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25:再説・「爆心地」の芸術(6) 中原佑介と核の批評(前編)

前回はこちら シンポジウム「未来の美術館のかたち」壇上での中原祐介(2010年9月、直島ベネッセハウス) 提供:瀬戸内国際芸術祭実行委員会事務局 撮影:中村脩 去る4月24日、北川フラムさんと故・中原佑介について語る対談を公開で持った(*1)。 僕が最後に中原さんにお目にかかったView More >

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24:再説・「爆心地」の芸術(5) いわき湯本にて<3>

2012年3月21日、美術家の村上隆氏と博多に飛んだ。画家の菊畑茂久馬氏を訪ねるためだ。僕らは空港に着くと早々に福岡市美術館に向かい、約束をとりつけていた学芸員の方と菊畑さんのアトリエを兼ねたご自宅を訪ねた。 菊畑さんにお目に掛かるのは初めてだ。が、僕にとってはただならぬ恩のあるView More >

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23:再説・「爆心地」の芸術(4) いわき湯本にて<2>

いわき湯本から東京に戻り、年が明けた2012年1月24日、火曜日。僕は初めて、内幸町(東京都千代田区)にあ る東京電力の本社ビルに足を踏み入れた。 撮影:編集部(2012年3月/以下すべて) 毎日、定時に合わせて昼と夜の2回行われている(*)、福島第一原子力発電所放射能漏れ事故にView More >

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22:再説・「爆心地」の芸術(3) いわき湯本にて<1>

2011年10月30日、宮城県南三陸町のホテル観洋で開かれたシンポジウム「3.11以降の地域とアート これまでとこれから」(*)に登壇したあと、皆で立ち寄った福興市の雑踏からの帰りに、福島県のいわき湯本温泉からいらしていた「三凾座(みはこざ)リバースプロジェクト」を主宰する方々にView More >

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21:再説・「爆心地」の芸術(2) 『じ め ん』

(1)はこちら ©片岡陽太 夢の島にある多目的コロシアムで『フェスティバル/トーキョー11』初日、飴屋法水/ロメオ・カステルッチの公演を観たあと、列をなして帰路を急ぐ人たちからひとり離れ、僕は夢の島をもっと奥へと進んでみた。そこからが、僕にとっての飴屋法水『じ め ん』の始まりだView More >

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20:再説・「爆心地」の芸術(1)  ルニット・ドーム、フクシマ、そしてラッキー・ドラゴン

2004年の夏、ちょうど蝉時雨が激しい今時分のこと、東京都立夢の島公園にある都立第五福竜丸展示館で、ある展覧会が開かれていた。『コラプシング・ヒストリーズ(崩落する歴史)』と題されたこの展示(キュレーター=アーロン・カーナー)には、日本からヤノベケンジと中ハシ克シゲが参加していたView More >

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19:松尾邦之助と読売アンデパンダン展(3)

Part1 | Part2 とはいうものの、残念ながら現時点で松尾が『読売アンパン』(当初は『日本アンデパンダン』)の本当の企画者であった証左は見つかっていない。 けれども、この前代未聞のアンデパンダン展が戦後まもない日本で始まろうとしていたのに先立って、松尾が読売新聞社の副主筆View More >

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18:松尾邦之助と読売アンデパンダン展(2)

Part 1はこちら あらためて確認しておきたいのは、敗戦直後、藤田嗣治や岡本太郎と深い繋がりがあり、進んだフランス美術界の事情にも詳しく通じ、おまけに思想的には著しく無政府主義に傾く人物が、日本を代表する新聞社の中枢に在籍していたという事実である。そのような人物が、帰国後、戦争View More >

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17:松尾邦之助と読売アンデパンダン展(1)

東京都現代美術館では昨年の秋より今年の5月まで、前期・後期に分け『クロニクル 1947-1963 アンデパンダンの時代』と題するコレクション展を開いている。戦後早々に始まった二つのアンデパンダン展をめぐる集中展示で、資料面も充実しており、見応えがあった。とりわけ『読売アンデパンダView More >

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16:崇高と日常−−−チェルフィッチュ『ゾウガメのソニックライフ』をめぐって

チェルフィッチュ『ゾウガメのソニックライフ』  神奈川芸術劇場 2011年2月1日 撮影:宇壽山貴久子 ネットで「アートスフィア」と検索してみたら、そういう名前の劇場はもうなくて、いまは「天王洲銀河劇場」と呼ぶのだという。2006年に経営母体が変わり、ホリプロ系列のグループ会社がView More >

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