第3号 シネマ

第3号 シネマ

第3号のテーマは「シネマ」。映画作品だけでなく、装置としてのシネマの可能性を探るべく様々な角度から、凡庸とも見えるテーマをART iT独自のアプローチで取り上げる。

アーティスト特集はシンガポール人アーティストのミン・ウォン。2009年第53回ヴェネツィア・ビエンナーレでシンガポール館での個展で金獅子賞を獲得し、一躍国際的な注目を集めるようになったアーティストのロング・インタビューを3回にわけて掲載する。現代美術において映画作品のリメイクや再解釈はそれほど新しいことではない。映画作品が持つ時間や技術の操作や、舞台裏を覗く試みとしてはダグラス・ゴードン、ピエール・ユイグなど多くのアーティストがすでに行なっている。しかしながら、ウォンの実践は技術的にはもちろん、より映画が表象する文化的差異への疑問を表面化させる。これは彼自身が多文化主義を抱えるシンガポールの出身であることがもちろん影響している。それと同時に彼がヨーロッパ文化に直接触れている(イギリス留学および現在居住するベルリンでの経験)ことが、より彼の中で、多文化主義への視点が世界中のすべての人にとって、複雑かつ細分化された問題であると理解され、単にシンガポール人としてのアプローチだけではなく、方言の問題、多文化主義を掲げる国が持つ問題へと発展していることを示教するインタビューとなった。フー・ファンによるウォンについてのエッセイは彼の作品をデータから分析するものとなっている。

ショートインタビューは今年2010年5月にカンヌ国際映画祭のパルムドールを獲得したことが記憶に新しいアピチャッポン・ウィーラセタクンのインタビュー。バンコクのキュレーター、クリッティヤー・カーウィーウォンによるインタビューは作品の背景となるタイの政治、社会状況について語られる。タイ国内でも忘れられがちな少数民族や地方の問題を、リリカルに描きつつ、決して抒情的作品に留まることなく社会との関わりを常に考えている作家の貴重な肉声を得ることができた。

もうひとつのインタビューはクリスチャン・ボルタンスキー。彼の作品はシネマとは直接関わりがないが、シネマが呼び起こす人々の共通の記憶と密接に結びついている。記号化されがちな集合体の人々の、個々の記憶を呼び起こす装置としての作品は、映像ではなく物体を通して存在する。

その一方で、シネマはその限定的な装置効果によって、逆にアーカイブの集積が容易であり、それゆえ装置の寿命がくるとその映像アーカイブもろとも見事に捨て去られることを都築響一は教えてくれる。カオス*ラウンジによるイメージの集積がどこに行くのか、椹木野衣のカオス*ラウンジへの注視はインターネット時代の映像集積とオリジナリティの問題にも関わり、その意味ではボルタンスキーの問題意識とも重なるであろう。

大竹伸朗が語る「シネマ・インデックス」は、彼の映画への造詣の深さだけでなく、画家大竹のユニークな映画の見方——視覚的効果や背景が気になるといったような——が透けて見えて興味深い。きわめて雑談的に行われた映画談義で、スチルへの興味、日本映画に対する愛情、音楽と映像など彼の作品を成立させている要素が仄見える。

シネマという大きな言葉の括りに包含される様々な要素をあぶり出すことが今号の意図でもある。作品の芸術性や作家のコンセプトといったことだけではなく、シネマが持つアーカイブの集積、記憶、政治的社会的背景、装置などといった一見作品性とは関わりがないように見えるものが、グローバル社会においての共通言語としてのシネマの成立に寄与しているのだ。そしてこうした大きな意味でのシネマが多様な文化への理解への扉として、より世界中の多くの人を魅了していくことであろう。

8月5日一部修正 

『ART iT』日本語版編集部

ミン・ウォン インタビュー
反復がもたらすシネマへの提案

ミン・ウォン エッセイ
ミン・ウォン: 旅する異邦人
文/フー・ファン

アピチャッポン・ウィーラセタクン インタビュー
森からバンコクの街へ
インタビュー/クリッティヤー・カーウィーウォン

クリスチャン・ボルタンスキー インタビュー
消えゆく記憶の融解点

シネマ・インデックス
文/大竹伸朗

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