adrianのブログ

チェックと日本の現代美術界についての感想

北川フラム

2010年4月2日


 いつも物議をかもしだしている北川フラム氏は、最近にも、新潟市美術館のカビ・クモ発生問題のニュースで取り上げられ、彼の管理能力への批判も加わり非常勤館長を更迭されました。私もまた、現代日本のアートと都市計画における現在進行中の議論と金策について講演した中で彼を取り上げました。この講演は、先週早稲田大学で行われました。数ヵ月後に開催される「瀬戸内国際芸術祭2010」では、ベネッセコーポレーションの大立者である福武總一郎氏が総合プロデューサーを務め、ここでも、北川氏は総合ディレクターを務めています。この機会に越後妻有大地の芸術祭の総合ディレクターである、北川フラム氏の反都市開発の理念と森美術館館長の南條史生氏との対決についてのインタヴューを日本語で再投稿したいと思います。このブログは、2009年7月24日に最初に公開されました。どうぞお楽しみください。


越後妻有:北川フラムの哲学

 東京のアート界の人達は、越後妻有の話になると、すぐに分裂化してしまう傾向がある。と言うか、越後妻有大地の芸術祭、総合ディレクターである、北川フラムの理想主義的なパブリックアートの哲学に対する支持が怒涛のごとくおしよせるのだ。これは、政治や企業に独占されている大都市のアート(最も顕著なのが森ビル株式会社の南條史生が館長を務める六本木ヒルズの森美術館である)に対する支持に勝っている。私は、北川と南條が、企業や政府のスポンサーを獲得し、日本における主要なパブリックアートに自身のビジョンを反映させる闘争を北と南の「南北戦争」に例えた話を聞いたことがある。何が面白いかというと、どちらの哲学が良いか悪いかではなく、日本のアート界の出来事が、ほぼこの二人によってコントロール、管理されている事実だろう。そして、それには多大なる政治と金が関わっているのだ。更に、これら全ての権力と影響力は、ナイーヴにも基本的に好意的に受け取められ、誰もが愛する「芸術」の名の下に争われているのだ。 
 私は、幸運にもこの名高い北川氏にインタビューする事が出来た。それは、2009年7月、東京の北にある新潟県の山岳地方で始まった、4度目の越後妻有大地の芸術祭の会期中だった。私は、代官山にあるヒルサイドテラスの運営本部に、夜更けのインタビューに訪ねた。若いアシスタント達が、忙しそうに走り回っており、コーヒーカップや灰皿が散乱していた。北川自身、電話応対やデスクワークの長い1日を終え、明らかに疲れ果てていた。私は現地の世話人に日本を案内してもらっている大抵のアメリカ人ジャーナリストがもらう、正式に翻訳されたPR記事以上のものは、得られないのではないだろうかと心配していた。しかし、話はすぐにはずみ、彼のアシスタントの前田礼は、北川の熱心な意見を率直に、あまり手を加えずに伝えてくれた。
 正式に発表されている北川の哲学は、もちろん非常に魅力的なものだ。20世紀は暗闇、ともすれば自己破壊的なアートと文化を導き、そして、無意識下にアート、都市化、商業利益を不健全に取りまとめた時代であった。都市化が進み、アートと文化は、経済成長の一部に吸収された。日本は、他のどこよりも近代化のドラマと大規模な都市化の影響をこうむった。人々が、田舎との結びつきを絶ち、大都市へと流れていくにつれて、自然、地域社会との繋がり、古代からの美的センスなどが失われていった。北川が言うには、アートとは、この現代化の目録や消費化の記念碑になるべきではなく、むしろ失われたものを評価し、感謝するために使われるべきである。
「現代という時代は、情報をいかにすばやく的確に得るかに重きをおいています。アートはそれに反して、ゆっくりであって欲しいのです。消費化の上に、アートが置かれるという考えに反し、私は、アートを違った方法でよみがえらせたいのです。私が考える、アート本来の目的とは、人々と自然、または文明が取り残して来たものとの距離を測る手助けをしてくれることだと思います。私は、アートが厳しい環境の下で造られることによって、これが可能になるのでは。と考えています。」
