連載 田中功起 質問する 18-3:馬定延さんから2
映像メディア学研究者の馬定延との往復書簡。馬からの二通目の手紙は、田中の近年の活動や、美術における映像表現の実践・体験・歴史について語りかける。
映像メディア学研究者の馬定延との往復書簡。馬からの二通目の手紙は、田中の近年の活動や、美術における映像表現の実践・体験・歴史について語りかける。
今回の往復書簡ゲストは、映像メディア学研究者の馬定延。約1年前に彼女が書簡形式で田中を取材したことが契機になったことから、今回はゲストの馬が田中に「質問する」手紙から始まる。
わすれン!の参加者による記録を展示や上映会を通じて紹介するとともに、これまでに寄せられた記録の利活用の試みの場として、毎年恒例となった企画『星空と路』が今年も3月に開催。
良知暁の個展『シボレート / schibboleth』が開催されます。 会場:space dike 会期:2020年12月25日(金)〜27日(日) 2021年1月8日(金)〜11日(月祝) 開館時間:13:00-19:00(金曜は16:00-20:00) 休館日:毎週月曜日 ※月曜日が祝祭日にあたる場合も休館いたします。 観覧料:300円 >>詳細はこちら
「艾未未のことば」責任編集の牧陽一が2020年4月に学生へ宛てた手紙と、昨年、艾未未がドイツを離れた背景を考察した文章を掲載。
第16回(ゲスト:ハン・トンヒョン)―アーティストは「社会」を必要としている、のか 社会学者のハンさんへ田中さんから2度めの書簡。ハンさんからの問いに応え、知識の共有が経験の共有を補完・代替できるかについて、作品「可傷的な歴史(ロードムービー)」での体験も通して綴ります。
会期 2018年10月6日[土]-2019年1月14日[月・祝] 会場 ハラ ミュージアム アーク 現代美術ギャラリー 原美術館が開館した1979年と、ハラ ミュージアムアークが開館した1988年 その両年に焦点をあて、それぞれの年に制作された作品をご紹介いたします。 大竹伸朗「網膜 #2 (紫影)」(1988-90年)ⓒShinro Ohtake ハラ ミュージアム アークは創設30周年を迎えました― 1979年、全国的な美術館設立ブームに先駆けて、原美術館(東京都品川区)は創設されました。その別館としてハラ ミュージアム アーク(群馬県渋川市)が開館したのは1988年、元号が昭和から平成へと変わる前年、いまから30年前のことでした。本展では、このふたつの年にスポットを当て、両年に生み出された作品の数々を、原美術館コレクションより展観いたします。 1979年、原美術館の歴史とともに歩んできた作品たち (左)李 禹煥「線より」(1979年)ⓒ Lee Ufan (右)クリスト&ジャンヌ=クロード「パリの橋、ポン=ヌフのプロジェクト」(1979年)ⓒChrist 原美術館は、当時、日本では稀有な私立の現代美術専門館として、1979年、東京都品川区の閑静な住宅街に開館しました。1938年建造の、モダニズム建築のスタイルを取り入れた個人邸宅(設計:渡辺仁)を再生した独特の空間で、同時代の先端のアートに出会う場を目指し、さまざまな企画展、イベント、教育普及プログラムを開催し、国際交流を推進してきました。 開館当時は、第二次オイルショックにより高度成長が終焉を迎え、人々の価値観が「物質的な豊かさ」から「精神的なゆとり」へとシフトしてゆく過渡期にあたります。美術の分野では、コンセプチュアルな作品への志向が強まり、60年代に興隆したミニマルアートや、李 禹煥に代表される「もの派」の芸術活動は、70年代の隆盛を経て、「ポストもの派」や「ニューウェーブ」と称される動向へと展開してゆきました。 また、絵画や彫刻の概念が拡張していったこの時期、環境問題への関心と相まって、屋外での大規模なインスタレーション作品も生まれるようになりました。例えばクリストとパートナーのジャンヌ=クロードは、海岸線などの自然の地形や、橋などの公共建造物を布で覆う大型のプロジェクトを次々と成功させています。 1988年、ハラ ミュージアム アーク開館の年に制作された作品群 (左)アンゼルム キーファー「メランコリア」(1988年)ⓒAnselm Kiefer (右)ルイーズ ニーヴェルスン「鏡View More >
