第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館


「掌の鍵」2014年 Photo: Sunhi Mang

2014年5月29日、国際交流基金は来年開催する第56回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本館キュレーターに中野仁詞(神奈川芸術文化財団学芸員)、出品作家に塩田千春を選出した。中野より発表された展示テーマは「掌の鍵[—The Key in the Hand—]」。

ドレス、靴、旅行鞄など人の痕跡や記憶を内包する素材を用いた作品、そして、展示空間に糸を張り巡らせる大規模なインスタレーションで知られる塩田千春。今回日本館に展示する「掌の鍵」は、建物2階にあたる展示室と1階の野外ピロティを使用したインスタレーションとなる。展示室を埋め尽くす天井から垂れた赤い糸の先には、総数は5万個にも及ぶ鍵が結ばれたインスタレーションが展開する予定。鍵もまた、人の痕跡や記憶を蓄える日用品であり、塩田はそれを真心を伝達する媒体として捉える。そして、夥しい糸が吊り下げられた空間に配置される2艘の舟は天から注ぐ数多の鍵=記憶の雨を受け止める両手を象徴する。ピロティには大型のボックスが設置され、鍵を載せた子どもの掌の写真作品、生まれる前と生まれた直後の記憶を語る幼児の映像を上映する。観客が展示室とピロティで、ふたつの位相の記憶を体感し、作品の放つ声に耳をすませ、自らに内在する記憶を拾い上げ、記憶を紡ぎ、記憶を自分のなかにとどめ、そしてそれを他者へと繋いで行くような空間の創出を目指す。

塩田自身、近年経験した大切な人の死に導かれて、「死」と「生」という、普遍的でありながらも個々人が個別的に経験するしかないわれわれの宿命から目を背けず、それらを浄化、昇華して美術という共通言語に置き換え作品化を試みる。新作インスタレーションに使用される鍵は、日本、ドイツ、イタリアで募集され、さまざまな人々の色々な思い出と沢山の毎日の歴史が積み重なり記憶が宿った鍵が、日本館を訪れる観客の記憶と交錯し、互いに新たなコミュニケーションをつくっていく機会となる。塩田は「世界中の記憶が重なるこの作品をきっかけに、生きることの意味をもう一度皆さんと考えたいと思います」とメッセージを残している。
※鍵の募集に関する詳細は第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館公式ウェブサイトを参照。


Above:「掌の鍵」2014年 Below:「掌の鍵」模型写真 2014年 Both: Photo: Sunhi Mang

塩田千春は1972年大阪生まれ。自らの経験から生まれ、内面的な物語としてはじまる記憶や感情を、制作を通して編み込んだ作品で知られる。京都精華大学を卒業後、オーストラリアへの留学を経て、96年に渡独。97年から99年まで在籍したブラウンシュバイク美術大学でマリーナ・アブラモヴィッチに師事し、自身で掘った穴に転がり落ちる行為を反復する「トライ・アンド・ゴー・ホーム」(1998)などを制作している。99年にベルリンに移り、現在も同地を拠点に活動している。2000年代初頭よりドイツ、ヨーロッパを中心に発表をはじめ、日本国内でも第1回横浜トリエンナーレ(2001)に参加し、泥の付着した巨大な5着のドレスからなる「皮膚からの記憶」(2001)を出品する。その後も展示空間に張り巡らされた夥しい量の糸や使い古された靴などを使用したインスタレーションなどをさまざまな国や地域で継続的に発表していく。近年も日本国内では国立国際美術館(2008)をはじめ、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(2012)、高知県立美術館(2013)といった美術館での個展、越後妻有アートトリエンナーレ(2009)、瀬戸内国際芸術祭2010、あいちトリエンナーレ2010や数多くの企画展に参加、海外でもクンストハレ・キール(2012)、シャーマン現代美術財団(シドニー、2013)など数多くの個展を開催、企画展に参加しており、現在開催中のローチェスター・アートセンターでの個展をはじめ、世界各地での個展が控えている。また、5月31日より森美術館で開催される『ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界』では映像作品を出品している。

また、2007年に神奈川県民ホールギャラリーで開催された塩田の個展『沈黙から』は、中野が企画を担当している。同展には、初期の代表作のひとつ「絵になること」(1994)や上述した「トライ・アンド・ゴー・ホーム」のほか、大量の糸を使用した「記憶から」(2007)、旧東ベルリンで集めた窓枠を組み合わせた「光から」(2007)、天井や壁、柱に張り巡らされた糸や焼けこげたピアノ、椅子からなる「沈黙から」(2007)といったインスタレーションなどが出品された。会期中には同展を基軸に、音楽、ダンス、パフォーマンスなどと現代美術を関係させるプロジェクト「アート・コンプレックス」が行なわれた。

中野仁詞は1968年神奈川県生まれ。慶応義塾大学大学院美学美術史学専攻前期博士課程修了。99年より神奈川芸術文化財団に勤務し、演劇部門、音楽部門を経て、2006年より神奈川県民ホールギャラリーを担当する。現代美術のみならず、能、声明などの伝統音楽から言語表現、現代音楽など幅広い領域での企画を経験している。上述した塩田の個展のほか、小金沢健人展「あれとこれのあいだ」(2008)、「日常/場違い」展(2009)、泉太郎展「こねる」(2010)、「日常/ワケあり」展(2011)、さわひらき展「Whirl」(2012)、「日常/オフレコ」展(2013)を企画している。


From Left: 中野仁詞、塩田千春. Photo: ART iT

選考は国際交流基金主催の国公立美術館の館長や学芸員経験者を中心とした数名の評議員に選出された国内の学芸員数名が指名され、候補者となった学芸員が展示企画を参加アーティストに打診する。その後、非公開で学芸員によるプレゼンテーション、選考委員による審査が行なわれる。中野による塩田千春「掌の鍵」のほか、下記の企画が提出されていた。講評や展示プランは国際交流基金ウェブサイトのこちらのページを参照。

飯田志保子(インディペンデント・キュレーター):
小泉明郎「家族の肖像」

住友文彦(アーツ前橋館長):
小泉明郎、高山明「閾と境界」

高橋瑞木(水戸芸術館現代美術センター主任学芸員):
高嶺格「Global Groove 2015」

保坂健二朗(東京国立近代美術館主任学芸員):
折元立身、砂連尾理、野村誠「Of the Old, With the Old, for the Old – Art After Tatumi Orimoto」

第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ
2015年5月9日(金)-11月22日(木)
http://www.labiennale.org/

第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館公式ウェブサイト
http://2015.veneziabiennale-japanpavilion.jp/

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