ワン・ビン[王兵] インタビュー

映画を持ち込むということ
インタビュー / 良知暁

 


All images: © Wang Bing and Y. Production

 

ART iT あなたの作品は基本的にはドキュメンタリー映画と称されています。とはいえ、撮影方法、ストーリーテリングにおける独自のアプローチは、既存の報道メディアとは異なる「リアリティ」を捉えています。まずは、あなたがドキュメンタリーという手法を自分自身の表現手段として選びとるに至った経緯を聞かせてください。

ワン・ビン[王兵](以下、WB) 映画を撮るにあたって、最初は劇映画とドキュメンタリーのどちらかを選ぶという選択肢はありませんでした。条件や環境によって選びとられたのだと言えるでしょう。というのは、劇映画を撮るには莫大な資金が必要で、そういう環境が自分にはなかったというのが、外在的な条件としてありました。そして、私は比較的、自分ひとりでも撮れるドキュメンタリーという手法を選び、『鉄西区』(2003)を撮影したわけですが、そのスタイルが現在まで続いています。

 

ART iT そのスタイルは『収容病棟』(2013)にも踏襲されていると思いますが、撮影時における対象へのアプローチについて、また、本作だけでなく、『名前のない男』(2009)や『三姉妹〜雲南の子』(2012)といった過去作品でも印象的だった対象の息づかい、食べる音、いびきなど、音への意識について教えていただけますか。

WB 彼らの日常生活を撮影していくので、どういうものを撮影するのかという事前の指示はありません。被写体と交流していく上で、それは言葉による交流もあると思いますが、映像で交流するということもあるわけです。私の場合、撮影しているときに、わざわざ彼らと会話を交わすような、そういう言葉による交流はしませんが、絶えずカメラを回しているわけで、それによってずっと交流を続けているということが言えるのではないでしょうか。対象との距離が近くなればなるほど、観客も彼らを近くに感じてもらえると思っています。
もちろん映画というものは音と映像で構成されているのでどちらも非常に大事です。実際の音を重視することによって、よりリアルな感覚を観客に届けることが重要で、私が音楽を使いたがらない理由もそこにあります。音楽を入れることによって、人物がそのときに持っていた情緒というものが消え去ってしまうことが往々にしてあります。それにより、観客はその音楽に引っ張られて、その場にいた人物のリアルな情緒というものを体験できなくなってしまいます。

 

ART iT そうした音への意識やひとつのシーンを長回しのワンショットで撮影するなど、一部の映画に見られるような感情に訴えかけるための音楽の使用法や、短いカットを連続させるモンタージュでリズムを生み出していくのとは対照的なアプローチだと思いますが、だからこそ、モンタージュについてどのように考えているのかが気になりました。

WB モンタージュは長いショットにも短いショットにも両方に存在すると思います。モンタージュには次の三種類の方法があります。アメリカ式、いわゆるハリウッド式のモンタージュ、ソ連のエイゼンシュテインのモンタージュ理論、そして、フランスのモンタージュの手法。このソ連式のモンタージュの手法というのは、これを用いることで映画が宣伝の道具と化してしまう危険性があるので排除されるべきだと思っています。私の映画におけるモンタージュはリアルなモンタージュで、また、画面に映っているさまざまな出来事自体がモンタージュのような効果を生み出していると考えることもできます。なんにせよ、映画というのはモンタージュから離れることはできません。

 

 

ART iT あなたの作品では対象となる人物の生存への意志が強く描かれていて、こうした人々を撮影することから、中国共産党政権へのメッセージを読み取ることができるかと思います。

WB それはなかなか答えづらいですね。各人の人生に対する考え方、ものの見方は違うので、作品に政治的なメッセージを込めるかどうかというのはなんとも言えません。

 

ART iT 先の質問の背景には『鉄西区』における線路が繰り返されるシーンから、クロード・ランズマンの『ショアー』が思い出されたということがあります。

WB ドキュメンタリーを撮りはじめる前に、私はドキュメンタリーの作品自体ほとんど観ていません。ランズマンの作品も『鉄西区』を撮影する前に観たことはありませんでした。私が観ていたのはむしろ劇映画です。ですので、私が影響を受けてきたのも劇映画、例えば、ミケランジェロ・アントニオーニ、アンドレイ・タルコフスキー、ピエル・パオロ・パゾリーニ。そういう監督の作品に啓発され、影響を受けてきました。

 

 

ART iT 『収容病棟』に戻りますが、病院内の廊下を移動する入居者の後をカメラが追うシーンが繰り返されています。それはどこか、無限に広がる回廊をいつまでも彷徨っているかのようで、アドルフォ・ビオイ=カサーレスの小説『モレルの発明』やアラン・レネの映画『去年マリエンバートで』を思い出しました。登場人物だけでなく、そのカメラの存在もまるで亡霊であるかのように。執拗に反復することで立ち上がった空間に、線的な時間とは異なる時間の概念が作用しているように感じられました。

