オラファー・エリアソン

調和の感覚とは、むしろ不確かさの感覚なのだと思っています

ロンドンのテート・モダンにオレンジ色の太陽を出現させ、ニューヨークの川辺では巨大な人口滝を発生させる——。光と影、霧、風などを繊細に操り、場所や観衆をもうひとりの主役としてとらえる作家が、金沢21世紀美術館で大型個展『”Your chance encounter”/オラファー・エリアソン — あなたが出会うとき』を作り上げた。「開かれた美術館」を舞台に、様々な要素が「出会う」場となるこのプロジェクト。そこに込めた作家の想いを聞いた。

(同展の会場映像および詳細はこちら >> http://www.kanazawa21.jp/exhibit/olafur/

聞き手・文:編集部


『Colour shadow theatre / 色のある影絵芝居』2009年
スクリーンの向こう側に人が立つことで、光と影が万華鏡のように変化する。
撮影:木奥恵三 Courtesy of the artist and Gallery Koyanagi, Tokyo  © 2009 Olafur Eliasson

——今回の個展は「開かれた美術館」という金沢21世紀美術館のコンセプトに呼応する形で構想されたと伺いました。同館を設計した建築家ユニットの妹島和世+西沢立衛/SANAAにも、アーティストのあなたにも共通して感じることがあります。それは、人と人、人と環境との「関係性」を作り上げる姿勢です。その際にあなたは光や霧など、移ろいやすいものをよく作品に用いているようですが、この点についてご自身のお考えを聞かせてもらえますか。

まず私の場合は、まったく何もない空間からアートを生み出すことはない、ということを述べておきます。つまり私の作品づくりは、人々がアートなるものについてすでに知っていること、これについての考慮なしには実現できない、ということです。そこで私は、美術史というものに依りながらも、アートにおける従来の「物体性」をかたちのないものにしようと努力をしてきました。従来のいわゆるアート作品と、展示空間——すなわちそれらが鑑賞される建築、という両者の境界を曖昧にすることを重視してきたのです。加えて、観客が果たす役割についても、その重要度を高めようと試みています。


左:『Wannabe / ワナビ』1991年:会場の一角、スポットライトが当たる空間。観衆がここに佇む姿が度々見られた。
右:『Slow-motion shadow in colour / ゆっくり動く色のある影』2009年:灯りの前に立つと様々な色の影が浮かぶ。
撮影:木奥恵三 Courtesy of the artist and Gallery Koyanagi, Tokyo  © 2009 Olafur Eliasson

こうした事柄が、光を始めとする様々な素材へと私を導きました。実を言うと、私は光自体にことさら関心があるのではなく、自分のやろうとすることに対して使いやすそうなので選んだまでです。つまり、自らの制作において関心があるのは、材料ではないのです。まずは自分がそれを「なぜ」やるのかであり、「どのように」はその次ですね。光や霧は、どちらかと言えば「なぜ」よりも「どのように」にあたる存在です。

「不確かさ」が生み出す豊かな関係性

——この個展に合わせて行われたトークセッション(注)では、ある日本人の聴衆から、あなたの作品から茶道の精神を連想したという意見もありましたね。こうした反応は、観衆もアート作品への貢献者であり、アーティストであると言ってもいい、というあなたの思想にもつながる部分があると思います。関係性という点では、世界中で展示を行うあなた自身にとって、こうした観衆からの反応も制作に影響するのでしょうか。


『Your watercolour horizon / 水の彩るあなたの水平線』2009年
円形のプールに照射された光はそれを囲む壁にも反射し、観衆の入場によって微細に揺れ動く。
撮影:木奥恵三 Courtesy of the artist and Gallery Koyanagi, Tokyo  © 2009 Olafur Eliasson

すべては影響し合っていると考えています。この個展を通して私自身も変化し、それによって今後の作品も、以前とは異なる展開を見せるでしょうしね。茶道に由来する「一期一会」は美しい考え方です。日本を去って自宅に戻った後にも、きっと私はこのことについて考えるでしょう。ただ、私の作品に関して言えば、「このとき限り」という感じで体験するより、少し気楽に考えてもらうのがいちばんかもしれません。

作品たちが皆さんの日常生活に近しいものであってほしいとも思います。私の作品はとても受け入れやすく、これといってスペクタクルな面はありません。一見スペクタクルに感じられるかもしれませんが、もう一度眺めてみれば、より身近なものとして体験できるでしょう。私は、そのとき限りの出会いより、個々の関係性そのものに関して作品をつくりたいのです。

