曽根裕 インタビュー (2)

彫る、編む、育む
インタビュー/アンドリュー・マークル、大舘奈津子

II.


19番目の彼女の足(展示風景), (1993)

ART iT 自宅の朽ちていく木の話と、ガーデニング式制作方法は興味深いです。そういった制作姿勢が、以前であれば映像や写真を通して記録として見ることが可能だったかもしれません。最近は作品の中にそうしたスタジオの外的な要素や時間の経過も組み込まれているのですね。

YS 作品と、ゴミになりかかった作品と、これから作品になるかもしれないゴミのなかに住んでいるようなことになっているから、そうしたものが普通の風景になってしまっていて、アートっぽく見えないんですよね。今は本当に人に会う時間がないです。作り込んでみたいという決心になってきたのかもしれないけれど、どうしても時間がかかる。10年、15年くらいやると自分のできること、できないこと、といったことが、前よりはわかるようになってきて、もしこの状態であと10年あるとしたら今のスピードだとあと何個作れるか数えるわけです。そう考えて、まずいと慌てだしたのが5、6年前かな。もっと作らなければと出来るだけ時間を切り詰めて制作しています。もうひとつ、若い頃は子供が小さかったから、面倒を見なければならなかったけど、今は子供が大きくなって、ちゃんと会話ができ、言えばわかる大人になった。そうしたことも含めて、今は芸術に費やす時間を出来るだけ多くしています。というか、出来るだけ他のことをやらないで絞っていかないと、自分のやりたい夢みたいなものが何個かあって、そこに間に合わない。

ART iT ところで、初期の「19番目の彼女の足」や「バースディ・パーティ」といった作品は、今の曽根さんからはどのように見えますか。

YS 私の子供たちですからね。最初に生まれたからお兄ちゃんってことになるかな。初期の作品という考え方もあるけど、一番のお兄ちゃんだね。だから、もう立派なものじゃないですか。立派に育ってほしいなってところですかね。どの作品も好きですよ。どんな作品も作っている時は精神的にだいたい似ているので嫌いな作品はないんですよね。嫌いな作品は発表する前にやめてしまいます。

ART iT 初期の作品のアプローチから現在のアプローチへの転換のきっかけというものはありましたか。

YS 毎日緩やかに変わってきましたね。初期の作品と今の作品というか、ちょっとアーティストぶっていうならば、私が作りたいものと私に求められているものは違うということがあり、それでいつもイライラしています。それはギャラリーやキュレーターたちがこういうものにしてくれ、ああいうものにしてくれということがあるわけですよ。それに対して私がなりたいものは常にズレているわけです。それはおそらくしょうがないことなんです。どんな芸術家もそうした問題を抱えていると思う。そういうズレは相変わらずあるし、そういう意味では初期も今もあんまり変わらないよね。今回もそうですが、毎回私は新人でデビューする、というぐらいの気持ちでいますけどね。わくわく感がなくならないように最近は工夫をしています。実は毎日ギターを練習しているんですよ。初心者っていうのはちょっとやると上達がわかる。だから、上手くなるのではなくて、初心者でいることを心がけて毎日練習して、毎日変わる、その上達度に対してわくわくとか、すごい青春を感じて、そのビビットな感じをぱくっと取って、アートの方へとその気持ちを持ち込んで、今日もわくわく作っちゃうぞ、というような作戦に出ていますね。


left: ポートレート. Photo: Grant Delin. right: リトル・マンハッタン(制作風景), (2010), 大理石, Courtesy the artist and David Zwirner, New York