【前期】2018年10月6日[土]-11月21日[水] 【後期】11月23日[金・祝]-2019年1月14日[月・祝] 会場 ハラ ミュージアム アーク 特別展示室 觀海庵 原六郎コレクションの中から生命(いのち)への賛歌や生きることへの祈りを感じ取れる作品を選んでご紹介します。前期では円山応挙の弟子にあたる森徹山と長沢盧雪の作品を、師である応挙の「淀川両岸図巻 下図」と共に展示します。森徹山「百鶴図屏風」は、日本では長寿の象徴として親しまれている鶴と松を画題に、力強い画面構成で描いた華やかな作品です。後期では、江戸中期絵画に影響を与えたといわれる中国画家沈南蘋(しんなんぴん)の作品を展示しますが、やはり鶴や松、蘭、薔薇など、不老長寿を暗示する題材を画面に配した構成が特徴的です。また、後期では「祈り」に通じる作品として、桃山時代に描かれた「仏涅槃図」なども出品の予定です。 【前期】絵画に描かれた躍動する「いのち」 応門十哲…円山応挙の門人のうち、特に優れた10名の弟子。 その中から森徹山と長沢盧雪を、師である応挙の作品とともにご紹介いたします。 森徹山「百鶴図屏風」六曲一双、江戸時代、紙本著色【前期】 【後期】生命の輝き、そして不老不死への「いのり」 (左)沈南蘋「双鶴桂子蘭孫図」一幅、清時代、絹本著色【後期】 (右)「仏涅槃図」一幅、桃山時代、絹本著色【後期】 ■古美術 出品作品 【全期】円山応挙「淀川両岸図巻 下図」江戸時代/「ぶりぶり蒔絵徳利提」江戸時代 【前期】長沢盧雪「躍馬図」、「群雀図」江戸時代/「漁父童子図」清時代/森徹山「百鶴図屏風」江戸時代/伝 酒井抱一「寿老草花図」江戸時代 【後期】「仏涅槃図」桃山時代/沈南蘋「双鶴桂子蘭孫図」「老松白鶴図」清時代/司馬江漢「冨嶽図」江戸時代/林登科「藻魚図」清時代/谷文晁「山水図」江戸時代/横山大観「海辺曙色図」明治時代 ■現代美術 出品作家 アニッシュ カプーア/杉本博司/米田知子 など 【開催概要】 展覧会名 いのち・いのり-原六郎コレクション 会 期 【前期】2018年10月6日[土]-11月21日[水]【後期】11月23日[金・祝]-2019年1月14日[月・祝] 会 場 ハラミュージアム アーク 特別展示室 觀海庵 〒377-0027 群馬県渋川市金井2855-1 Tel.View More >
『カオス*ラウンジ2010 in 高橋コレクション日比谷』展示風景 2010年 4月16日、村上隆の主宰する「GEISAI大学」(於カイカイキキギャラリー)で、アーティストにして美術批評家、黒瀬陽平によるレクチャーが行われた。黒瀬氏はそこで、みずからキュレーションを手掛けた『カオス*ラウンジ(以下、CLと略)2010』展(髙橋コレクション日比谷ほか順次開催)の背景とコンセプトをひと通り説明し、会はその後、深夜にまでおよぶ「放課後」へとなだれ込んだ。その一部始終はユーストリーム(以下、USTと略)で実況され、2000人を超える仮想の観客が画面を前に固唾を飲んでこの「事件」を凝視した。その行方については、今後再編成されるというCLのレスポンスに期待するとして、この場では黒瀬レクチャーへの批評的レビューを残すに留める。 もともとCLは、同展の共同キュレーターでもある藤城嘘氏が、投稿動画サイト「pixiv(ピクシヴ)」からピックアップした描き手をオフ会的にキュレーションし、カラオケボックスでの集団制作やギャラリーでのグループ展へと組織したことに端を発する。ここに黒瀬氏が批評的に介入して実現したのが村上隆主宰『GEISAI#14』特設ステージでのライヴ・ペインティングで、その時に作られた「つかさ」のアッサンブラージュ(?)は、先の髙橋コレクション日比谷でも披露されている。同展は、ネットの内部(アーキテクチャ)とギャラリーという外部空間を、キャラクターを媒介に結節・相対化しようとする試みで、展示された単体ごとの作品の完成度に疑問を呈する向きもあるようだが、ツイッターやUSTと連動して日々、膨大に増殖する非視覚的な情報も含めて全容を捉えるべきで、いたずらに細部に固執せず大勢を見る必要がある。キャプションを使わず壁に付されたタグがリンクと繋がらず、分類のためのインデックスに留まる点なども指摘されているようだが、文化庁が「メディア芸術」と称して鼓舞する類い(インタラクションが装置として素朴に可視化しているような)などよりは、はるかに抜き指しがたく不可視のネットワークに繋がれていて刺激的だ。 「つかさをつくろう!(再現)」2010年 250x200x100cm もっとも、アーキテクチャによる自動生成の結果、古典的な作家概念が無効になっているネットの所産に、どうやって作家が再度、表現主義的に介入できるのかについては特に説明がされておらず、未呈示の部分は多い。ゆえに、GEISAI大学でのレクチャーで期待されたのもそのあたりだったわけだが、だからこそ「ゼロ年代に日本のアートは何も生み出さなかった」と言い放つ黒瀬氏が、そこでゼロ年代アートの代表とも言うべき奈良美智を持ち出したのは意外だった。氏によると、『A to Z』展(弘前、2006年)に見られるような多数のボランティアが動員される奈良氏の制作では、現実の人や街の関係を重んじる点でリレーショナル・アートのように見えて、実際には仮想空間(ファンサイト「HAPPY HOUR」)での「つながり」が先行しており、この「つながり」が「ぬいぐるみ」やgrafによる「小屋」を媒介に結晶化した結果が展覧会になるとして、奈良とCLとのあいだに一種の美術内リンクを貼ろうとする。 が、実際に日比谷での展示を見た印象からすれば、『A to Z』との違いは明白だ。