 だから、村や山岳地帯の「里山」にアートを持ってくるのだ。越後妻有は東京の23区より大きいにもかかわらず、日本の過疎化が進んだ土地で、現在75000人しか住人がいない。棚田、創意工夫をこらされた農地、管理された水源など、素晴らしい景観にかかわらず、その農業は寂れ、多くの町の施設や家が廃屋となっている。輸出産業が1度、自給自足の伝統農業をしのいだのだが、その産業も今ではなくなり、若者は土地を離れ、社会関係も薄れ、高齢化が進んでいる。越後妻有は、この衰退に歯止めをかけるべく扇動された。観光と投資に拍車をかけ、また、離散したコミュニティーにアーティスト達を呼び、アートと創造性をこのコミュニティーにもたらすために。その為、アート作品は「不便にも」村、野原、山々や森の中に散らばった。非商業前衛アーティスト達に焦点がおかれ、国際化にも留意し、全てにおいて環境保護、景観の見直し、そして一度失われた(おそらく)心の平穏につながる何か調和したものに重点がおかれた。
 北川は、都市、企業、地方と協力してアートや建築を宣伝し、融資してきた。彼の40年間のキャリアの中で、育ててきたこのビジョンの裏には、明確な目的があった。1つは、森実氏に支持されている哲学と取って代わることである。森氏にとってアートとは、彼の再開発された首都の建物の中央に位置する。その再開発には、人気地区やその退廃的な社会問題のトランスフォメーション(というか、「一掃」が近いだろう)が伴う。そして、抜群のロケーションで高尚な美術や文化を見せつけ、都市の人々を再教育することなのだ。北川にとって、これはアートが神に置き換わった事と同等なのだ。彼いわく、52階にある美術館は、「現代美術の神殿」となり、ここではアートは、常に都市生活、更には都市開発計画の商業的なアクセサリーなのである。この背後には、彼が芸大で仏教芸術を勉強していた時からの目標がある。
「私がアートの世界に進み、アートに従事しようと決意した時、日本のアートシステムとその階級制度を破壊しようと思いました。しかしそうするには、アメリカのアート市場を壊さなければなりません。なぜなら、日本のシステムは、単にアメリカに追従する別個体なだけなのですから。」
 このアメリカと日本のビジネスの取り合わせが、1980年代にひどいバブルを引き起こした。その時日本は、非現実的な「エアポケット」とも言うべき西と東の間に位置し、それは冷戦が終結した時に露出し、孤立したのだ。今では、過去の行き過ぎた開発の悪影響を伝える事は出来ないものの、グローバルトレンドをただ追う以上のことはできるようになった。田んぼ、廃屋、空家、に設置されたスローアートやコントラリーアートは、美術を復活させる事が出来るかもしれない。そしておそらく、都市開発の型にはまった自己を省みる事が出来ない社会をも復活させるだろう。北川が主張するには、それは、コミュニティーを再構築し、開発の傷跡を癒すために必要な豊かな市民社会が、日本には大いに欠けているからである。
 今年の越後妻有は、再生と修復を重要視したアートと場所が選ばれているようにみえる。今まで私が見たトリエンナーレのイメージは、国際アート界のどこにでもみられるような、おなじみの大きな(毒々しい)プラスチックのインスタレーションが、明らかに奨励されているようで、田園地方に多数点在しており食傷気味であった。商業市場もこの仲間入りをしており、東京の主要な画廊が多数ここで紹介されていたようだった。企業との協賛も見られた。今では、ベネッセコーポレーションの社長、福武總一郎氏からの協賛も受けている。彼は、主要な後援者であり、復興や開発と保護の調和の方法といった独自の哲学を持っている。直島がモデルだとすると、越後妻有も、私がこの非現実的なアートの島に対して持った複雑な感情を呼び起こさせるかもしれない。