連載 編集長対談2:名和晃平(前編)

日本的アートとは?:素材と技術とアートの関係

国際的に活動する若手作家の筆頭格である名和晃平の作品には、既存の作品にはあまり見られない、新たな素材や技法が駆使されている。現在京都で活動する作家の、その制作態度の原点を探る。

構成:編集部 協力:小島三佳、後藤あゆみ(バンタンデザイン研究所MECS)

物体を作るのと同時に、見る人の体験を作るという意識が強いですね。

小崎 名和さんは、斬新な発想と完成度の高い作品で国際的に注目されているアーティストです。まずは、これまでの制作活動と作品について話して下さい。

名和 僕は1994年から、京都市立芸術大学で9年彫刻を勉強しました。大学院在学中に半年間、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートのスカルプチャー・コースへ交換留学に行き、帰国してから本気で現代美術のフィールドでやろうと決意しました。卒業後、日本で自分が作家としてやっていけるのか、日本にいても埒が明かないのではないかという不安もあって、ニューヨークに半年、ベルリンに3ヶ月滞在しました。海外のスタジオを見に行ったり、美大をリサーチしたりもしていたのですが、やっぱり日本でやらなくちゃいけないな、というのが結論で、いま京都で腰を据えてやっているところです。

これは『BEADS』シリーズ。インターネットを介して収集したモチーフの表面に、ガラスやアクリルの透明の球を貼り付けて作る彫刻です。


PixCell-Elk#2 2009年 ミクストメディア
©Omote Nobutada Courtesy of the Hermès Foundation

小崎 具体的には、ネットオークションで落とした剥製などですよね。

名和 はい。オークションサイトやGoogleのシステムを使った画像検索、それにキーワードアラート機能を使って、ランダムに集めています。そこからビジュアルだけで「これだ」って見つけるんですけど……。日本ってなぜか鹿の剥製が多いんですが、植物、昆虫、仏像、ナイキのシューズ、日用品まで全部こうして集めています。

表面全体にビーズを貼り付けるのは、どんなものでもすべてが同じ質感に置き換わっていくからです。モチーフの表面は球を通してしか見えなくなり、触れなくなる。さらに見る角度によって像が揺らぐ。映像の細胞(セル)という意味で「ピクセル(PixCell)」とも呼んでいますが、これはモチーフをネットからダウンロードして、あるフォーマットに落とし込んでいくという手法が、デジカメで撮ったものがJPEGの画像で保存されるのに似ているからです。

小崎 ネットから素材を選んだり、ビーズで表面を均一化したりという点が重要ですね。情報社会において生の現実に触れる機会がないという状況を、作品の作り方においても、実際の作品の見え方によっても示している。その状況は現代社会に普遍的なことなので、だから名和さんの作品が世界的に評価されるのだと思います。


PixCell[Toy-Stealth(flying mode)#1] 2003年 30.3x21x4.8cm
ミクストメディア 撮影:木奥惠三 Courtesy SCAI THE BATHHOUSE

名和 ピクセルの『BEADS』シリーズを、もう一段階展開させたのが『PRISM』シリーズです。上から見るとステルス戦闘機の模型が2機見えますけど、実際には1機しか入っていません。視線の角度を変えることで消えたり、現れたりと、まるで幽霊のようにゆらゆら動き、そこにあるのだけれど、虚像としてしか見えない。

小崎 どれが実像だか解らない。

名和 そうですね。実際は光をふたつに分けるフィルムで覆っているため、ふたつの像の光の量が50%:50%ぐらいになるんです。だから、それを普通の光の中で見ると目の前に霧がかかっているように希薄な存在に見える。それがイメージなのか、物体として実在しているのか、情報なのかというせめぎ合いが起こるのが面白いなと。去年、東京都現代美術館で『パラレル・ワールド』という展覧会があり、コンセプトがぴったりだったのでインスタレーションとして発表しました。床と壁と天井を真っ白にして、無影空間、つまり影が生じない空間にして、その中にイメージだけが浮かんでいるようにして。


『パラレル ワールド もうひとつの世界』展示風景 2008年
東京都現代美術館 撮影:池田晶紀 Courtesy SCAI THE BATHHOUSE

小崎 よく覚えています。ブースに入った瞬間に全体がいきなり明るい。その中に「虚像としての彫刻」が宙に浮かんでいるように見えました。

名和 そういう特別な感覚を生まれさせるためには、例えば床と壁の色があまり違ってはいけないし、床の貼り方も日常生活で見慣れているようなものではいけない。天井のライトも、普通の蛍光灯の白さと同じだと商業空間のイメージとつながってしまう。まったく初めての体験とするために、一般に使われている色温度とはかけ離れたものにしました。