WB 撮影場所となった収容病棟はどこにも出られない、外界と隔絶された世界でしたので、私たちがこの中にいる人物を撮ることができるのは、廊下などのごく限られた場所しかありません。そこで、廊下を中心に撮影していくわけですが、その廊下を絶えず誰かが歩き回っている。私が撮りたいのは彼らの日常で、彼らの日常として毎日誰かがそこを幽霊のように歩いているということがある。ただそれだけのことです。ひたすら廊下を誰かが歩いているというのは、まるで無限に広がる時空間かのようで、そこをひたすら追っているわけです。
時間に関しては、「映画の時間」というものがあり、その時間によって映画の中にいる人物の運命の感覚を表現することができます。「映画の時間」というのは監督によって捉え方は違い、例えば90分なり120分なりの物語があり、その時間内である人物の物語を語り終えるというスタイルもあれば、時間イコール人物と考えることもありますよね。そこにどういうふうに時間の概念を反映させていくのかが表れているのだと思います。

 

 


 

ワン・ビン[王兵]|Wang Bing

1967年中国陝西省西安生まれ。魯迅美術学院写真学科(瀋陽)を卒業後、北京電影学院映像学科に入学。日本占領中に開発され、後に中国最大規模の重工業地帯となるものの90年代以降に衰退していった瀋陽の鉄西区を、1999年から2003年にかけて、デジタルカメラで撮影したドキュメンタリー『鉄西区』を制作。同作品は2003年に山形国際ドキュメンタリー映画祭グランプリをはじめ、リスボン、マルセイユ、ナントといった各地の映画祭でグランプリを獲得する。その後も「反右派闘争」の時代を生き抜いた女性の語りだけをおさめた『鳳鳴(フォンミン)―中国の記憶』(2007)、『原油』(2008)、『名前のない男』(2009)などを経て、2010年にはヤン・シエンホイ(楊顕恵)の小説『告別夾辺溝』を原作に、再度「反右派闘争」に取り組んだ初の長編劇映画『無言歌』がヴェネツィア国際映画祭で上映、自身初の日本劇場公開作品となった。2012年に製作された雲南省に暮らす三姉妹に密着したドキュメンタリー『三姉妹~雲南の子』でも、ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門グランプリ、 ナント三大陸映画祭グランプリなど数々の国際賞を受賞している。今年4月からはポンピドゥー・センターで開催される回顧展『ワン・ビン x ハイメ・ロサレス 文通する映画作家』にて全作品を上映する。
今回、第70回ヴェネツィア国際映画祭特別招待作品となった新作『収容病棟』(2013)が『第6回恵比寿映像祭 トゥルー・カラーズ』(2014年2月7日-2月23日、東京都写真美術館ほか)の上映プログラムにて日本初上映された。

 

 

『収容病棟』
監督 / ワン・ビン[王兵]、2013年、237分、香港、フランス、日本、製作 / Y.プロダクション、ムヴィオラ、配給 / ムヴィオラ

『鉄西区』の発表以来、常に新作が期待されるワン・ビンが今作で記録したのは、中国南西部、雲南省の隔離された精神病院に収容されている患者たち。病院内の200人以上の患者の誰もが自らの意志ではなく、ある者は家族に、ある者は中国警察または法廷によって収容の措置がとられ、殺人を犯した者、精神異常者と判断された者、薬物中毒やアルコール中毒、神経衰弱と判断された者、さらには、政治的な陳情行為を行なった者や「一人っ子政策」に違反した者もまた「異常なふるまい」を理由に収容されている。
ワン・ビンは2003年の秋に北京近郊の精神病院を見つけ、閉め切られた扉や窓、ところどころ剥げ落ちた壁などを目にして不思議な感覚を覚える。そこで暮らす青と白のガウンを着た患者たちは、戸籍を出生地から病院へと移されており、それは死を迎えるまでそこで生きていく。そんな彼らに強烈ななにかを感じ取ったワン・ビンは精神病院に生きる人々を映画にしなければならないと決意する。幾度かの撮影拒否を経て、2012年、雲南省の精神病院で撮影許可が下りると、映画の製作に着手する。
廊下を走り回る男、自分の身体に文字を書いたり、注射をねだったりする男、家庭内暴力で施設に入れられたと思われる男と、たびたび面会に来るその妻、下の階の女性患者と愛を語らう収容9年の男、帰宅処置がとられて家に帰る収容11年の男……。ワン・ビンはHD カメラを用いて、約3ヶ月にわたり彼らの日常を撮影し、237分の作品として結実させた。
本作はワン・ビンにとって、初めての日本との共同製作作品で、既にヴェネツィア国際映画祭で特別招待作品として上映され、第35回ナント三大陸映画祭では銀の気球賞を受賞している。2014年6月よりシアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開予定。

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