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阿部岳史インタビュー vol.2

2011年12月2日
現在アートフロントギャラリーで開催中の「阿部岳史-幽玄」展についての記事が、11月29日の毎日新聞夕刊に掲載されました。
記事の内容を毎日新聞Web版の毎日.jpにてご覧いただけますので、是非お読みください。

「阿部岳史-幽玄」展は今週末の12月4日までの開催です。
ぜひ、この週末にお出かけください。
展覧会に関する詳しい情報はギャラリーHPをご覧ください。



前回に引き続き、阿部岳史へのインタビュー後編を掲載致します。
今回の展示では、キューブを使った平面作品の他、インスタレーションや、実現していない作品のプランも展示しています。
インタビュー後編ではそういった立体への志向や、今後の展開について伺いました。
(聞き手:アートフロントギャラリー 近藤俊郎)

近藤(以下K):今回作品と同時に、今まで考えられてきた他の作品の構想とか、実現していないプランとかを出して頂いています。立体についてもお話を伺いたいのですが、白いボックスが浮かんでいる作品なんかは私も山形で拝見しましたが、今後こういった立体を志向していく、あるいは作品をこう変えていきたいとか実現させたいアイデアなんかについて教えて頂けますか。


阿部岳史:「memories」2011年

阿部(以下A):その山形の立体作品の時は、それまで具体的な写真から記憶の対象を起こしていくという作業をしていたんですが、記憶の構造自体を作品にしたいと考えました。記憶の対象の具体的なイメージではなく、自分の頭の中の記憶そのものをなんとか作品化したいと思っていました。何かを思い出す時は色んな引き出しの中から、何かを取り出していくという形が一番わかりやすいかなと思うんですが、僕の中でも、思い出そうとしても思い出せない状態って、浮かんでいる雲の中に入り込んで手探りで探しにいく、そして何かがそこでゆらゆら揺れているような感じがしていて。この作品でもそういうものを目指したんです。
平面だとそういったものってやはりやりづらいし、説明的になりがちなんですが、インスタレーションや立体は概念的なものをできる世界だと思うのでこれからやっていきたいですね。枯葉の作品もそうなんですけど、「記憶」とか言い表す言葉はあるけど実態がない物の概念を表現するような作品にしたいです。


阿部岳史:プラン図

K:初めに人体、あるいは動きといったお話をされてましたが、人が歩くとLEDがそれについていくというプランなど色んな人達と関わり合わないと実現しないと思われる作品もあったりしますよね。アート以外の領域の人たちと組むということについてはどのようにお考えですか?

A:学生の頃からグループ展をやったりしていて、同じ彫刻だったり美大出身の人達より断然面白いなと思ったのが建築系の人達でした。建築の人達は実現可能であるということをまず前提にして話したり考えたりしますよね。そしてその中から本当に面白いものを実現しようとする。そしてその時に例えば彫刻の素材と比べても、多くのあらゆる素材を知ってるわけです。アカデミックな彫刻、美術としての彫刻でほとんど使われないような素材をたくさん知っていて、それを惜しげもなく使って何かを作ろうとする。そういう力を持っている人達なんですよね。そうしなくてはいけない世界だから。出会った時、それって僕にとってすごく新鮮だったんです。だから何か意見をしてくれる、面白いアイデアを持っていて、話をして膨らむのもやっぱり建築系の人達だったんです。僕も模型を作る仕事を別にしていたこともあって、そういった建築側の方法論の方が立体をやる時にすごく効率が良くて、何かを表現する時に色んな引き出しをもっているんじゃないか、ということをすごく思っていて。だからそういう人達と一緒に仕事をするのはすごく気がつかされることが多いし、刺激を受けますね。

K:建築の人達は空間的にそれを実現させなきゃいけない、具体的な形にしなきゃいけない。阿部さんの方ももちろん作品としては具体化はしていくんですが、常に記憶の中に曖昧な部分を残さなくてはいけないですよね。シャープな感じに実現しなくてはいけない建築側の要望と、おぼろげなところでとどまりたいという作家の要望がぶつかることはあったりしませんか?

