片岡真実 Shコンテンポラリー『ディスカヴァリーズ』キュレーター

作品のアーティスティックな価値と経済的な価値の均衡が重要だと思っています。


Shコンテンポラリー会場、上海展覧中心
写真提供:Shコンテンポラリー

『ディスカヴァリーズ:Discovering Contemporary』は、上海のアートフェア『Shコンテンポラリー 2009』で開催される企画展。市場原理にキュレーティングを融合させた展示とレクチャーを担当した、3人のキュレーターのひとりにその役割と意義を問う。

聞き手:編集部

——近年のアートフェアでは、フェアとは別にキュレーターを立て、独立したテーマで展覧会を開催する試みがなされています。直接売買に結びつきにくいような作品の展覧会を行なうことに、どのようなメリットがあるのでしょうか。

アートフェアはここ5〜10年の間に、単にブースで作品を売ることから、ディスカッションや、新しい出会いのための場へとその役割を拡張し、ブース空間に限定されない表現や、複数のアングルを持つイベントとして成長してきています。コレクター以外にも、キュレーターや一般のアートファンを来場者として呼ぶためには様々な顔を持っていないと、もはやその役割を果たせなくなっているとも言えます。

アジアのアートフェアに起きている変化

——片岡さんはこれまで、『ARCO』(Internacional de Arte Contemporaneo、マドリッド)でも企画展『ニュー・テリトリーズ』を共同キュレーションしていますが、今回アジアでやることに違いはありますか。

リーマン・ショックの影響で、世界中のギャラリストが出展するフェアを厳選しており、その結果、経費のかかる地理的に遠い地域や成長が未知数な市場への進出が控えられ、確実に利益が出る場所に集中する傾向があります。特に欧米にとって中国はそういう場所だったと思いますが、欧米の経験者がアジアのフェアを選ぶ場合、税制やインフラの問題から、上海は香港と競合関係にあると思います。

中国ではアートフェアだけでなく、国際的な展覧会の場としても発展途上です。国内の現代アートを中心にしてきた上海のアートシーンで『Sh』が果たす役割としては、特にアジア圏のビエンナーレ開催年の狭間にある今年、明確にキュレーティングの意図のある企画を提供することが重要であり、その中で『ディスカヴァリーズ』に課せられた課題は、その企画展が確実に集客できるだけの質的な魅力を有することでした。


出品作家、フィオナ・タン「West Pier I-V」 2006年 
写真 I, II b&w prints on baryta paper III-V colour prints 
75x96cm 写真提供:Wako Works of Art

企画展とレクチャーのコンセプトとは?

——今回、作家はどのように選ばれたのでしょうか。

『ディスカヴァリーズ』は去年まで、若手発掘のためのいわば青田刈りの場だったのですが、その意義を再検証し、単に新しいものを希求するだけではないものをと考え、今回のタイトル『Discovering Contemporary』に至りました。この企画の意図は、それぞれの文化や社会において多様化する「現代」あるいは「近代」を再定義することであり、現代のアジアを世界の文脈の中でどう位置づけていくか、それを個々のアーティストの活動から紐解いていくことができればと思っています。それはもちろん、自分が拠点を置く現代の日本をどう再定義し、文脈化していくかという課題でもあります。

会場である上海展覧中心は、1955年にスターリンが毛沢東に贈った社会主義を象徴する建物であり、建築デザインにもスターリン様式やロシアの民族的な要素が見られ、その歴史を伝えています。それがいまや、年間数十件のトレードフェアが催される資本主義の象徴になっているという対比が面白い。作品の選定についても、固有の文化や社会的・政治的な歴史が作品に反映されている作家、この歴史的・政治的な建築空間に何らかの反応をしてくれる作家を選びました。


出品作家、宮永愛子「はるかの眠る舟 -birthday-」 2009年 
ナフタリン、ミクストメディア φ23×12.5cm(二対) インスタレーション 
写真:宮永愛子『はるかの眠る舟』(ミヅマアートギャラリー、東京)