ART iT 例えば、彫刻を刻んでいくときも、ギターと同じように毎回常に上達しているという気持ちはありますか。

YS ありますよ。大理石を彫ることについてはスタジオのある中国の街の中で私が圧倒的に一番上手いです。街で一番の職人さんが最後に彫れないところを私が彫りますし、その人とふたりで彫るときもあります。その街の一番上手い職人は志明さんといって28歳なんだけど、10年間、私の作品だけしか彫っていません。先日、ほかの光輝さんという48歳の職人が彫っている仕事が間に合わなかったときがありました。彼ももちろん一流の腕前なんだけど、そのベテランの光輝さんは私の作品を彫るのは今回が初めてで、私の作品についていえば、ずっと私の作品だけ彫っている志明に比べると私の考え方、彫り方を知らない。最初は私のスタイルをわかっていないので、私も工場の工員になったつもりで工具を持って、こうやって彫るんだよって見せながら進めていたのですが、2週間くらい彫ったところでこれはもう間に合わないと思いました。そこで、28歳の志明を呼んで3人で彫ることにしました。お前はここ、お前はここ、俺は下から彫るからっていって。その作品は木が二本あってその間から光が入ってくる彫刻で、私が下に潜り込んで彫る。私が一番辛い仕事なんですよ。モデルを見れないから下から撮った写真を持って彫る。ふたりが上で彫ってるので、粉がバンバンバンバン雪のように降ってくるわけですよ。

ART iT 聞いているとすごく楽しそうですね。

YS すごく楽しいよ。私が職人さんよりも働くから誰も文句は言わないし、ポリティクスは起きないね。誰よりも働くから石工さんもみんな楽しくついてきてくれるし、冗談を言いながらいっしょに彫っていると楽しいですよ。彫りっこっていうんですか。やっぱり作ること自体がエンターテインメントだから、こうなってくると腕自慢大会みたいなものです。普通、職人さんは工具を人に触らせませんが、その街にもう10年いるので、ちょっと貸せといったらすぐに使えます。みんな私が一番上手いのを知っているので。

ART iT 若い志明さんが曽根さんの作品しか彫っていないというのはすごい話ですね。

YS 他のものは彫るなといっているんですよ。要するに工芸の量産品とかを彫ると癖がつくからね。だから、そのためだけに仕事を作ったりしなきゃいけないけど。その街の職人さんの中にはインターンしている人もいて、育成もしなければいけないのです。工場長が55歳で私が今46歳、だいたいそれくらいの歳になるとベテランなんですが、ベテランの人たちはだいたい目が悪くなっちゃったり、口が悪くなっちゃったりして、今度はディレクターになるわけです。うちも代が変わってきているのですが、ベテランをどうしても入れたくて、今回ひとり入れて、若い職人である志明は上手いけど、まだ若いからやっぱり若さならではの我があって、ふたりで彫りたくないという気持ちがあったりします。でも、そういうものを超えてもらわないと彼も大きくなっていかないから年上のベテランである光輝を入れてきて、最後は私も入って3人で1週間くらいかな。私が朝7時から入って、ひとりは後半、夜に入れて、もうひとりは通常の時間でやる、というふうに皆で彫り続けました。


リトル・マンハッタン(制作風景・部分), (2010), 大理石, Courtesy the artist and David
Zwirner, New York

ART iT では、作業をしているときはかなり激しい状態ですか。

YS いや、作業しているときは慌てているとだめだから心はフラットです。見た目は激しいですが、心はすごく穏やか。間に合わないといっても直前で言うのではなくて、1ヶ月じゃ間に合わないことが数ヶ月から1ヶ月前の間にはわかるので、作戦会議をして、3人体制にしようと決める。今回のクリスタルも9個新作を作ったんですけど、だいたい2月くらいの段階で時間がこれだけないと、後半の磨きに問題が出て、磨きを焦ると表面温度が上がってしまって割れてしまうんですね。だから出来るだけゆっくり作業したいんです。5月くらいには今の体勢では間に合わないということがわかったので、6月くらいにチーム編成をちょっと変えて、間に合うような形にしました。だから、現場を見ればワイルドに見えますよ。石の原石や大理石を運ぶときも7トンなんてすぐにいきますしね。石はフォークリフトで運ぶのですが、積載が6トンまで、7トンになると後が上がってしまうので人が乗るんですね。フォークリフトは後ろでハンドルを切るリアステアなので人が乗っても上がってしまうとハンドルが切れないのでお手上げです。お手上げになってはじめて「重い」と考えるのですが、そこでどうするかというと、もう一台のフォークリフトと合わせて、蟻が葉っぱを運ぶようにして2台で運ぶんです。フォークリフトに乗るとき、男たちは背中でかっこつけるんですが、そういうのを見ているのが好きです。石工たちはあまりしゃべらないし、私もしゃべりませんが、これでどうだって感じにただ背中で格好つけている。ひとり乗ってもまだ後部が浮いているときは、もうひとり、もうひとりって。これでどうだ、いけるじゃねえかって運んでくるんですよ。そうして運ばれてきた7トンくらいのものをまずクリーニングします。グレーのところを取ると3トンくらいになり、それを仕上げると1.7トンくらいの作品になります。5トンから7トンくらいの石を買ってくると、だいたい3トンくらいの真っ白い部分が入っている。

