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22:再説・「爆心地」の芸術(3) いわき湯本にて<1>

2011年10月30日、宮城県南三陸町のホテル観洋で開かれたシンポジウム「3.11以降の地域とアート これまでとこれから」(*)に登壇したあと、皆で立ち寄った福興市の雑踏からの帰りに、福島県のいわき湯本温泉からいらしていた「三凾座(みはこざ)リバースプロジェクト」を主宰する方々にView More >

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21:再説・「爆心地」の芸術(2) 『じ め ん』

(1)はこちら ©片岡陽太 夢の島にある多目的コロシアムで『フェスティバル/トーキョー11』初日、飴屋法水/ロメオ・カステルッチの公演を観たあと、列をなして帰路を急ぐ人たちからひとり離れ、僕は夢の島をもっと奥へと進んでみた。そこからが、僕にとっての飴屋法水『じ め ん』の始まりだView More >

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20:再説・「爆心地」の芸術(1)  ルニット・ドーム、フクシマ、そしてラッキー・ドラゴン

2004年の夏、ちょうど蝉時雨が激しい今時分のこと、東京都立夢の島公園にある都立第五福竜丸展示館で、ある展覧会が開かれていた。『コラプシング・ヒストリーズ(崩落する歴史)』と題されたこの展示(キュレーター=アーロン・カーナー)には、日本からヤノベケンジと中ハシ克シゲが参加していたView More >

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19:松尾邦之助と読売アンデパンダン展(3)

Part1 | Part2 とはいうものの、残念ながら現時点で松尾が『読売アンパン』(当初は『日本アンデパンダン』)の本当の企画者であった証左は見つかっていない。 けれども、この前代未聞のアンデパンダン展が戦後まもない日本で始まろうとしていたのに先立って、松尾が読売新聞社の副主筆View More >

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18:松尾邦之助と読売アンデパンダン展(2)

Part 1はこちら あらためて確認しておきたいのは、敗戦直後、藤田嗣治や岡本太郎と深い繋がりがあり、進んだフランス美術界の事情にも詳しく通じ、おまけに思想的には著しく無政府主義に傾く人物が、日本を代表する新聞社の中枢に在籍していたという事実である。そのような人物が、帰国後、戦争View More >

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17:松尾邦之助と読売アンデパンダン展(1)

東京都現代美術館では昨年の秋より今年の5月まで、前期・後期に分け『クロニクル 1947-1963 アンデパンダンの時代』と題するコレクション展を開いている。戦後早々に始まった二つのアンデパンダン展をめぐる集中展示で、資料面も充実しており、見応えがあった。とりわけ『読売アンデパンダView More >

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16:崇高と日常−−−チェルフィッチュ『ゾウガメのソニックライフ』をめぐって

チェルフィッチュ『ゾウガメのソニックライフ』  神奈川芸術劇場 2011年2月1日 撮影:宇壽山貴久子 ネットで「アートスフィア」と検索してみたら、そういう名前の劇場はもうなくて、いまは「天王洲銀河劇場」と呼ぶのだという。2006年に経営母体が変わり、ホリプロ系列のグループ会社がView More >

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15:「わたし」に穿たれた深くて暗い穴(後編)

前編はこちら 「休日診療所」 これを読んでいるひとのなかには、「わたしのすがた」を見た人も数多くいると思う。そのなかの少なからずの人が、なにかよくわからないけれども、順路をめぐり終えても根強く残り続ける心的な刻印を受けたのではないだろうか。にしすがも創造舎で受付を済ませて校庭に空View More >

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14:「わたし」に穿たれた深くて暗い穴(前編)

後編はこちら 飴屋法水「わたしのすがた」は、舞台芸術祭『フェスティバル/トーキョー10』の正式な参加作品である。したがって、役者も居らず脚本もなく劇場で上演されないからといって、これを単純に演劇でないと決めつけることはできない。事実、チラシには「構成・演出:飴屋法水」と明記されてView More >

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13:肉と眼の見えない結合——都築潤の「ニューエイドス」展をめぐって

(以下全て)「ニューエイドス」展展示風景 人が2、3人も入ればもう一杯になってしまいそうなキューブ状の展示室には、壁の三面を比較的大きな絵が一枚づつ占めている。残る一面には、それぞれの壁に対応して同じ絵が映し出された三台のiPadが置かれており、直接、手にとって画面を拡大して見るView More >

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