森村泰昌(後編)

なにかを確かめながら、20世紀を歩み直す旅をしたかった

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「鎮魂と自問」あるいは「過去と未来」

——展覧会を締めくくる映像作品「海の幸・戦場の頂上の旗」は「硫黄島の星条旗」をモチーフにしており、森村さんの声による問いかけで幕となりますね。展示全体がレクイエム=鎮魂曲であり、20世紀とは何だったかの問いかけでもある印象を受けました。

レクイエムとは、去りゆくものを記憶として受け継ぐ、つながりを求める気持ち。一方で問いかけとは未来を向いたものだと思います。過去形のレクイエムから、つながりを見い出す現在形になり、さらにそこからいま一度自分に問いかけて次の一歩を踏み出す。そんなふうに過去・現在・未来がつながると、風通しがよいのではと思っています。


「海の幸・戦場の頂上の旗」より 2010年 HDTV(カラー)、ステレオ
第2次世界大戦中の1945年、日本軍によって要塞化されていた硫黄島にて、同島の摺鉢山(すりばちやま)に
米兵が星条旗を掲げた。森村のこの作品では丘の上に白い旗(直前に真紅に染まったが洗い流される)が運ばれ
「宇宙の風と戦いの影がせめぎあう/地球の頂上に立ち/あなたなら/どんな形の/どんな色の/どんな模様の
旗を掲げますか」との声が流れる。

——写真に写真で挑んだ、とも言えそうですが、そこにどんな意欲がありましたか。

基本的には、自分のしていることは批評芸術かなと思うんです。確かに、『美術史の娘』シリーズは絵画についての絵画、今回は写真についての写真だと言えますね。かつて撮られた、すでにある作品というのは、ある意味「死んで」いる。それでよいとも言えますが、当時それが生々しい報道写真として世に出たとき、現実世界と密接に関わって活き活きと何かを語ったと思うのです。やがて何年も経つと、名作として美術館に収蔵され、悪く言えばお墓にしっかりと奉られる。

我々はそれを見て感心したりするわけですが、これを現在のものとして蘇らせることができたら、というのが僕の気持ちです。乾燥保存された高野豆腐を調理し直し、もう一回、いま食べる料理として出したい(笑)。その手法のひとつとして、かつての登場人物になり代わる方法を試みたのです。高野豆腐にかけるお湯かお出汁かわかりませんが、ともかく僕自身がそれになり、同時にシェフとして自分なりの味付けもしながら……という感覚です。

頂(いただき)と麓の往復から


「海の幸・戦場の頂上の旗」より 2010年 HDTV(カラー)、ステレオ

——「海の幸〜」でもうひとつ印象的なのは、お馴染みのマリリン・モンローを除けば、登場するのが名もなき人々ばかりということです。

はじめは「これぞ20世紀」という頂(いただき)をつないでいけば大まかな旅ができると思っていました。けれど徐々に、そことは違うアノニマスな場所に流れる膨大な時間や営みも、大事なテーマだと考えるようになったのです。いずれをも旅した後に、自分なりの頂へ向かうという意味でも。演説するレーニンに扮した作品(「夜のウラジミール 1920.5.5-2007.3.2」)あたりからそういう事を考えていたと思います。あれは釜ヶ崎(編注:多くの日雇労働者が就労する地域)で現地の方々に百数十人も集まってもらい撮影しました。最終的にシリーズ全体が単なる偉人列伝とも違うものになったことは、自分にとっても良かったですね。


「なにものかへのレクイエム(夜のウラジーミル 1920.5.5-2007.3.2)」2007年 発色現像方式印画
1920年、ウラジミール・レーニンはモスクワの赤の広場で群衆を前に演説を行った。森村はこの情景をモチーフ
に、大阪の釜ヶ崎で撮影を敢行。同時に映像作品「なにものかへのレクイエム(人間は悲しいくらいにむなしい
1920.5.5-2007.3.2)」も制作された。

——シリーズがひとまずの完結をみたいま、振り返って思う事は何でしょう。

当然と言うべきか、明確な答はありません。僕の同世代や先輩がたはあの時代を共有できるし、思い入れもあるでしょう。80〜90年代に生まれた21世紀の子供たちがこの展覧会をどう感じてくれるかも、興味深いところです。問いかけとしてはむしろ、そういう世代に向けているところはあります。「20世紀すごいやろ? 21世紀あかんやろ!」みたいな説教ではなく、ね(笑)。社会の状況やメディアのありかたも変わっているし、20世紀は写真の時代だとして、21世紀はまた違うはず。ただ、ちょっと自負を込めて言うなら、世代の違う人々からも何かしら言葉を引き出せる表現にはなったかなと思っています。

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もりむら・やすまさ
1951年、大阪生まれ。自らの身体を用いたセルフポートレートの手法を使い、さまざまな存在に「なりきる」表現で知られる。歴史的名画をモチーフにした『美術史の娘』シリーズ、性差を越えて往年のスターたちを演じる『女優』シリーズなど、各作品に漂うユーモア・違和感・切実さが、観る側の価値観に揺さぶりをかける。自伝的エッセイ『芸術家Mのできるまで』ほか、著書も多数。
http://www.morimura-ya.com/

最新個展『なにものかへのレクイエム—戦場の頂上の芸術』開催日程

2010年3月11日(木)〜5月9日(日) 東京都写真美術館
http://www.syabi.com/

2010年6月26日(土)〜9月5日(日) 豊田市美術館
http://www.museum.toyota.aichi.jp/

2011年10月23日(土)〜2011年1月10日(月・祝) 広島市現代美術館
http://www.hcmca.cf.city.hiroshima.jp/

2011年1月18日(火)〜4月10日(日)兵庫県立美術館

http://www.artm.pref.hyogo.jp/

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