奈良美智

ここではアジア環太平洋という大きな地域を意識できた

APT6にYNG (Yoshitomo Nara and graf)として参加している奈良美智。ギャラリー・オブ・モダンアートの開放感のある空間に入るとすぐ目に入る場所にあるのが、彼らの作品だ。使い込んだ小ぶりなワンボックスカーを基礎にしたこの作品は、2003年から続く小屋シリーズの最新作でもある。

聞き手・文:原久子


YNG「Y.N.G.M.S. (Y.N.G.’s Mobile Studio)」2009年 APT6でのインスタレーション風景
クイーンズランド・アートギャラリー/ギャラリー・オブ・モダンアート,ブリスベン(2009.12.5 – 2010.4.5)
撮影:Natasha Harth
Courtesy: Queensland Art Gallery, Gallery of Modern Art  Collection: Queensland Art Gallery

——最初に、今回のAPT出展作品「Y.N.G.M.S. (Y.N.G.’s Mobile Studio)」が誕生するまでのお話を伺えますか。

まず、ブリスベンに下見に行ってから作品のイメージのスケッチを描いたんだけど、最初のイメージにかなり忠実に制作は進んだ。「遠い日本から旅をしてきたモバイルスタジオがオーストラリアの大地を旅する」というようなストーリーが自然と出てきた。
クルマを使うことが新たな展開ということではなく、毎回新しいことに取り組んでいるので、そういう意味では同じレベルでやっている。今回は、天井まで3フロア分吹き抜けの空間をキュレーターから提示されて、上に高いものを作ろうとすぐ思いついた。上の階には、作品を見下ろせる場所がいくつかあることも意識して考えたものなんだよね。以前から一緒にやっている豊嶋(秀樹)君たちと、今回も共同制作している。オーストラリアに対する先入観的なイメージは、カンガルーやコアラ、それと並んで映画『マッドマックス』の世界。改造車が暴走する近未来社会のイメージというのもなんとなくあって、クルマが出てきた感じかな。

いつでも絵が描けるモバイルスタジオ

それから、個人的に最近70年代の音楽をよく聴いていて、ロニー・レーンもそのひとりなんだけど、スモール・フェイセスでベースを弾いていた彼が、ソロになったとき私財を投じてモバイルスタジオを作ったんだ。エリック・クラプトンが使ったりもしていたとかで、録音機材も充実していて、何でもできてしまうすごいスタジオだったらしいんだけど。今回の作品はそのモバイルスタジオのイメージもダブっていると思う。僕もいろんなところの展覧会やレジデンスで移動することが多いけど、後で考えてみればそういう移動型のスタジオを自分も持てれば、いつでも絵が描ける。だから、そういうものへの思いがカタチになったんだと思う。直観的にクルマと思っただけではなくて、実はそういう理由もあったんだ。
運転席のあたりの内装にもパッチワークを使い、70年代を意識した作りになっていて、内装がああいったクルマがあれば自分でも欲しいと思う。


YNG「Y.N.G.M.S. (Y.N.G.’s Mobile Studio)」2009年 APT6でのインスタレーション風景
撮影:Natasha Harth
Courtesy: Queensland Art Gallery, Gallery of Modern Art  Collection: Queensland Art Gallery

——子供たちを対象にした企画『Kids’ APT』でも、YNGは子供が自由にドローイングを描ける部屋を作り上げていますね。

Kids’ APTを担当するキュレーターからの提案を受けてやったんだけど、個人的にはあまり子供に向けたプログラムの必然性を感じない。人生の苦悩や恋愛の経験もない子供は、喜怒哀楽はあってもまだ深くは考えられないじゃない。キュレーターに任せて、僕は手伝っただけなんだ。僕の好きなパンク音楽を部屋のなかで流してほしいということで選曲を頼まれた。でも、アグレッシブな曲には下品な言葉が出てくる。それでもいいですか? と聞くと最初は「もちろん!」って言ってたけど、CD焼いて渡したらやっぱり困るという話になって。体裁を整える中で、アーティストのオリジナリティが消される場合もある。

クイーンズランド州の人々は全般に経済的にも豊かで、特に美術館にやってくる子供たちというのは、かなりそうしたプログラムにも慣れている。ワークショップをやることなどの要望はあったけど断った。だったら、タイの子供たちと紙粘土で思い思いに一緒にイヌのオブジェでも作っているほうがよっぽどいいと思うんだ。
その代わりと言うのもヘンだけど、スタッフTシャツやKids’ APTのイメージキャラクターとして、僕の描いたウォンバットの絵を使ってもらった(笑)。


