ターナー賞2017


Lubaina Himid, Courtesy of the artist and Hollybush Gardens, Photo: Edmund Blok for Modern Art Oxford

2017年12月5日、世界有数の現代美術賞として知られるターナー賞の授賞式が、イングランド北東部キングストン・アポン・ハルのフェレンス・アートギャラリーで開催され、イギリスにおけるブラック・アーツ・ムーブメントの先駆的存在のひとりとして知られるルバイナ・ヒミッドの受賞が発表された。本年度より50歳未満という条件が撤廃され、62歳のヒミッドの受賞はターナー賞史上最高齢での受賞となった。ヒミッドには賞金25,000ポンド(約377万円)が授与された。最終候補には同じく50歳以上で選ばれたハーヴィン・アンダーソン、そして、アンドレア・ビュットナーとロザリンド・ナシャシビが選出され、それぞれ5,000ポンド(約75万円)の賞金が授与された。最終候補による展覧会はキングストン・アポン・ハルのフェレンス・アートギャラリーで、2018年1月7日まで開催している。

ルバイナ・ヒミッド(1954年タンザニア・ザンジバル生まれ)は、絵画やドローイング、インスタレーションなど多岐にわたる表現で、奴隷産業やその遺産に言及し、支配的かつ抑圧的な歴史の中で見過ごされたり、隠蔽されたりしてきた文化的貢献を扱った制作活動を展開してきた。個人的な制作活動のほか、黒人やアフリカン・ディアスポラをはじめ、人種やジェンダーの問題を扱った展覧会制作や執筆活動での評価も高い。現在はインドランド北西部ランカシャー州のプレストン在住で、セントラル・ランカシャー大学の教授職を務めている。

ヒミッドは生まれてすぐに父親を亡くし、テキスタイル・デザイナーの母親とともにイギリスに渡る。1976年にウィンブルドン美術大学で舞台デザインを学び、84年にロイヤル・カレッジ・オブ・アートで文化史を学び修士号を取得している。1980年代にイギリス国内で黒人アーティストの表現に注目が高まる中、ホワイトチャペル・アートギャラリーで開かれた『From Two Worlds』(1986)や、ラシード・アライーンが企画しイギリス国内を巡回した『The Other Story: Afro-Asian artists in post-war Britain』(1989-90)などで作品を発表。近年はファンアッベ美術館、テート・リバプールの企画展や第10回光州ビエンナーレなどに参加。

展覧会企画においては、79年にロンドンのレストラン内に展示スペースを設け、83年にはロンドンのアフリカ・センターで『Five Black Women』、バタシー・アーツ・センターで『Black Women Time Now』、84年にはシェフィールドのMappin Art Galleryで『Into the Open』、85年にはICAロンドンで『Thin Black Line』など、イギリス社会で黒人女性が抱える現実や政治を扱った展覧会を開催。86年から90年にはElbow Roomのディレクターを務めた。近年も2015年に自身が所属するHollybush Gardensで、『Carte de Visite』を企画している。

2017年、オックスフォード近代美術館で80年代から現在にいたる絵画を中心に、ドローイングや彫刻、セラミックなどとともに紹介する回顧展『Invisible Strategies』、ブリストルのスパイク・アイランドで90年代後半以降の絵画とインスタレーションを紹介する回顧展『Navigation Charts』が開かれた。また、ノッティンガム・コンテンポラリーで開かれた80年代に黒人のアーティストや文筆家、思想家の間で交わされた対話をたどるグループ展『The Place is Here』にも出品。これらの個展およびグループ展がターナー賞の対象となった。


Lubaina Himid Naming the Money (2004) Installation view of “Navigation Charts” Spike Island, Bristol, 2017, Courtesy of the artist and Hollybush Gardens, and National Museums, Liverpool, Photo: Stuart Whipps


Lubaina Himid A Fashionable Marriage (1986) Installation view of “The Place is Here” Nottingham Contemporary, 2017, Courtesy of the artist and Hollybush Gardens, Photo: Andy Keate

