2011年 記憶に残るもの ロジャー・ビュルゲル

ロジャー・ビュルゲル:釜山ビエンナーレ2012のアーティスティック・ディレクターを務める。同ビエンナーレでは、「Garden of Learning」のテーマのもと、参加アーティストと展覧会の実現に貢献している地域の教育議会のメンバーを結びつける共同的な体制を提案している。また、チューリッヒに2013年開館予定の新たな学際的なアート機関、ジョアン・ジャコブ美術館の設立過程に関わっている。この美術館では、世界規模での交易路の研究が行なわれる予定。ビュルゲルは、同プロジェクトで、アーティスティック・ディレクターを務めた2007年のドクメンタ12の経験をさらに展開させている。

ART iTは、ビュルゲルにこの一年間を振り返ってもらった。


Ai Weiwei. Photo courtesy Yoichi Maki.

ART iT 2011年に開催された展覧会のうち、印象に残ったものを挙げてください。特に、2012年の釜山ビエンナーレに向けて、内容的にでもキュレーションの面でも、良くも悪くも影響を受けているものはありますか?

ロジャー・ビュルゲル(以下、RB) 2011年は3つの展覧会に特に強く胸を打たれました。まず、ベルリンのマルティン・グロピウス・バウでの葛飾北斎の回顧展『Hokusai—Retrospective』(8月26日–10月31日)では、激しく変化していく自己の概念に不思議と一致するかたちで、常に新しい作風を生み出していく北斎の継続的な可変性に息を呑みました。
ふたつめはチューリッヒのリートベルク美術館で開催された『巨匠への道——インドの偉大な美術家たち、1100年から1900年まで[The Way of the Master: The Great Artists of India, 1100–1900]』(5月1日–8月21日、現在は2012年1月8日までニューヨークのメトロポリタン美術館に『Wonder of the Age: Master Painters of India, 1100–1900』として巡回中)。この展覧会は美術史の中でも、地域ごとに十把一絡げにするような語り口に横柄に支配されてきた一章における明確な作風をひとつひとつ掬い上げる画期的な試みでした。
三つめは高嶺格の回顧展『とおくてよくみえない』(1月21日–3月20日に横浜美術館で開催された後、広島市現代美術館、鹿児島県霧島アートの森、そしてバーミンガムのアイコン・ギャラリーに巡回)。破壊的な経済手段を以て、私たちの現実の感覚を揺るがす言葉をいとも簡単に選び出す、ひとりの完全なアーティストを見せられました。

ART iT 2011年にアーティストが果たした役割というのは何ですか? 個展でもテーマ展でも、更にはパフォーマンスや講演、その他のプロジェクトやメディアを含めて、アーティストが一般の鑑賞者を引き込み関わらせるためにはどういった手段が今年は一番有用だったと思いますか?

RB これは艾未未が一番良い例ですね。一党独裁国家とのドラマチックな対立に巻き込まれながらも、美術界において制度化された手段を超えて、自分のメッセージを伝えることにここまで成功したアーティストは他にはいないでしょう。


Top left: Katsushika Hokusai – The actor Segawa Kikunojo in the role of Masamune’s daughter Oren (1779), woodcut, paper, ink, 30.3 x 13.7cm. Top right: Farrukh Beg – A Sufi sage, after the European personification of melancholia, Dolor (1615), opaque watercolor, ink and gold on paper, 19.4 x 14.1cm (painting), 38.2 x 25.6 cm (page). Collection Museum of Islamic Art, Doha. Bottom: Tadasu Takamine – Installation view of the multimedia installation Too Far to See (2011) at the Yokohama Museum of Art, 2011. Photo ART iT.

ART iT アラブの春の革命、3月11日の日本での震災・津波・原発事故、ロンドン暴動、オキュパイ・ウォール・ストリートにヨーロッパの債務危機と、2011年は重大な事件の多い一年となりました。こういった事件や出来事は美術についての言説にどのような影響を与えたと考えていますか? また、美術はそういったことに対してどのように反応することができるのでしょうか。

RB 美術界では、オキュパイ・ムーブメントのような政治的な出来事に便乗して、その資本と魅力を美術のために借りるという卑劣な傾向があります。e-flux journalの論説を見ていただければ分かると思います。個人的には、こういった日和見主義には愕然とします。福島などについて、アートめいた陳腐な話しかできないのなら黙っておくべきです。

ART iT 2012年には何を期待していますか? あなた自身、どういった新しい分野を開拓していかれるのでしょうか? また、広義でのアートコミュニティーにとってどのような新分野がひらけてくると予想しますか?

RB 既存の分野は変わらないでしょう。アートマーケットという、殆どのアーティストにとっては機能しない流通システムがあります。公的機関は組織内で財源を削減されているため、本来の仕事、つまり、より広い層に美術の批評的な評価を促すことが難しくなっています。そしてマイアミのルベル・ファミリー・アート・コレクションやヴェネツィアのフランソワ・ピノー財団のように、知的な言説を一切排除するような私設美術館を設立する有産階級が世界中に集積しています。その結果、紛れもない下品さが蔓延し、本当に大事な美学的繊細さが抹殺されています。

ART iT 来年は私たちの美術との関係性や、美術についての考え方は変わるのでしょうか?

RB 多分、これからは新しい種類の機関、教育を制作と融合させるような機関が必要なのではないかと思います。私からすると、今あるような機関ではもう駄目ですね。

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