スハニャ・ラフェル(前編)

私たちは地域の歴史から生まれた地域の芸術形態を尊重しています

アジア太平洋地域という広大な地域に特化し、しかし地元密着型のアートフェスティバルとして、アジア=パシフィック・トライエニアル(以下、APT)は類い希なる成功を収めている。1999年からキュレーションに携わるAPT6の主任キュレーターに、今回の特徴とAPTの理念について聞いた。非西洋地域における国際展成功の秘訣とは?

聞き手・文:編集部

――ラフェルさんの図録テキストと実際の展覧会を拝見して、多角的な視点に感銘を受けました。今回の隠されたテーマはどのようなものでしょうか。

APTはこれまで、ひとつのテーマを探求したことはありません。『アジア=パシフィック・トライエニアル・オブ・コンテンポラリーアート』という名称自体が、私たちが作るべき枠組を示しています。歴史、地理、そして「現代美術とは何か?」という問いを含み持つ枠組です。とはいうものの、素晴らしい作品を作っていると思うアーティストを選んだり、展覧会を構想し始めた3年前から起こったことを振り返ったりした後で、自ずと浮かび上がってくるテーマ群はあります。

APT6の5つのテーマ

――では、今回の構想にふさわしく浮かび上がってきたテーマ群とは?

5つあります。まず、「コラボレーション」。APT内部のキュレーター同士、外部の共同キュレーターとの協働に加え、他の作家、建築家、音楽家など、あらゆる種類のクリエイターとのアーティストの協働があります。コラボレーションは以前よりも重要になってきた感がありますね。グローバリゼーションが進み、情報へのアクセス速度が増してゆく世界において、クリエイティブな人々は、自分たち自身のコミュニティと、一緒に働く方法を探し求めているんじゃないでしょうか。


ウィット・ピムカンチャナポン「Cloud」(手前)、シラーナ・シャーバジ「Still Lifes」(左手)、
YNG「Y.N.G.M.S. (Y.N.G.’s Mobile Studio)」(右奥)

ふたつ目は「建築」。アーティストたちが、いかに物理的な空間に対応し、干渉するか。ウィット・ピムカンチャナポンの「Cloud」、シラーナ・シャーバジの「Still Lifes」を展示した黒い壁、あるいはイザベル&アルフレド・アキリサンの飛行機を用いた「イン=フライト」。建築的な造形を行った作家たちもいましたね。そのいくつかにはユートピア的なアイディアもあって、アーティストのアトリエ的なものを作ったシュシ・スライマンやYNG(奈良美智+graf)から、ウォーターモールにモスクの壁のくぼみ的な造形を作ったアヤズ・ジョキオや、何でもありの関心をあの素敵な柱に作り上げたDAMP、それに廃屋を美術館内に展示した陳秋林(チェン・チュウリン)の「Xinsheng Town」まで。なんでこんなになったのか、面白いと思います。


DAMP「Untitled」

3つ目のテーマは「持続性」です。廃物利用のYNG、非常に日常的なオフィス用品や紙やクリップ――ある意味でアルテ・ポーヴェラ的な地味な素材――を使ったウィット。巨大なキノコ雲を日常的な容器で作ったスボード・グプタなど。

4つ目と5つ目のテーマは「都市化」と「近代性」。このふたつは主会場3階にある楊少斌(ヤン・シャオビン)の作品と、それを挟んでいるまったく相異なる作品とに見ることができます。アンブリム島から来たヴァヌアツの彫刻と、陳秋林の「Xinsheng Town」です。どちらの作品も、というよりもどちらのオブジェも美術館のためのものではなく、当初はまったく無関係に存在していました。一方は人々が暮らしていた家々を取り込んだもので、アンブリム島の彫刻はヴァヌアツの習俗の一部でした。けれども作家たちは、都市化と近代性に関わる理由によってそれらを美術館に持ち込んだんです。すなわち、喪失と追憶。美術館を難を避けて逃げ込む場所に変え、何がもたらされ、そして何が失われたかを思い出させる。そのとき、同じ展示空間にあるあらゆる作品は、この2作が位置づけている着想と関連して共鳴します。私たちにとって大切なのは、太平洋の声がAPTにおいて重要で枠組をなす声であること。太平洋の島々はあまり大きくないし、人口も比較的少なく、インフラも脆弱です。だから私たちは、鑑賞の枠組みを作る上で、これらの実践に意を払う必要があるんです。


陳秋林「Xinsheng Town」(部分)

――とはいえ、パシフィック地域の諸芸術、とりわけ伝統芸術は、今日のコンテンポラリーアートという概念からはかけ離れているという声もありますね。

ええ、そこは重要な点です。APTがこだわっていて、それがゆえに役立っているもうひとつの点だからです。私たちは地域の歴史から生まれた地域の芸術形態を尊重している。何がコンテンポラリーであるかについて特定の定義を強要したりはしないんです。いまおっしゃったようなアートの定義は、西洋化された、規範的な美術史の理解に由来しています。その理解は、自分たちを振り返る際には必ずしも役立つわけではない。ドアを開くのではなく、閉ざしてしまうのですから。

――とても重要な主題なので、後でまた聞かせて下さい。

視覚をどのように構造化するか?

――話をAPTのテーマ群に戻すと、トレーシー・モファットとゲーリー・ヒルバーグによる見事な映像作品「OTHER」(他者)が、このトリエンナーレにとって非常に象徴的なものだと思いました。題名がすべてを語っている。この作品は、他者との遭遇と衝突をともに描いています。

私たちにとって完璧な作品でしたね。興味深いのは、誘惑と欲望と愛をめぐる作品でもあることです。これらは、言語を超えた双方向の道路なんです。もうひとつ重要だと思うのは、ルナ・イスラムの「A Restless Subject」。いわゆる「視覚の持続」によって、いかに錯覚が保持されるかを考察する作品です。我々は何を見ているのか? 我々が想像するもの、しないものとは? 我々は視覚をどのように構造化するのか。観念を重視する作品で、APTについて考える際に助けとなりました。


ルナ・イスラム「The First Day of Spring」

――ルナは「The First Day of Spring」もよかったですね。ダッカの人力車夫を捉えた美しい作品で、他者について考えさせるという意味で秀作だと思います。この作品を選んだ理由を聞かせて下さい。

バングラデシュに帰国して、初めて撮った作品ですからね。ルナは3歳のときに母国を離れ、成人してから戻ったのはこのときが初めて。実際には英国人作家なんです。

後編はこちら

Suhanya Raffel
スリランカ生まれ。クイーンズランド・アートギャラリー(QAG)アジア=パシフィック美術部門主任。シドニー大学で芸術学とミュージアムスタディーズを学び、英国、オーストラリア、南アジア諸国などで数々の展覧会企画に携わる。1996年にAPTのキュレーションチームに参加し、2001年より現職。APT6では主任キュレーターを務めた。QAGでは『アンディ・ウォーホル』展(2007-08年)、『The China Project』展(09年)などを企画制作している。

←特集「第6回アジア=パシフィック・トライエニアル」目次へ
←インタビュー目次へ

Copyrighted Image