マーク・マンダース インタビュー

〈石脚〉のみがよすがとなる *1
インタビュー / アンドリュー・マークル


Dry Clay Figure (2014), painted bronze, wood, 101.3 x 42 x 45.1 cm, installation view at Gallery Koyanagi, 2015. Photo Keizo Kioku, © Mark Manders, courtesy Zeno X Gallery, Antwerp, and Gallery Koyanagi, Tokyo.

I.

ART iT 作品の詳細に入るための導入として、あなたが18歳のときに「建物によるセルフポートレイトが可能だ」と認識した特別な瞬間—それはアーティスト「マーク・マンダース」誕生の瞬間でもある—のことからはじめましょう。ひとりの人間がそのような若さで、このような揺るぎない洗練された認識に至り得たことに惹きつけられました。

マーク・マンダース(以下、MM) そうですね。しかし、それは至極当然でもある。当時の私は、物書きとして本を書きたければ、「私が体験したあれこれについて話す」というように、一人称で書くべきだと考えていました。その為、セルフポートレイトをつくることは、自分にとってなくてはならないものだったのではないでしょうか。しかし、その頃は小さな町に暮らしていて、話題などもなかったので、何か話すことができる架空の建物を思い描いて、架空の人物を想像していました。
驚くべきは、何かを語り、何かをつくり、さらにもうひとつ、もうひとつと続けていくと言語が出来上がるということで、つくればつくるほどより表現できるようになる。人間の発達を考えたとき、言語をつくることで初めて複数の概念を組み合わせたり、複雑な考え方が出来るようになったりして、進化の速度も上げられます。
私の作品はとても小さく、私自身も人間としてとても小さい。そして、私はいつか死に、誰もがいつかは死んでしまいます。けれど、それと同時に生きている限り、この世界で何かしたり、テーブルの上の物を動かしたりできるのは素晴らしいことじゃないでしょうか。そこに何か美しいものがある。そして、アーティストはそうした事を記録したり、行為を事物や展覧会の形に記録したりすることもできます。

ART iT あなたは1986年に「建物としてのセルフポートレイト」という概念を閃いた瞬間を、現在も続いている「超-瞬間」として語っていますが、だとすれば、あなたがキャリアを通じて制作してきたあらゆる作品は同じ瞬間につくられたことになりますよね。これはどう理解すればいいのでしょうか。例えば、アーティスト「マーク・マンダース」は、1986年以前に既に存在していたのかいなかったのでしょうか。

MM どうでしょう。セルフポートレイトをはじめたもうひとつの理由は、当時、ある人に恋をしたのですが、私は両親と住んでいたためにその人を呼ぶ場所がなかったということもあり、架空の建物を思い描くのは当然でした。おそらく少し変わっていると思いますが、あの状況に対する詩人としての理にかなった反応なんです。

ART iT では、言語に関して、あなたは自分自身が活用する言語のために言葉を発見しているとか、意識的に新しい言葉を生み出しているという感覚はありますか。

MM どちらも当てはまりますね。アイディアや作品は機械のようなもので、自分自身のために更なるアイディアや作品を生み出します。私はスタジオで起きていること、私自身の中で起きていることに細心の注意を払ってさえいれば良く、私がすごく気になっているのはその次の段階なんです。普段、私は非常にゆっくり制作を進めますが、ときどき、過去を振り返ったり、ずいぶんと変わってしまったものを発見したり、もしくは、ある作品に取り組んでいるとき、それが20年前の作品に変化をもたらしたりしています。
しかし、これは物書きだとしても同じことですよね。ある単語を書いて、次の単語を横に並べて、それに対して最初の単語の意味も変わり、それを続けるという方法で文章をつくりあげていく。それが言語の魔法です。

ART iT あの「超-瞬間」は、言語のための空間なのでしょうか。

MM そう思います。ですが、実際のところ、私をいよいよ魅了するのは、まるで言葉のように機能しながらも、頭の中には留まることのないオブジェです。いくつかの作品に関して、私は観客に時間よりも強く、ある瞬間に考えうることよりも強力なものを示すことに成功していると思います。
あるとき気がついたのですが、良い作品はまるで「円形」のオブジェのようになり、観客はその周囲で考えることができる。もし、ある側面しか考えないのであれば、別の側面を見ることはできません。つまり、すべてを同時に見ることができたとしても、すべてを全体的に考えることはできないのです。


Perspective Study (2011), offset print and acrylic on paper, wood, chicken wire, 57 x 42 x 4 cm. Photo Keizo Kioku, © Mark Manders, courtesy Zeno X Gallery, Antwerp, and Gallery Koyanagi, Tokyo.