左+右上:YNG「The cubby house」2009年 『Kids APT』プログラムでのインスタレーション風景
撮影:Natasha Harth Courtesy: Queensland Art Gallery, Gallery of Modern Art
右下:『Kids APT』プログラムのマスコットとなったウォンバット

探しに行く旅、取り戻すための旅

——「Y.N.G.M.S.」から強く連想される「旅」について、いま奈良さんが思うのはどんなことでしょう。

いまいる場所から移動する「旅」って、その向こうに何があるんだろうという不安と期待が入り混じったものだと思う。進むことで失うものがあるかもしれない、だけど実際には発見も多いのが旅だと思う。20代のころの旅は期待ばかりだった。そのころ落としていったものを、いま拾っている感じがする。

自分が自分であったときの風景をもっと見たい、と思うのが最近の旅。今年の正月は年末年始の10日間くらい弘前(青森県)の実家に帰っていたんだ。正月を実家で、それもこんなに長く母と2人で過ごすなんて久しぶりのことだったけど、仕事や権威などとは離れたところで、失ってしまった大切なものを拾う作業ができたように思う。

ベルリン、パリ、ニューヨークそして東京といった都市はある意味虚構で、アートそのものが大事なのに、それ以外のものを追いかけてしまうことがある。そうした場所とは対極の場所に忘れてきた、大事なものを取り戻すことが最近とても大切に思えるんだ。

——APTに初参加してみての感想などありますか。アジア=パシフィック地域の作家が集うのが大きな特徴ですね。


左:YNG「Y.N.G.M.S. (Y.N.G.’s Mobile Studio)」2009年 撮影:Natasha Harth
Courtesy Queensland Art Gallery, Gallery of Modern Art  Collection: Queensland Art Gallery
右:奈良(上)と豊嶋秀樹(下) Courtesy the artists

シドニー現代美術館での展覧会に以前参加したときは、そんなに感じなかったけど、オーストラリアは西洋人が移民してきて作った国なのに、欧米とは異なるメンタリティがあることに気づいた。前回は意識もしていなかったけど、オーストラリアには「アジア環太平洋」という括りがしっくりくる。アジア環太平洋に位置していて、そちらの国々のほうが心の距離も欧米より近いんだよね。アボリジニの人たちとか、アジア系の人も多いし、チーフキュレーターのスハニャさんも、スリランカからの移民の人だった。いろんなメンタリティが西洋のコンテクストの上にのっかっている。

APTはほかの国際展のようにヨーロッパやアメリカでの文脈に則っているものとはぜんぜん違っていて、大きな地域密着型のアートフェスティバルだと感じた。「地域」は普通、小さなものを指すけれども、ここではアジア環太平洋という大きな地域を意識できた。

僕はアジアでも、北京や上海の新興の美術館からの展覧会のオファーなどは後回しにしていて、そこには利益を考えた笑顔が見えてしまうから。そこで権威づけされていくようなかたちで評価されたくない。どんなに小さな企画でも、ほかのアジアの国での展覧会に参加するほうに興味がある。
アジアには人間同士の密な付き合いが、まさしく自分が子供のころの日本の人間関係が残っている気がして。生活の中でちゃんと繋がれる関係が残っているのかもしれないね。

なら・よしとも
1959年、弘前市生まれ。愛知県立芸術大学大学院修了後に渡独し、デュッセルドルフ芸術アカデミー修了。98年にはカリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)に非常勤客員教授として着任。2000年以降は日本を拠点に創作を行う。最もよく知られるドローイングや絵画を始め、彫刻、インスターレションなど幅広い手法でその作品世界を展開する。APT6での参加名義「YNG」は、デザインユニットのgraf出身の豊嶋秀樹らとのコラボレーション。小屋型の建築物と奈良の作品群からなる自由なインスタレーションの連作で知られる。2010年は、5月に東京の小山登美夫ギャラリーで、9月にニューヨークのアジア・ソサエティでそれぞれ個展を予定している。国立国際美術館でのグループ展『絵画の庭―ゼロ年代日本の地平から』にも出展(4月4日まで開催)。

←特集「第6回アジア=パシフィック・トライエニアル」目次へ
←インタビュー目次へ

Copyrighted Image