小崎 彫刻作品を納入して終わりというのではなく、空間全体を作ったわけですね。

名和 そうです。ブースを設計し、ライトの距離や光幕天井の素材もすべてテストしたり、サンプルを確認しました。彫刻というと「物体」というイメージが強いかもしれませんが、僕は全然そう思っていません。絵画の場合は切り取られた世界やフレーミングされた物語の中に入っていくものですが、彫刻はまさに目の前の現実そのものなので、その場で起こる体験が作品だと思っています。物体を作るのと同時に、見る人の体験を作るという意識が強いですね。

小崎 その意味では、『LIQUID』シリーズは、ほかの名和さんの作品群と決定的に違う。直方体の箱の中に滑らかなシリコンオイルが入っていて、底にグリッド状に配されたポンプから空気の泡が浮かび上がってくる。彫刻作品ですが、動いています。


PixCell_Saturation#2 2009年 ミクストメディア
©OMOTE Nobutada Courtesy of the Hermès Foundation

名和 動いていますね。シリコンオイルはもともとアメリカの戦闘機のエンジンオイルのために開発されたもので、とても強靭な素材です。水槽の中にそれを入れて、白く濁らすために酸化チタンの粉を混ぜ、白く面発光させたステージを作って泡を出しています。かなりシンプルにできていて、金魚屋さんで買えるような小さいポンプを620個使っているんですが、エルメスでの展示のために、製造メーカーまで問い合わせて日本中から取り寄せました。

小崎 粘度は車用のエンジンオイルと同じですか。

名和 それよりもずっと粘り気があり、はちみつとシロップの間ぐらいです。最初に発表したのは2004年ですが、そのときはもう少し泡が小さく、粘度ももう少し低かったんですね。時代の気分みたいなものを表現したかったので、このときはものすごい高速で泡が出ていました。いまはもっとゆっくりで、泡は大きいです。

小崎 名和さん的には、いまのほうがねっとりした時代だと(笑)。

名和 そうですね、ちょっとスピードダウンしたほうが良い感じかなと。

小崎 ともあれ、名和さんの素材や技術に関するこだわりがよくわかります。

名和 彫刻って、イメージだけで作ればいいっていうのではなくて、使う物質の物性とかを理解して使わないと失敗することがあるんですよ。まあ、その失敗を恐れずにやって、これは駄目なのかあ、と思ったらいいんですけど。その辺が絵画と違うかなと思いますね。

2009年7月20日にDAY STUDIO★100(Vantan渋谷校ディレクターズスタジオ)にて行われた対談を収録しました。

後編はこちら

なわ・こうへい
1975 年、大阪生まれ、京都在住。98 年、京都市立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻卒業後、英国王立美術院に交換留学。2003年、京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程彫刻専攻修了。キリンアートアワード2003 にて奨励賞、07 年に京都府文化賞奨励賞を受賞。個展に『GUSH』(SCAI THE BATHHOUSE、06年、東京)、『P i x C e l l 』(Pekin Fine Arts、08 年)など。グループ展では、第3 回バレンシア・ビエンナーレ(05年)、『アートスコープ2005/2006』(ダイムラークライスラー・コンテンポラリー、ベルリン、07年)、 『六本木クロッシング2007:未来への胎動』展( 森美術館、東京)、『パラレル・ワールド もうひとつの世界』(東京都現代美術館、08 年)などに出品。今後の予定として、今年9月にノマルエディション(大阪)での個展 「Transcode」、12月にブリスベンで開催されるアジア・パシフィック・トリエンナーレへ出展する。また10年の1月よりSCAI THE BATHHOUSEにて個展が開催される。

ART iT公式ブログ:名和晃平
https://www.art-it.asia/u/ab_nawak/

メゾンエルメス8Fフォーラムにて個展『L_B_S』を開催中(9月23日まで)。
https://www.art-it.asia/u/admin_exrec/OyteLSv0RKz8lJbBhUdA

動画インタビュー
https://www.art-it.asia/fpage/?OP=mov

次回掲載予告
ゲスト:小山登美夫(ギャラリスト)
西村画廊、白石コンテンポラリーアート勤務を経て、1996年に小山登美夫ギャラリーを開廊。奈良美智、村上隆といった日本を代表する現代美術作家を数多く紹介している。日本のアートシーンを牽引する中心的存在。http://www.tomiokoyamagallery.com/

今後の対談予定・参加申し込み
9月15日(火) ゲスト:長谷川祐子(東京都現代美術館キュレーター)
9月17日(木) 19:00-21:00 に変更になりました。 
会場:Vantan渋谷校ディレクターズスタジオ 定員30名
*参加をご希望の方は、下記から事前にお申し込み下さい。
http://daystudio100.com/tokyo/script/event_detail.php?id=79

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