それは規模や予算ということでは当然なくて、青森での奈良展で現実化したネットワークの束をまとめているのは、一種の友愛による連帯(奈良愛)にほかならない。ところが日比谷の展示では、たとえそこにキャラクターへの「萌え」があったとしても、「萌え」は「奈良愛」のような象徴的秩序(=父権)としては機能せず、むしろ個々に端を発した制御不可能かつ勝手な萌えが、みるみる無数の伏線へと分岐して行くような中心なきリゾームへの道である。 ところで、黒瀬氏は奈良展で背後のネットワークが可視化する器として「小屋」を挙げていたわけだが、隙間だらけで壊れやすい小屋が有効に機能するのは、既に述べた通り、そこに「奈良愛」という凝集力があるからにほかならない。対して、もしもCLに小屋など与えようものなら、むしろそれはキャラ萌えの無際限な増殖によって、またたくまに喰い破られる運命にある。この「喰い破り」を防ぐためにこそ、日比谷ではある種、保守的といってよい展示形式がとられたのだろうが、CLに本質があるとしたら、それはネットのアーキテクチャが備える仮想空間と、ギャラリーのような物理空間とのあいだの容量の落差を、即物的、かつ暴力的に顕在化することにあるのではないか。その圧縮の手際よさではなく、あくまで「無理」にこそ、両者を媒介させる想像力が介入する余地もあるのではないか。実際、黒瀬レクチャーのなかで紹介されたCLをめぐる過去の作例中でもっとも可能性を感じたのは、カラオケボックスを借用して無軌道に集団制作を続けた「模造紙オフ」であり、日比谷での本展示レセプションの後、むしろ二次会として近くの居酒屋で開かれ、時間も不確定なまま飲み食い同期で作られた「ごはんラウンジ」 のようなライヴ集団制作であった。ただし、それはかつてグラフィティで見られたような素朴なライヴ・ペインティングのようなものであってはならない。ツイッターやUSTをフルに連想させ、ネットと常時繋がり、それを背後のアーキテクチャとしながらも、現実にはあくまで物理的座標のなかで24時間、アトピックに持続し続けるのだ。 「模造紙オフ」2010年 「ごはんラウンジ」2010年 となると、おそらくモデルとしては奈良美智の『A to Z』ではなく、むしろ1963年に自壊した『読売アンデパンダン展』を参照すべきなのだろう(もしくはそれに先立って形式化された磯崎新によるジョイント・コア・システム〈孵化過程〉、1962年)。アンデパンダン展そのものは、フランスの市民憲章に由来した個人が自由に行動しうる権利を理念とするが、それがなぜ日本ではラディカルな自壊に至ったのか。かつての柄谷行人による議論を援用すれば、そこに欧米に由来する自由と平等は字義通り導入されたが、両者の矛盾(市民社会的自由競争と社会主義的平等は対立する。たとえば貧富の差)をカント的(=判断力批判)に止揚する「友愛」がなかったからである。奈良の『A to Z』にもボランティアたちによる自由と平等の矛盾は当然あったろうが、しかしそれは奈良愛という疑似友愛によって崩壊を担保され、そのことで美術へと縮減することができた。 では、CLはどうだろうか? あえて言えばCLで友愛に当たるのがキャラ萌えなのだろうが、しかしそれは(先に書いた通り)象徴ではなく寓意的で、修辞的には中心をもたない(脱臼の持続)ために到底、友愛としては機能しない。それは、CLがある種の集合愛に支えられているように見えながらも、実際にはそれが展示を凝集する力とはならず、むしろ共同制作の結果を屍体愛好的(つかさの屍体)に変貌させ、そればかりか全体をも崩壊へと至らせようとすることにも見て取れる。 藤城嘘とポストポッパーズ「カオスラウンジのみなさんからお便りが」2010年 200x200cm けれども、それはそれでよいのではないか。もしも黒瀬氏の言う通り、CLがニコニコ動画やpixivが孕んだ日本固有の「悪い」アーキテクチャに由来するのだとしたら、そこに近代的理念としての「自由」「平等」「友愛」があるように見えたとしても、突き詰めればそれは(たとえそのように見えたとしても)「自由」「平等」「友愛」ではないのだ。ならば、CLを起爆剤に、いまだ仮想空間に留まっているネット社会の「悪い場所」性を、ギャラリーという物理的空間に置き換えることで極限まで押し進め、その様相をこれ以上ないくらい顕在化させてみてはどうか。武器となるUST実況をフル稼動して、24時間終わることのないカオスに突入するのもよいだろう。問題なのは、それでもなお、そこに読売アンデパンダンのような友愛なき自壊(=「悪い場所」ゆえのカオス)を食い止めうる慰安の場所(=仮設の<区域/ゾーン>としてのラウンジ)を、悪しきアーキテクチャへの批評的<反響/エコー>として、いかに見出しうるかにかかっている。 『カオス*ラウンジ2010 in 高橋コレクション日比谷』展 2010年4月10日(土)〜18日(日) 高橋コレクション日比谷 http://chaosxlounge.com/info.html