——宮永愛子や金氏徹平はどのような文脈で選ばれたのでしょうか。

宮永の作品はパーソナルな記憶というイメージが強いかもしれませんが、この建物の歴史的な意味に関心を持ってくれ、今年ミヅマアートギャラリーで発表された長持の作品を展示しようかと話しています。彼女の作品にある匿名の記憶、失われた記憶を視覚化する部分と、その一方で、アートフェアという枠組みの中でエフェメラルな作品を提示することで何らかの提言ができると思いました。

金氏の場合は、膨大な情報に囲まれた現代において(文化的・社会的・政治的な)歴史や記憶から個人の文脈を束ねていくという展覧会の意図と、多様な日用品を再構成することで既存の用途や枠組み、境界線を再構成するという彼の仕事に共通点を見出せると思ったからです。


出品作家、金氏徹平「Muddy Stream from a Mug #10」 2009年
Guitar, Wood, Wood and Plastic Found Objects, Hot Melt Glue,
Cutouts of Coffee Stain Papers 40×111.5×44.5cm
copyright Teppei KANEUJI 写真提供:ShugoArts

キュレーターと市場の関係

——今回は『Sh』というフェアの枠内でキュレーションするわけですが、キュレーターは市場とどういう関係にあるのが健全だと思いますか。

作品のアーティスティックな価値と経済的な価値の均衡が重要だと思っています。芸術的な価値や評価から逸脱し、ポピュラリティの過熱によって経済的な価値だけが高騰した作品にはあまり興味がありません。一方では、プロジェクト型だったりエフェメラルだったり、非物質的に存在していて経済的な価値判断の困難な作品もまた(アーティスティックには)評価されるべきであり、美術史的にも記憶されていくべきだと思っています。今回のように違う角度からアートシーンを見ることができ、その関係性を健全に保つことを考えられるのは喜ばしいことだと思います。


かたおか・まみ

東京オペラシティーアートギャラリー勤務を経て、現在森美術館チーフ・キュレーター。ヘイワード・ギャラリー・インターナショナル・アソシエイト・キュレーターを兼務する。森美術館で開催中の『アイ・ウェイウェイ展 何に因って?』(11月8日まで)を担当。『プラットフォーム・ソウル2009』(9月25日まで)の共同キュレーターも務める。

Shコンテンポラリー『ディスカヴァリーズ:Discovering Contemporary』

会期:2009年9月10日(木)〜13日(日)
会場:上海展覧中心(The exhibition center of Shanghai)
キュレーター:片岡真実、アントン・ヴィドクル、汪建偉(ワン・ジンウェイ)
参加作家:
ウライ&マリーナ・アブラモビッチ
ペ・ヤンファン
ヒーメン・チョン
馮夢波(フォン・メンボ)
東恩納裕一
岩崎 貴宏
金氏徹平
ジョセフ・コスース
李永斌(リ・ヨンビン)
刘韡(リウ・ウェイ)
エヴァ&フランコ・マッテス(0100101110101101.org)
宮永愛子
スーザン・ノリー
ブローズ・パティントン
アンリ・サラ
キム・サンギル
石青(シー・チン)
大巻伸嗣
ネドコ・ソラコフ
フィオナ・タン
徐震(シュー・ジェン)
楊君(ジュン・ヤン)
張慧(ジャン・ホイ)

レクチャー・シリーズ「Discovering Contemporary Art?」
スケジュール詳細
http://www.shcontemporary.info/sh_internal.asp?m=100&l=2&a=&ma=283&c=4291&p=100DISCOVERIES_1

スピーカー:
フー・ファン、ボリス・グロイス、ラクス・メディア・コレクティブ、キャロル・イングファ・ルー、Jan Verwoert、マーサ・ロスラー、高士明(ガオ・シーミン)、クアテモク・メディア、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト、Jeorg Heiser

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