——なるほど。同じトークセッションで、「不確定性」という言葉もお話に出ましたね。あなたの作品はとても細密で、ある種完璧な調和を見せているように見えることもあります。「関係性」を考えるときに、この調和と不確実性の接点について、どのようにお考えですか。

ものごとのあり方として、完璧なハーモニーが存在するとは信じていません。何かの話し合いがうまくいったと感じたとき、私たちはその感触のことを調和だと感じることはあるでしょうけれど。そして、ある形や型についての調和のルールづくりや、その善し悪しを語る際には注意深くあるべきだと思います。例えば、ある形に対するあなたにとっての関係性と、私にとってのそれも、現時点ではきっとほとんど関係がありませんよね。これは当然で、そう簡単に普遍的なルールにしばられるべきでない、という意味で良いことだと思います。

だからこそ調和の感覚とは、むしろ不確かさの感覚なのだと思っています。よいアートに接するとき、人は生産的な「不確かさ」を体感できるのだと思いますよ。この世界が不確かさや疑いを駆逐しようと躍起になっているいま、このことについて考えるのはとても興味深いことです。自分の作品を通じて、もしこの不確かさを皆さんに伝えることができれば嬉しいことです。またその中で、調和というものの頂点には、もしかしたら不確かさの要素があるのかもしれないと考える方がいれば、もっとうれしいですね。

観衆もアートの一部となり紡がれる「対話」

——展示のひとつには、薄い霧の中、一筋のHMIランプの光がガラスキューブを通り抜ける場所がありますね(作品「見えないものが見えてくる」)。思わず、自分がそこに立って照らされてみようかという気分になります。また、色の霧の中を歩く作品「あなたが創りだす大気の色地図」では、より強く、自分が作品の一部になっているのを感じられます。アートを他人事として鑑賞するのでなく、自分自身がこの世界においてどのような存在なのか、ということを感じさせる作品たちでしたが、あなたの創作の源とは何なのでしょう。


左:『Your making things explicit / 見えないものが見えてくる』2009年
右:『Your atomospheric colour atlas / あなたが創り出す大気の色地図』2009年 撮影:編集部

ふだん、作品について何かを定義するものとして考えることはしないんです。それぞれを、対話におけるひとこととして考えています。そして私は、対話のひとこと一言にも、対話全体にも興味があります。おっしゃった作品「見えないものが見えてくる」で私は、ふだんは我々の目に映らないものを提示することに関心がありました。ふつう、ガラスケースの内側に収められたものこそ大切だととらえられますが、その種の体験を逆転させているとも言えます。つまり、ガラスの中にあるものを外側に取り出し、鑑賞者たちをガラスケースの中に包み込む、というような。

光の下でも霧の中でも、あなたは好きなところに立って、作品の一部となるのです。こうした体験を長いこと経てきたにも関わらず、私は——広い意味では——いまだにそれを始めたばかりのような感覚で制作を行っています。まだまだ、より良いものに向上できると思っているのです。

(注):2009年11月19日、金沢21世紀美術館 シアター21で行われたトークセッションのこと。出演はオラファー・エリアソン、イヴ・ブラウ(ハーバード大学建築デザイン大学院建築史特任教授)、妹島和世(SANAA)。

Olafur Eliasson
1967年、コペンハーゲン生まれ。89年から95年まで王立デンマーク芸術アカデミーで学び、現在はベルリンとコペンハーゲンを拠点に活動する。シンプルな要素を巧みに用いて、観客を含む展示空間そのものに大きく作用するインスタレーションを数多く生み出している。日本では過去に、個展『影の光』(2005-06年、原美術館)などを行ってきたほか、09年10月には群馬のハラ ミュージアム アークで屋外設置の新作『Sunspace for Shibukawa』を制作した(同館は1月12日(火)〜3月19日(金)の期間、冬季休館)。
金沢21世紀美術館の開館5周年記念展となる個展『”Your chance encounter”/ オラファー・エリアソン — あなたが出会うとき』は、2009年11月21日(土)から2010年3月22日(月)まで開催。
http://www.olafureliasson.net/

All photos: Installation view at Olafur Eliasson: Your chance encounter  2009-10
Organized by 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa

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