本年度の審査は、テート・ブリテン ディレクターで審査委員長のアレックス・ファーカソンのほか、審査員はFrieze誌の共同編集者のダン・フォックス、美術批評家のマーティン・ハーバート、ウォーカー・アートセンターのムーヴィングイメージ研究員でクンストヴェルケ現代美術センターのアソシエイト・キュレーターのメイソン・リーバー=ヤップ、ロンドンのショウルームのエミリー・パトリックが務めた。

1984年にはじまったターナー賞は、本年度より50歳未満という条件が撤廃され、活動拠点をイギリスに置くすべてのアーティストを対象に、過去1年間の展覧会などの活動実績を考慮して最終候補が選出される。グランプリを決めるための最終候補による展覧会は、長くロンドンのテート・ブリテンで開かれてきたが、2007年にリバプールで開催し、2011年のゲーツヘッドでの開催以降、2013年のデリー/ロンドンデリー、2015年のグラスゴー、そして、本年度のキングストン・アポン・ハルと隔年でロンドン以外の都市で開催している。なお、2019年はケント州マーゲイトのターナー・コンテンポラリーでの開催となる。

ターナー賞http://www.tate.org.uk/art/turner-prize

ターナー賞2017
2017年9月26日(火)-2018年1月7日(日)
フェレンス・アートギャラリー、キングストン・アポン・ハル
http://www.tate.org.uk/whats-on/ferens-art-gallery/exhibition/turner-prize-2017
http://www.hcandl.co.uk/ferens

ハーヴィン・アンダーソン|Hurvin Anderson(1965年バーミンガム生まれ)
Dub Versions』ニュー・アート・エクスチェンジ、ノッティンガム
Backdrop』オンタリオ州立アートギャラリー、カナダ

ジャマイカ出身の両親の下、バーミンガムに生まれたアンダーソンは、カリブ海出身の移民が育んできた文化や幅広い美術史に言及した色彩豊かな絵画作品を通じて、記憶、アイデンティティ、国家といったテーマを探求している。アンダーソンがしばしば風景に重ねて描く装飾的な要素や抽象的なパターンは、カリブ海出身の人々の住宅に見られる窓格子を連想させるとともに、具象的な風景画と近代的な抽象絵画を結びつける試みのひとつとして考えられる。自分自身の政治的、社会的文脈を描きつつも直接的な表現を避けてきたが、近年はマルコムXやマーティン・ルーサー・キングといった象徴的な存在も描かれるようになってきた。
ウィンブルドン美術大学を経て、1998年にロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号を取得。現在はロンドン在住。2009年にテート・ブリテンの『ART NOW』で個展を開催。そのほか、アイコン・ギャラリーやオンタリオ州立アートギャラリーなどで個展を開催。カムデン・アーツ・センター、マイアミのペレス美術館などのグループ展で作品を発表している。

アンドレア・ビュットナー|Andrea Büttner(1972年ドイツ・シュツットガルト生まれ)
Gesamtzusammenhang』クンストハレ・ザンクト・ガレン、スイス
Andrea Büttner』デイヴィッド・コーダンスキーギャラリー、ロサンゼルス

植物学、宗教(カトリシズム)、哲学、美術史と幅広い題材を扱うビュットナーは、一般的な芸術実践から連想されるロマン主義や英雄的な性質とはかけ離れた、恥、弱さ、貧困、当惑といった概念を追求した制作活動を展開している。例えば、エルンスト・バルラハの物乞いを模した彫刻作品「Verhüllte Bettlerin」(1919)を木版画へと転用した連作「Beggar」には、頭から布を被り、膝立ちした人物が手を広げるその身ぶりを、弱さや許しを表すシンボルとして提示している。ビュットナーの見過ごされたり、軽視されているものへのこうした態度は、iPhoneのスクリーンに付いた指紋や汚れを色彩豊かなエッチングへと転写した写真作品「iPhone etchings」などにも現れている。
ベルリン芸術大学、フンボルト大学を経て、2010年にロイヤル・カレッジ・オブ・アートで博士号を取得。現在はロンドンとベルリンを拠点に活動。2012年にはドクメンタ13に参加。近年の主な個展に、Fracセリニャン(フランス)、クンストハレ・ウィーン、ウォーカー・アートセンター(ミネアポリス)、テート・ブリテンの『BP Spotlight』、ルートヴィヒ美術館など。グループ展に『Broken White』(ファンアッベ美術館)やブリティッシュ・アート・ショー8などがある。
http://www.andreabuettner.com/