ART iT 「Perspective Study」という作品では、あなたが言葉を選び、無作為に並べて、それらはあたかも新聞の見出しや記事のように並んでいます。この「不条理な」新聞を見るとき、すべての言葉がふっと眼に入り、人間は実際にそれほどの情報を一気に読み取ることができると気づきますが、逆に、新聞やテキストを読むときには情報の並びに意味があるという先入観を持っているので、意識を集中している言葉以外は見えなくなります。

MM そのほか、興味深いことですが、「Perspective Study」の制作はほかの作品のためにパピエマシェ(張り子)を必要としていたのがきっかけになっています。パピエマシェをつくるのに新聞が必要だけど、作品内に実際の時間を持ち込みたくないから本物の新聞は使えないし、すべての作品が同じ瞬間につくられたものであってほしいと考えているので、日付も入れたくない。そこで、偽の新聞をつくることでこの問題を解決しました。偽の新聞という方法を手にすると、遠近法を取り入れることができたので、遠近法のスタディへと変わっていきました。このように、何かをひとつつくったら、また別のアイディアが生まれてきたんです。

ART iT どこか果てしない概念上の遠近法や3次元という閉じた空間的な概念を行ったり来たりしているみたいですね。そういう意味では、あなたが最初にあの「超-瞬間」について考えはじめたときも、ちょっと違うかもしれませんが、存在を理解するためのもうひとつの方法だということですよね。

MM そう。そして、(建物としての)セルフポートレイトという概念を思い付いてしまえば同じことです。紙切れを手にして、そこに四角を描き、その中で自分自身のことを考え、そこで起きる物事を想像することができる。このように自分の世界をとても小さくつくることもできるし、それから、もう一度それを大きくすることもできる。こうした制限を通じて、詩の可能性を数多くつくりだしていきます。この作品で楽しみにしているのは、完成した後にその作品のために費やしたすべての単語、テーブル、新聞、椅子、黄色、犬といった単語のリストができることで、少ない単語で多くのことを語れたら素晴らしいですよね。

ART iT この話を聞いて、ジョセフ・コスースの「一つと三つの椅子」(1965)を思い出しました。あの作品は、言葉としての「椅子」、「椅子」と呼ばれるもの、「椅子」と認識されるものの間に交差するギャップや等価性を指し示します。

MM そこに詩が関係してくると尚更ですね。自分の作品に対する私自身の関心は、椅子をつくる無数の方法があり、椅子を使った作品のつくり方も無数にあることにあります。既存のオブジェを使って作品をつくる無数の可能性があり、私は本当に運良く、そのことについて考える時間がたくさんあります。自分さえ良ければ、一日中靴について考えていることもできるし、靴を使って作品をつくる方法を考えることもできます。それにもし一日で足りなければ、10年かけて考えることだってできます。


Left: Reduced Rooms with Changing Arrest (Reduced to 88%) (2001-02), installation view at Documenta 11, Kassel, 2002, with Machine Constructed to Provide Persistent Absence (Reduced to 88%) (1996-2002) in foreground and Staged Android (Reduced to 88%) (2002) in background. Right: Reduced November Room (Reduced to 88%) (2000), painted aluminum, iron, wood, ceramic, plastic, painted wood, stainless steel, sugar, paper, 710 x 1850 x 1250 cm. Installation view as part of Reduced Rooms with Changing Arrest (Reduced to 88%) (2001-02) at Documenta 11, Kassel, 2002. Both: Photo Geert Goiris, courtesy Zeno X Gallery, Antwerp. Bottom: Staged Android (Reduced to 88%) (2002-14), iron, wood, painted epoxy, painted canvas, clothes, 381.5 x 290 x 350 cm. Photo Peter Cox, courtesy Zeno X Gallery, Antwerp.

