK』(前編)

松江泰治の新作写真集『JP-01 SPK』(赤々舎、2014年)は、題名のシティコードが示すとおり、札幌という一都市に捧げられた本である。が、対象を一都市に絞ったせいか、そこには本来の松江スタイルからの興味深い逸脱が見られる。


左:「SPK35243」 右:「SPK44134」 松江泰治写真集『JP-01 SPK』(赤々舎、2014年)より
© TAIJI MATSUE Courtesy of the artist and TARO NASU(以降の松江作品すべて)

まず、「本来の松江スタイル」を復習しておこう(*1)。松江泰治の写真には厳格なフォーマットがある。原則として晴天、順光時の写真。縦位置を用いず、横位置のみで水平線を入れないオールオーバーの画面。撮影ポイントを自由に選べる空撮写真はさらに厳格であり、被写体の真正面から正対するアングルという条件が追加される。ポイントは、「彼方」「向こう側」といった画面内空間へと視線を誘う効果をシャットアウトし、画像全体をフラットに前面化することであり、観る者の注意を、空間的な深さの代わりに、高解像度で画像内に詰め込まれた稠密な情報の深みへと導くことである。従って、空間的拡がりを強調するために一般の空撮写真でよく見られる斜め構図はありえない(*2)。では鉛直構図はどうかといえば、真上から撮影されることによって被写体の高さが潰れ、絵画的なパターンへと収斂して、松江写真にとって本質的な地上情報が失われるために、やはり採用されない。


斜めの構図(米フェアチャイルド社の空撮写真)


正対構図(松江泰治「NGO0164」 2001年)

次に「絶対ピント」。これはパンフォーカスのことではない。パンフォーカスとは、人間の目が許容錯乱円以下では暈けを判別できないためにピントが合って見える範囲という意味であり、つまり肉眼に依存した擬似的なピントである。それとは異なり、レンズにとっての絶対的な=肉眼に依存しないピント位置と言えば、もちろん焦点であり、全ての光が焦点で像を結ぶのは、その光が無限遠からやって来るときである。つまり「絶対ピント」とは、無限遠に合わせて撮影し、レンズの原理から自動的に得られるピントのことで、「絶対」とは人間が見ることを前提としていないという意味である。

最後に、ヘリコプターの高度。被写体が幾何学パターンに見えてしまう(衛星写真、航空写真)ほど高くなく、被写体をアイデンティファイできる(スナップショット)ほど低くもない、ヘリコプターによる微妙な「低空」の高度が求められている。言い換えれば、物理学的・地学的自然の永遠(衛星写真、航空写真)と、限られた時を生きる人間の人為(スナップショット)のあいだを低く飛びながら、写真家は21世紀の日本を記録し続けているのだ。

要約しよう。松江写真の標準スタイルとは、晴天、順光、水平線地平線を入れない横位置、低空、真正面、絶対ピントという条件が全て満たされていることである。それを踏まえて、この写真集を見た人は、作家がその条件を随所で破っていることに気がつくだろう。晴天ではなく雲が出ており(JP01-25)、順光ではなく低い光が左前から前方から入って影を作り(JP01-71, 77など)、真正面ではなく斜めの構図を取り(JP01-73)、低空から高度を徐々に上昇させ(JP01-29から43にかけてのページシークエンス)、とどめは、ヘリコプターを降りて地上で撮影したカット(SPKで始まる作品群)が挿入される。ラストの10枚ほどは、松江作品では例外的なことに、一種の盛り上がりのプロセスとなって、平常時の札幌と雪景色の札幌を、全く同じ地点から同じアングルで撮影したラスト2枚(SPK35243, 44134)が圧巻のクライマックスを形作っている。これらの逸脱にはどんな意味があるのだろうか。


「JP01-25」(雲)


「JP01-71」(斜線の影)


「SPK132033」(地上)
 


JP01-30 → 45 → 43のシークエンス(高度が上がるとともにアングルが起き上がってくる;あるいはアングルが起きることで高度が上がった印象が生じる)

                   *

写真家は、札幌という被写体に対して「森」から「都市」へという軸線を設定した(*3)。写真集全64点は、森の写真(1〜22)から、森の周辺(採石場、ゴルフ場、スキー場;23〜27)を経て、都市の周辺(墓地;28〜33、郊外、公園、住宅;34〜50)を通過し、都市部の写真(51〜64)へと到るように構成されている。「森」が北海道の「自然」を、「都市」が入植から現在にまで到る「人為」や「文化」を表すこと、つまりこの軸線が札幌の開拓史に重ねられることは自明であるが、さらに「森」は、条理(碁盤の目)づけられていない空間(a)、リニアな方向感覚がゆらぐ空間(b)を代表し、「都市」は、条理づけられている空間(A)、方向感覚がはっきりする空間(B)を代表する。つまり写真集全体は、森のabから都市のABへという軸線上に展開するが、森の周辺、都市の周辺の写真群が途中で様々な中間段階を形成し、写真集を豊かにしている。(この項続く


1. 松江泰治のデジタル写真の意義については、2011年の本欄松江論「Moving Photographs」を、日本各県を被写体とする空撮シリーズについては写真集『jp0205』(青幻社、2013年)に寄せた「無限遠と絶対ピント Infinity and the absolute focus: Taiji Matsue’s aerial photography」を参照されたい。

2. ポイントは画面奥への空間的な拡がりであって、被写体が斜めに写っていることではない。例えば、松江の代表作「CHI0254」でも建物は確かに斜めに写っているが、道路は捨象され、フレーム内にオールオーヴァーにビルが詰め込まれているので、遠近線の消失点方向(画面左上)への奥行きより、ビル全体の稠密感と前面化のほうがはるかに強い。これは、本稿で言うところの斜め構図ではない。

「CHI0254」 2002年

3. 松江も出品している札幌国際芸術祭2014のテーマ「都市と自然」に合わせたとも言えるだろう。

筆者近況:
『HILLSIDE TERRACE PHOTO FAIR』 トークイベント登壇
日時:9月5日(金)18:30-20:00
会場:代官山蔦屋3号館2階音楽フロア
登壇者:森山大道 X 清水穣
詳細:http://tsite.jp/daikanyama/event/004161.html

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