実際、この感情は日本のアート開発や、最も崇高な美術館の数々に対して持ったものと同じである。それは、このような非常に美しい美的感覚が、常にお金と政治力に混合され、それが上から下へと流れる中で感じられる、何かしら不浄なものだ。直島では、このプロジェクトが、瀬戸内海にある最も破壊され産業汚染された島を、どのようにより良く変化させていったかを見る事が出来る。また、宮島達男や杉本博司などによって、どのように衰退した村にアートや建築がもたらされ、活気付けられたかを目の当たりにできる。しかし、同時に美術館を訪れてみると、ブロフォルド(007の映画に出てくる悪者)率いるSMERSHの本部にいるかのような錯覚におちいる。
 越後妻有での質問は、どれくらいのビジョンが課され、どれだけ草の根なのか。私が思いつくほとんどの現代美術は、目の前に置かれた文化よりも、プロ野球、パチンコ、マクドナルドを好むかもしれないこの善良な新潟の人たちに何もいえないだろう。北川は、地元の役人たちに大反対されていた自分の計画が、徐々に人々の信頼を勝ち取った長い過程を話してくれた。ロジスティックスや資金調達は困難を極めた。9億円もの予算の半分以上は、入場料からの収支見込だった(ちょっとした算数をすると、150,000から200,000人もの来場者で、3500円の入場料が必要になる計算だ)。これはかなりの人数を大都市からこの小さな田舎町に呼び込まなければいけない。これが、全てこの小さな雑然としたオフィスで管理され、1人の男のビジョンだとはちょっと信じがたい。これは、間違いなく壮大で華々しく息を飲むようなビジョンである。私は、このドラマの中に小さく、静かな物、また微塵な動作のための場所や時間があるのだろうかと、ちょっと考えてしまった。でも、思うにパブリックアートは、日本では常にタフなビジネスなのだろう。
 大地の芸術祭は、国際的な繋がり、多数の参加アーティスト、またそのメッセージの普遍性を誇示した。だが、どれだけこのメッセージが伝わり、実際どの位海外からの訪問者がいたかは、私にはわからない。それほどはいなかったと思うのだが、これが、北川が彼の基本概念を考察する上で、主な懸念となっている。彼は、このメッセージをヨーロッパ、中国、またはアメリカ、などに伝えようとしたが、手ごたえがなかったのだ。このクリエイティブシティの構想は、本質的に都市中心となり、かなり都市化された将来のビジョンである。それは、横浜で試されたような都市内の再活性化や、森ビル株式会社の型にはめたような開発など、アートを大企業の発展に結び付けている。アメリカの町はいまだ、どちらかといえば、自然保全や、田舎や自然よりも都市優先の生活に関して言えば、かなり悲惨な状況にある。そして、それは新しい家を建てる土地や砂漠があり、貯蔵できるだけの石油がある限り変わらないように思える。または、過去20年以上に渡る、過剰な開発ブームから目を覚まし始めている中国こそ、このメッセージが必要だろう。これに関連し、驚くほどの都市と農村部の格差を受け、問題の緊急性は、今やその衰退の管理や、それに先駆ける社会格差に直面している。今日の日本は、実際、明日の皆の未来なのである。しかし日本が、1971年の大阪万博で世界に与え、今尚ネオ東京の澄み渡った夜に六本木ヒルズで観光客に与えているビジョンは、この厳しい見通しから何万キロもかけ離れている。この点では、北川は確かに正しいのだ。私たちは持続不可能な都市の密集地域にアートと金の記念碑を更に建てるのはやめ、代わりにこの空虚の中を静かに回り続けている脆弱な惑星に対して、何をしているのかを考えるべきなのだ。今こそ、誰かがこのメッセージを聞いた時なのである。

ADRIAN FAVELL
http://www.adrianfavell.com

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