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阿部岳史インタビュー vol.1

2011年11月25日
現在アートフロントギャラリーでは、阿部岳史の個展「幽玄」を開催しています。
今回作家へのインタビューを行いましたので、2回にわけてその様子を掲載致します。
前編では、キューブを用いた作風へ至った背景や、作品のコンセプトである「記憶」についてお話を伺いました。

「阿部岳史 - 幽玄」
会期:11月15日(火)~12月4日(日)
時間:11:00~19:00 (月曜休廊)
会場:アートフロントギャラリー

この展覧会は来週末で終了となります。
是非、会期中にお越しください。
展覧会に関する詳しい情報は、ギャラリーHPをご覧ください。



(聞き手/アートフロントギャラリー 近藤俊郎)

近藤(以下K):今回の展覧会でも見ることができますが、阿部さんの代表的な作風というのがありますよね。過去の葉っぱを使ったインスタレーションなんかを見ると立体への志向も見え隠れしていますが、元々どのようにして現在の作風に至ったのでしょうか?

阿部岳史(以下A):学生時代は彫刻を勉強していて、特に人体の木彫をやっていました。でも人体を木彫でやると、もちろん顔も作るし、リアルになるんです。作り込みやすくて。そういった存在感がありすぎる木彫っていうのが嫌いで、そういうやり方は自分にはなじまないな、と思っていました。もっと自分には表現したいものがあって、それはコンセプトの部分では「記憶」だったんです、その当時から。それで、記憶を自分の彫刻で表現しようと思った時、記憶の美しさはその曖昧性にあると感じました。何かを思い出すときに、ビデオカメラよりもカラー写真、カラー写真よりも白黒写真といったように、情報量がない方が、記憶を自分で再構築したり、想像したりする余地があると思っていて。その方が記憶は美しくなるのかなっていうのはいつも思っていました。

K:「記憶」をモチーフにするというのは、これまで自分で経験したことや見てきたことが作品になっていくのでしょうか。

A:そうですね。その思い出すっていう行為の方を作品にしたいんですよね。思い出す対象よりも。人が思い出すという行為をするときに浮かぶぼやけたイメージ、それをなんとか立体にできないか、と考えていたんです。ただそれを立体、ましてや木彫でやるっていうのはその当時方法論が思いつかなかったんです。

K:平面にキューブを貼りつける作品が出てくるのはいつ頃ですか?

A:10年くらい前ですね。大学を卒業してそういう風に試行錯誤してた時に、まずキューブでやるっていうのは思いつきました。ただ、キューブを貼りつけるのは、やっぱり人体とか有機的なものだとできないんですよ。それで、最初は自動販売機とか公衆電話ですね。そういった作品だと、面をとることができて、その面を追っていけば立体をぼかせる。立体でありながらぼやけた表現になる、っていうのをやっていました。
それをまだ人体に転用できなかったので、平面はそれまでやったことがなかったんですけど、人体に関しては平面でぼかすということやり、モノとしての記憶はそういう面がとれる立体で表現していた、という感じです。
ちょうどその公衆電話の作品の時も、街中から公衆電話が消え始めていた頃だったんです。携帯が普及して、みんな公衆電話の存在は知っていてなんとなく意識はしているのに、もう幽霊になってしまった存在のようなイメージで。ぼんやりとした無用の長物になってしまった「物の幽霊」として作ったんです。


「pay phone」 2005年、アクリルキューブ、370×300×260mm

K:こういった作品は、電話を立体で制作して、その支持体にキューブを貼りつけているんですか?

Aそうですね、面に貼りつけていく。

K:人が出てくる作品についても伺いたいのですが、元から人体をテーマにしていたということですが、これらの作品のモチーフは知り合いとか、もしくはどこかから取ってきたりしているのですか?

A:最初の頃の、等身大の人物が一人だけ画面に入っているような作品なんかは、CDショップで試聴している人たちを全部写真で撮ってきて、それをおこして作っています。試聴している人って、すごく自分の世界に没頭しているんですよね。街の中で自分の好きなものを聴きこんでるっていう浮いている状態がすごく面白いな、と思ってやっていました。
それから段々もっと見る人と共有できる絵にしていこうって考えるようになっていった時に作ったのがアクリルの透明の板に貼りつけていた作品です。これは、もう会わなくなってしまった昔の知り合いや、一時期一緒に働いていた人など、自分の人生からはもう退場してしまった人たちに会いに行って、写真を撮らせてもらい、再構築した作品です。自分の人生から退場してしまった、だけどその人たちもどこかで生きているということを思ったときに、生きた幽霊のようだなと感じたんです。ただ、それはあくまでも自分にとっての幽霊で、見る人が「あ、私にはこの人に見える」というように誰かにあてはめられるような意識で作りました。そして、みんなの中にそういう風に幽霊になってしまった人たちがいるんじゃないか、というのがコンセプトになりました。


「Day Dream #42」 2011年、木製キューブ、1000×803×27mm

K:確かにドットがすごく粗くて誰だかはっきりしないという匿名性がありますよね。それで、はっきりしない分、作品を見た後に思い出そうとしても、なかなか思い出せないんですよね。例えば僕達の頭の中にはモナリザのイメージって固定されていますが、阿部さんの作品はなかなか思い出しにくいっていうのがあって、記憶が作品に深く関わっていることがわかりました。
今回の展覧会では風景の作品も見られますが、これも自分で撮影しているんですか?