ルバイナ・ヒミッド|Lubaina Himid(1954年タンザニア・ザンジバル生まれ)
Invisible Strategies』オックスフォード近代美術館
Navigation Charts』スパイク・アイランド、ブリストル
グループ展『The Place is Here』ノッティンガム・コンテンポラリー

奴隷産業やその遺産を参照したり、忘れ去られた人々による隠されたり無視されてきた文化的貢献を扱う制作活動を展開している。絵画やドローイング、インスタレーションなど多岐にわたる表現に取り組み、近年の代表作には、それぞれ異なる名前と物語を与えた黒人の使用人や労働者の等身大の像100体で構成されたインスタレーション「In Naming the Money」(2014)がある。肖像の歴史的役割を問う作品を繰り返し制作しており、1987年に制作された「A Fashionable Marriage」は、当時の政治状況のみならず、現在も残るその影響に言及するものとして、今年のノッティンガム・コンテンポラリーのグループ展にも出品された。
ウィンブルドン美術大学で舞台デザインを学んだ後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで文化史を学び修士号を取得する。現在はインドランド北西部ランカシャー州のプレストン在住で、セントラル・ランカシャー大学の教授として現代美術を教えている。近年はファンアッベ美術館、テート・リバプールの企画展や第10回光州ビエンナーレなどに参加。個人的な制作活動のほか、79年から現在にいたるまで、過小評価されている黒人アーティストの紹介や人種やジェンダーの問題を扱った大小さまざまな展覧会を企画している。
http://lubainahimid.uk/

ロザリンド・ナシャシビ|Rosalind Nashashibi(1973年ロンドン・クロイドン生まれ)
The Place is HereOn This Island』カリフォルニア大学アーバイン校クレア・トレヴァー・スクール・オブ・アーツ大学ギャラリー
ドクメンタ14

日常の観察に空想的、神話的な要素が溶け込んだ瞬間や出来事を捉えたナシャシビの映像は、しばしば瞑想的、感覚的なものとして提示される。「Electrical Gaza」(2015)は、ガザ地区の家族や友人との日常を切断するように、同地区の政局を思わせるアニメーションが挿入され、物理的な境界や想像された境界が、同地区の地理的な孤立を敷衍する。また、ドクメンタ14で発表した「Vivian’s Garden」は、グアテマラの森の中で暮らすエリザベス・ヴィルトとその娘、ヴィヴィアン・ズーターのふたりのアーティストの関係性、そして、守衛やメイドとして働くマヤ族の村人との関係性を描いている。
シェフィールド・ハラム大学とグラスゴー・スクール・オブ・アートで学び、現在はロンドンを拠点に活動している。近年はニューヨークのMurray Guyやロンドンの帝国戦争博物館などで個展を開催。ターナー賞ノミネートの対象となったドクメンタ14のほか、ロサンゼルス・コンテンポラリー・エキシビションズ[LACE]、ポンピドゥーセンター、クンストフェレイン・ミュンヘンなどの企画展に参加している。


歴代受賞者
2016|ヘレン・マーティン
2015|アッセンブル
2014|ダンカン・キャンベル
2013|ローラ・プロヴォスト
2012|エリザベス・プライス
2011|マーティン・ボイス
2010|スーザン・フィリップス
2009|リチャード・ライト
2008|マーク・レッキー
2007|マーク・ウォリンジャー
2006|トマ・アブツ
2005|サイモン・スターリング
2004|ジェレミー・デラー
2003|グレイソン・ペリー
2002|キース・タイソン
2001|マーティン・クリード
2000|ヴォルフガング・ティルマンス
1999|スティーヴ・マックイーン
1998|クリス・オフィリ
1997|ジリアン・ウェアリング
1996|ダグラス・ゴードン
1995|デミアン・ハースト
1994|アントニー・ゴームリー
1993|レイチェル・ホワイトリード
1992|グレンヴィル・デイヴィー
1991|アニッシュ・カプーア
1990|中止
1989|リチャード・ロング
1988|トニー・クラッグ
1987|リチャード・ディーコン
1986|ギルバート&ジョージ
1985|ハワード・ホジキン
1984|マルコム・モーリー

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