束芋:断面の世代

2009年12月11日(金)〜2010年3月3日(水)
横浜美術館
http://www.yaf.or.jp/yma

文:辛酸なめ子(漫画家、コラムニスト)


横浜美術館展示風景「惡人」2009年
© Ufer! Art Documentary, Courtesy the artist and Gallery Koyanagi

今30代なかばの団塊ジュニア世代の「個」への執着がテーマになった美術展が開催されています。団塊の世代やバブル世代の皆一緒に盛り上がろうというノリからは一線を引いた、地道に自分探しをし続けるこの世代の思いを代弁してくれているのではないかと、(同世代として)期待を胸に美術館の入り口をくぐりました。

まず目に入ったのは、ほの暗い空間の、壁に映し出される映像作品。団地の家具が一切合切黒い穴に吸い込まれてゆくシーンがくり返し流れていますが、不思議と恐さはありません。順路の最初の部屋には、吉田修一作の新聞小説「悪人」の挿し絵が壁4面に巻き物のように展示されていました。筋を知らなくても、脳内連想ゲームのような挿し絵を眺めるだけでおもしろいです。女体が野菜のように横たわり、髪の毛を包丁で切られているとか、一見ホラーなモチーフなのですが、見ていると妙に愉快な気持ちになって笑いがこみ上げます。恐怖と笑いの紙一重の微妙なポイントを突いているようです。そして著者や編集者を置き去り気味に独走している感じがかっこいいです。それにしても、この挿し絵では、脳や受話器から髪が生えたりと髪の毛が頻出しており、またやはり「悪人」をモチーフにした映像作品「油断髪」も、髪がすだれのように下がった髪の毛劇場のような演出でしたが、作者にとって女の業の象徴なのかもしれません。繊細なタッチで描かれているので、髪の毛だらけでも不潔さは感じられないです。彼女の作品の特性のひとつは、この全体に漂う上品さです。

隣の人が何をしているかわからない団地での生活を覗き見できる「団断」、個から発散されるものを内臓的な植物のイメージで表現した「BLOW」など、映像インスタレーションも見応えがあります。ベッドに血しぶきが飛んでいる部屋や、花芯に脳が生えた植物など、気持ち悪くなりそうなものを淡々と、押し付けがましくないタッチで描く束芋。アングラすぎず、シュールすぎない絶妙なテイストなのですが、美大生として、アーティストとして長年「個」を追求してきて、適度なポジションに落ち着いた大人のバランス感覚のたまものかもしれません。団塊ジュニア世代の処世術を教えられる展示です。  


「惡人」(部分) 2006年 墨・和紙 
© Tabaimo, Courtesy Gallery Koyanagi


横浜美術館展示風景「BLOW」2009年
© Ufer! Art Documentary, Courtesy the artist and Gallery Koyanagi

ART iT特集:束芋
ART iTフォトレポート

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