A:そうですね。風景も写真は全て自分で撮っています。自分の記憶を前提にして、それを掘り起こして作品を制作しています。

K:もともと写真はメディアとして好きなものだったのですか?

A:はい、大学の時から写真は独学でやっていました。

K:阿部さんの作品を作る上で、色とか陰影といった部分で写真はすごく重要な部分を担っているんじゃないかと思いますが、やはり写真を撮る上でも対象を選ぶ方針は決まっているのですか?

A:やっぱり記憶に残る風景っていうのは写真に撮った風景じゃないんですよね。「これを撮りたいな」って思った瞬間の写真や、意図的に何かを撮りにいった写真はむしろ使わない、というか使えないです。自分が意識していないときに、むりやり意識して写真を撮るというか…そういうことをいつも心がけています。

K:阿部さんの風景の作品を初めて見た時、何が描かれているかわからなかったんですけど、たまたまコンタクトを入れ忘れた時に見たら、はっきり何が描かれているかわかったということがあって、すごく不思議な体験でした。その場で作品を見ていても、前にどこかで見たような気がする、自分が体験したことがあるような気がする、という風に見る人が想像力が発揮できる余地があっていいなと思って見ていたんです。

A:作ってる時は何回も画像を見て、何回も分解して作るので、自分で何が描かれているかもちろんはっきりわかっています。だから作り終えるとそれがなんだったのか見ている人にはわからないっていうことが、自分ではそんなに意識できないんですね。作品を見た人が、「これはこれを描いているんでしょ?」って決めつけてくることあるんですけど、そうなるとしめたものだな、と。作品として成功したな、と思います。見ている人達に再構築してもらうことを求めているので。

K:そういう中で、あまりにもわかりやすいものはやっぱり避けているんですよね。

A:そうですね。特に人の顔とか。

K:今回の展覧会でメインとなっている作品の一つに東京タワーの作品がありますね。東京タワーっていうのは誰もが頭の中に思い出せるものですよね。ディティールまでは思い出せなくても、これが東京タワーだっていうのは見えてくる。そういう意味で、これは今までの作品とは少し異なるのかなと思いますが、この作品にはどういった背景があるのでしょうか?

A:風景の作品は前にもやっていたんですが、基本的には必ず人が入っている風景を作っていました。人がいない風景っていうのは2,3点くらいしか作っていなかったんです。人がいない風景って、人がいる時よりも自由度が広がるんですよね。
それで、この東京タワーの赤い部分は、これまでの風景の作品でいう人のモチーフに相当させるような意識で作ったところがあります。この風景って、多分東京の人、日本の人だったら有る程度みんな見た事ある風景だと思うんですね。東京に住んでいても、車を運転していたり、電車に乗っていたりして、街の中に東京タワーが見えたら目を留めるし、はっとするものだと思うんです。これってそれぞれの人のその時の風景っていうのを共有できるアイコンになるな、と思って今回東京タワーを選びました。


「Day Dream #41」 2011年、木製キューブ、2300×650×50mm

K:東京タワーもやっぱりぼやけているし、僕らが記憶の中の東京タワーを回想しても、細かい形とかは思い出せない。それはこの作品と同じですよね。東京タワーであるっていうのはすごくわかるんですけど、それ以外の周りのビルなんて全然記憶にないですからね。そういう意味で、こういう風景も知っているようで全然覚えてなかったりするものなんだな、と改めて思いました。

A:色合いも今回手を加えてあります。普通に写真を撮ったらこの色合いにはならないんですけど、思い出として見る写真に近いような、色あせた写真のような色に加工しておこしました。

K:記憶の中でも意外と色ってはっきりしてないですよね。モノトーンの記憶っていうわけでもないんですけど、色っていうのはあんまりない。ただ東京タワーは赤いとか、そういう記憶はあって。夢でもそうですけど、焦点になるものだけは色が残っていたりしますよね。そういう感覚に近いのかもしれないですね。

A:そうですね

K:今後スカイツリーができたりして、また何十年か経つと、これがまたよりレトロな記憶になっていくんでしょうね。東京タワーにとってかわってスカイツリーができていく、そういう時期にまさにふさわしい作品だったのかもしれないなぁとこの作品を見ながら思いました。

A:そうですね、みんな今まで以上に東京タワーを意識して見ているところはあるかもしれません。

K:そういう時にふさわしい時代性を有る程度もっている作品なのかもしれないですね。


>>次回へ続く