A:そうですね。本当にジレンマなんですけど。きっちりと幽霊を見せたい、ぼかしたい、というのが究極のテーマです。だからこういう人が歩く後ろをLEDがついていくようなプランなんかも、美術の方法論で考えるとこれ自体は幽霊としては見せられないですけど、建築的な方法論できっちり表現することを考えると幽霊として存在させることができる。きっちりと本物になるんですよね。だから、自分の中でそのジレンマっていうのは、パブリックアートとかでは解決できるのではないかと考えています。

K:ただ建築やパブリックアートは公共性などの問題もあり、クリアにしていかなくてはいけないですよね。意匠上の問題としてデザインに近いものになっていくとか。そういったことはないですか?

A:ありますね、かなり。特にキューブを使うっていうことはすごく汎用性があって、「こういうものをキューブで作って」と言われたらそのままできてしまう。キューブで絵をおこすことももちろんできますし。だからこれはかなり自分にとっては危険なことだと思います。それを安易にやっていくと自分のコンセプトとは違うものは生まれるので。僕は今のところ「記憶」をベースにやっていきたいので、デザイン的な部分で要求されることとそのコンセプトが合わなくて棄権したものもあります。

K:今キューブの作品が形になっていますが、一方で立体についてはキューブじゃないものでも何かできるんじゃないか、と以前お話されていましたよね。何か別の角度で新しいアイデアを考えられたりしていますか?

A:キューブに至ったのは本当に初期の段階で、「粒状の物で、貼りつけられる形」というところでキューブを選んだので、コンセプトさえしっかししていれば、キューブである必要はないと考えています。


阿部岳史:「ghost in Finland」2008年、枯葉のインスタレーション

A:例えばフィンランドで制作した枯葉のインスタレーションなんかがそうです。フィンランドに行った時に現地でキューブを作る環境がなかったので、多めに日本からキューブを持って行ってたんですけど、使い果たしてしまったんですね。だけどさらに展示するスペースがあったのでもう少し考えてくれって言われて。困ったなと思ったんですが、何か他の素材でインスタレーションをしようと考えた時に、ちょうど秋だったので枯葉が大量に落ちていることに気がついたんです。で、タダで拾えるしこれはいいと思って。枯葉が風に舞ってその中で子どもが遊んでいるっていう光景がそこら中で見られる地域だったんですけど、そういう風の中に舞う幽霊のような存在を枯葉でできたらいいんじゃないか、と。怪我の功名なんですが、そういう形で枯葉の使用に至りました。
だからキューブである必要はないんです。立体をやりだした時、キューブだと面を追っていかなくてはいけなくて、電話機とか自動販売機まではできたんですけど、キューブで人体の立体を作るっていうのはやっていないんですね。そういう有機的なものはカーブができたり、キューブがうまく並ばないので、あまり綺麗じゃなくなってしまうからというのが理由なのですが。その代わりに、今回展示したアクリルの作品のように、十字に切ったアクリルを二枚重ねて3Dの十字にして、それを透明と黒で作るっていうのもありなんじゃないかな、と思ってやってみました。だから、立体ではキューブから段々離れていって、平面ではキューブを使用する、という二本柱が自分の中にはあります。立体に関しては自由度を自分にあげて、キューブにこだわらずにやっていく。
その中で自分が今一番考えているのがLED、光ですね。何かを浮いているように見せたい時、今回のインスタレーションなんかは透明なものを積み上げた中に黒いパーツを用いて浮いているように見せていますが、他の素材でやる時はどうしてもテグスとかで吊って浮かせてやらなくちゃいけない。山形美術館の時もそうでした。そのジレンマから解放されるのが光かな、と思っています。光だったら、暗闇の中では簡単に浮くような見せ方ができるし、すごく可能性があるんじゃないかなぁと思うんです。

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12月6日(火)からは、「滑川由夏-A Place of Innocence」展を開催致します。
人物作品像から半透明の樹脂作品、そして最近のキューブ状の立体作品まで、作家が2008年からのロンドン滞在を経て日本に帰国してからまとまった形で展示される最初の展覧会となります。
12月20日(火)~25日(日)の6日間限定のでインスタレーションの展示も行います。
是非御来場下さい。
展覧会に関する詳しい情報はギャラリーHPをご覧ください。


滑川由夏「I had whole life ahead of me」/2010年/ポリエチレン/250x170x450mm

「滑川由夏 - A Place of Innocence」
会期:12月6日(火)~25日(日)
時間:11:00~19:00 月曜休廊
会場:アートフロントギャラリー
レセプション:12月20日(火)18:30~20:00