楊福東(ヤン・フードン)

多岐に渡る表現手段の中で、いちばん魅了されたのが映像、映画だったのです

美しい構図とカメラワークで描かれる、抒情あふれる映像群。楊(ヤン)の紡ぐ作品世界はどこか幻想的であると同時に、現代中国に生きる人々の心の中を旅するようでもある。近年はそのスタイルやモチーフにも広がりを見せるアーティストを、日本初個展が行われている東京で取材した。

聞き手・文:小山ひとみ

——今回展示される5作品は制作年も様々ですが、作品に共通するテーマはありますか。

「生命、生存、生活」、これらがはっきりとは目に見えなくとも、各作品に内在していると言えます。ある人は非常に積極的に物事に向き合うかもしれない。また、別の人は非常に消極的かもしれない。受けた教育やバックグラウンド、社会に対する理解というのは人それぞれ違います。各々が成長過程において信じるべきものをつかみ、その信念に従って行動していく。それは、非常に意義のあることだと思っています。


「竹林の七賢人 Part 3」2005年 35ミリ白黒フィルム/DVD 53分 
Courtesy the artist and ShanghART Gallery

——2003年から5年の歳月を経て完成した『竹林の七賢人』シリーズは全部で5章ありますが、今回その中でもPart 3を出展されたのはなぜですか。

Part 3は、他の4作とはまったく違う「もうひとつの生活」というテーマで制作しました。ですから、今回の個展のテーマと合致しますし、作品それぞれが互いに関係性を持ち、交差してくれたらと思ったのです。

——作品の多くが35ミリフィルムで撮影されていますね。フィルムへのこだわりがうかがえます。

まず、私自身フィルムでの撮影が好きなのです。フィルムには、人間が呼吸をしているかのような温もりを感じるんですよね。また、映写機の音や画像の粒子は有機物のようでもありますよね。

——大学では油彩を専攻されていましたが、いまおっしゃったようなフィルムの魅力に魅せられて、映像や写真で作品を発表するようになったということでしょうか。

そうですね。大学では油彩を勉強していましたが、現代アートに接してからは次第に、絵画以上に自分の思いを表現できるメディアがあることを知りました。写真、ビデオアート、インスタレーション、パフォーマンスアートなど。表現手段というのは、非常に多岐に渡っているのだと。中でも、私がいちばん魅了されたのが映像、映画だったのです。

感情が宿る映像インスタレーション


「将軍の微笑」2009年 マルチチャンネルヴィデオインスタレーション 原美術館における展示風景 撮影:木奥惠三

——今回のハイライトとも言える『将軍の微笑』がまさにそうですが、ここ数年、インスタレーションの形式で作品を発表されていますね。これまでは、スクリーンに作品を投影して平面のみで見せるという形式が主でした。大きな変化だと思うのですが、なぜ、インスタレーションで見せようと思ったのですか。

そのように感じてもらえたのは、私にとって非常に意義があります。ビデオアートが面白いのは、与えられた空間を活かすことができるという点です。ですから、私の感情の一部を空間でも表現できたらと思ったのです。『将軍の微笑』は、空間で見せる演劇のような感じですね。


「将軍の微笑」2009年 マルチチャンネルヴィデオインスタレーション
Courtesy the artist and ShanghART Gallery

——老人と男女の若者が対比的に描かれていますね。

対比というよりは、年齢や地位や名誉に関係なく、生きることは素晴らしいということを伝えたいのです。将軍はかつて若かった。そして、若者はいままさに若さを謳歌している。ただ、どちらも同じように素晴らしい生命を有しているのです。

——もうひとつ大きな変化として、『雀村往東』(2007年)以前の作品では一貫して非現実的な世界を描いていましたが、河北地方の農村に生きる犬たちを捉えた『雀村往東』と、今回も出展している、石彫工場で働く人々が登場する『青麒麟』シリーズ(2008年)では、初めて直接現実に目を向けたドキュメンタリー調の作品になっています。

確かに見た目はドキュメンタリー調の仕上がりになっていますが、両者とも現実を見据えたというよりは、シュールで抽象的な感覚を表現しました。2007年に『竹林の七賢人』最終章の撮影を終えたとき、まるで空中に漂いながら撮影したかのような空虚な感覚に陥ったのです。次回作では、地上に降り立って撮影したいという気持ちが強くなり、現実に目を向け、『雀村往東』や『青麒麟』シリーズを制作しました。現実に対する自分自身の捉え方に変化が見られたということが、より重要なのかもしれません。


「青麒麟 Part 1」2008年 マルチチャンネルヴィデオインスタレーション
Courtesy the artist and ShanghART Gallery

中国現代アートの今後を左右する「誠意」

『竹林の七賢人』シリーズの撮影を終えてから、物事に対して非常に寛容な態度で向き合えるようになりました。以前は、自分が興味のある物事にだけ目を向けていたような気がします。でも、実は、面白いもの、自分に合うものがほかにもあるのだと学びました。それは、アートに向き合うときにも必要なのですよね。最近、友人たちとよく話すのは、小学校で教わった、人間に最低限必要な「誠意」をもって物事に取り組むことの重要性についてです。私たちアーティストは、心から感動できる作品をまじめに制作すべきなのです。

——楊さんの作品には、中国北部、南部それぞれの風土やそこで暮らす人間の気質などが作品に反映されているように思います。北部の北京生まれで大学は南部の杭州、そして、卒業後に一度北京に戻られますが、以後はずっと上海で生活されています。ご自身は、北部と南部の違いが作品に反映されていると思いますか。

私自身とても不思議に感じるのですが、きっと目には見えない何かが影響しているのかもしれません。ただ、あくまでも作品の構想に合った場所で撮影、制作することにしていて、地域を意識しているわけではありません。

——ひとりの作家として、ここ数年の中国現代アートの動向をどうご覧になっていますか。北京オリンピックが終了し、その後の世界的な金融危機はアート界にも大きな影響を与えました。中国の作家たちの精神状態にも変化があったと思います。

2009年は金融危機の影響もあり、作家たちも改めて自分が本当に形にしたいものは何か、何をすべきかなどを、落ち着いて自問自答できる1年だったと思います。絵画を勉強し始めたころの初心に戻り、誠意をもって作品に向き合う。その状態を保つことができ、心からアートを愛せる作家のみが今後も残ることができるのではないでしょうか。

——今後もさらに変化のある作品を見せて下さるのでしょうね。

現在、構想を練っているのは、映画の最も基礎的な構造を取り入れた、7つか8つのスクリーンで見せる作品です。また、2010年は、チャンスがあれば長編映画、ストーリーのない眠気を誘う作品を撮りたいですね(笑)。

ヤン・フードン
1971年、北京生まれ。撮影にフィルムを用いた映像作品を多く手掛け、その静謐な映像美と、虚構をもって本質に迫るような作風が高く評価される、若手中国作家の代表格のひとり。世俗を避けて竹林で清談する賢人たちの故事に材を得た、現代中国の若者の内面に迫るシリーズ『竹林の七賢人』などで国際的に知られる。近年はマルチスクリーンを始めとする空間表現としてのインスタレーションなど、様々な形での表現を行っている。日本初個展となる『将軍的微笑』(原美術館)は、2009年12月19日から2010年5月23日まで開催。

原美術館
http://www.haramuseum.or.jp

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https://www.art-it.asia/u/HaraMuseum/

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