ART iT それでも、あなたのすべての作品が理論的に「1986年」まで遡るわけですよね。

MM その通りです。実は最初の頃はすべての作品に同じ日付をつけていたのですが、それを続けていくとこの世界では上手くいかないのだと気づきました。美術館も受け入れてくれませんし。私もこの現実世界にいるということです。とはいえ、もし大規模な展覧会を開いたとして、視覚的にはどれが初期の作品かわからないから、25年前の作品と新作を組み合わせるのも面白いですよね。全作品がたった今完成したかのように見えるという。
昨年、変わったことが起きたのですが、今回の東京の展示でも見せているような乾燥した粘土の彫刻をつくりはじめました。通常、私は作品が5分前に完成し、作者がたった今部屋を出て行ったかのように見せたいと考えています。しかし、この新作の場合は、一週間前に完成したものをそのまま放置しておいたように見えます。もちろん、実際はすべて着色されたブロンズでできているわけですが。
これまでにスタジオで作品が完全に乾いて、ひび割れたり砕けたりしたことが何度かあり、それが本当に好きだったのですが、当時の私にはそれをつくる技術的な力量がなかったので、それを凍結(固定)する方法をずっと探していました。

ART iT それこそ、あの「超-瞬間」に関わる問いですよね。例えば、アーティスト「マーク・マンダース」は年を取るのか、経験とともに成長していくのか、という。

MM 彼は18歳のままです。絶対に。それがアーティストとしての私の年齢で、人としての私は18歳と実際の年齢を行ったり来たりします。でも、誰にでもそういうものがあるのではないでしょうか。自分が自分になった年齢、瞬間というものが。

ART iT ということは、その「超-瞬間」は異なる時間を旅することができるワームホールなのでしょうか。

MM ええ。私は自分の作品をタイムトラベラーのように感じています。美術史には数多くの隙間があり、制作されるべき数多くの作品が未だにあります。私はそこへ行き、1920年代に制作されるべきだった作品をつくることができる。また、私は長きにわたり中世に制作されるべきだった物事に取り組んできました。「1920年という年にぴったりはまるものを制作する」。この問いは非常に面白く、考えるに値します。そして、それは制作可能です。


*1 ホラース・スミス「オジマンディアス」『対訳 シェリー詩集――イギリス詩人選9(岩波文庫)』アルヴィ宮本なほ子編、岩波書店、2013年。詩人、小説家であり、優秀な株式仲買人でもあったスミスが、イギリス・ロマン派の代表的な詩人パーシー・ビッシュ・シェリーと競作したソネット「Ozymandias[オジマンディアス]」の一節。

マーク・マンダース インタビュー(2)

マーク・マンダース|Mark Manders
1968年フォルケル(オランダ)生まれ。現在はロンセ(ベルギー)とアーネム(オランダ)を拠点に制作活動を行なう。86年に「建物としてのセルフポートレイト」という認識を得た瞬間のもと、一貫した制作を続ける。詩や言語への関心に基づき、彫刻や家具、日用品や建築部材などを用いて、抽象的かつ個人的な思考や感情を視覚化したインスタレーションを発表する。これまでに、サンパウロ・ビエンナーレ(1998)やドクメンタ11(2002)をはじめ数多くの国際展や企画展に参加。2000年代後半にはハノーバーやゲント、チューリッヒを自身初の回顧展が巡回した。2013年には第55回ヴェネツィア・ビエンナーレにオランダ館代表で参加。また、日本国内では『テリトリー:オランダの現代美術』(東京オペラシティアートギャラリー、2000)や『人間は自由なんだから:ゲント現代美術館コレクションより』(金沢21世紀美術館、2006)といった企画展に出品している。
今回、ギャラリー小柳では、ひび割れ朽ちかけた粘土彫刻に見えるブロンズ像やマンダースによる偽の新聞を用いた平面作品「Perspective Study」を展示空間にあわせて構成した。

マーク・マンダース
2015年4月14日(火)-6月13日(土)
ギャラリー小柳
http://www.gallerykoyanagi.com/

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