手塚愛子:落ちる絵 — あやとり

2009年7月16日(木)〜9月9日(水)
ケンジタキギャラリー(東京)
http://www2.odn.ne.jp/kenjitaki/

文:松浦直美


「落ちる絵(body 2)」 2009年
織物から引き抜いた糸で刺繍、刺繍枠、布 80.5x181cm

東京都庭園美術館で開催中の『ステッチ・バイ・ステッチ』ではこのグループ展のはじまりを巨大なインスタレーション「落ちる絵」で強烈に印象付けた。その作品と同題の個展では、織物を解体した新作と、透明感のある白地に刺繍を施した作品を展示。所属ギャラリーの東京スペースでの個展は初めてだ。

ひとが無意識に「織物」「刺繍」と呼ぶものを手塚は「絵」というキーワードで捉えなおす。絵画を「(意味的にも物質的にも)生成の過程を含む重層的なものでありながら、表面しか見えない存在」と考え、同様の性格を持つ織物や刺繍の組成の中に可能性を見出し、その構造をあらわにすることで、絵画の概念を問う。

織物の厚み、模様の緻密さ、微妙なグラデーションは油彩画をも連想させる。それを使った4点の「落ちる絵」では、枠に固定された織物から無数の糸を垂らし、刺繍用のフープを吊り下げる。織を構成する何色もの糸のうち1色だけを部分的に抽出し、フープにはめ込んだ白い生地に刺繍を施してあるのだ。引き出したすべての糸を刺繍に使うため、それぞれの糸で縫う幅は短い。数針縫っては針に別の糸を通してまた数針縫うという作業は、糸を絡ませないよう注意しながら「あやとり」をするような感覚だろうか。フープに縫い取ったのは糸を抽出した部分の柄だ。それを「絵」と捉えるなら、まさに落ちる絵だ。本来あるべき場所から落ちたものは、ものの表面のもろさを感じさせる。

赤い横糸と黒い縦糸に金色の糸でペイズリー柄を織り込んだ華やかな織物が、壁際の床を彩る。作家がこれまで多用してきた織物より薄く、織りも異なり、素材選びの広がりが見られる。「落ちる絵(地下)」では縦糸の大部分が引き抜かれ、その一部が作家の描いた「絵」を刺繍するのに使われている。

素材や表現手法ゆえに、ときに作品に込められた意味は見過ごされ、工芸とみなされることもあるだろう。そのリスクを負ってでも、選んだ素材と正面から向き合う。そんな作家の真摯な創作活動に敬意を表したい。


「落ちる絵(地下)」 2009年 織物から引き抜いた糸で刺繍、刺繍枠、布
220x307xh.190cm(展示サイズ)

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