ART iT 7トンの石を見て、どういった形になるのかという想像力があるわけですね。

YS いや、石は見ないですよ。最初にマケットを作って、これを作れる石を探してこいって言います。いつも石を買っているところは四川省なんですね。四川省と山東省の白い石が私は好きで、たくさんあるんですが、特に四川省の石は私には彫りやすくて、ちょっと粘性がある。山東省のはきらきらきれいなんだけど、ちょっとざらっとした感じ。どっちの石もヨーロッパの石よりもはるかにグラッシーなんです。


left: 木のあいだの光 #2(制作風景), (2010), 大理石, Courtesy the artist and David Zwirner, New York. right(both): 『雪|曽根 裕展』Maison Hermès Le Forumでの展示風景. Photo: ART iT

ART iT 豊田市美術館の展覧会カタログでコラボレーションの話をしていらっしゃいました。そこでは建築の設計事務所のようなコラボレーションの仕方はあまり好きではないといったことが書かれていましたが、職人との作業というコラボレーションは、そういった建築のものとは異なるのでしょうか。

YS 建築の場合は指示書を作り、実際に建物を作るわけではないですよね。そういう意味で自分には合ってなかったのだと思います。指示書の制作にもグループがあって、それを大工さんが見て作りますよね。事業が大きいからそうせざるを得ないのですが、職人さんたちとのコラボレーションはもう少し実務的でシンプルです。失敗、彫り直し、次の石といった感じで。もうちょっとダイレクトだね。私自身、けっこうシンプルな原始人なんですね。
テレビもないし、インターネットもそんなにやらない。電話は高いのを持っているけどほぼ使いません。電話はEメールのために使うときはあるんですが、どちらかというと、ただカチャカチャって持っているのがうれしいんですね。移動するときに持っていたくて、でも移動が終わるとどこに置いたかわからないといった感じです。小物が好きで、鞄にポケットがついていると、なにか買って入れたくなって、なにか中に入れているとうれしいタイプです。でもそれを自分では使えないんですよね。iPodも一番容量の大きいものを買って、どこの美術館に行っても便利じゃないかとか思って、全部のデータを入れてみたけれど、結局は全然使っていなくて、今回は持ってきてもいないです。コンピューターを扱うことに憧れているんですけどだめなんですよ。一方で工具はけっこうどんなものでもいけるんですけどね。


『雪|曽根 裕展』Maison Hermès Le Forumでの展示風景. Photo: ART iT

ART iT 最後に詩についてお聞きしたいのですが、今でも詩は書いていますか。

YS いつも書いています。詩のときもあるし、小話のときもあります。

ART iT それらに関してはどういうアプローチをしていますか。

YS ノートに手書きです。けっこうくだらないことをいっぱい書きますよ。なんでも思ったことを書いてしまいます。それが詩だけでなく、例えば、明日の朝はどこから始めなければいけないかとか、今不明解なものの不明解さを明解にしてはいけなくて、この不明解さをとっておかなければならない場合は、ここは絶対「untouch until〜」(〜まで手をつけない)、といったくだらないことも含めてなんでも書きます。英語、日本語、中国語も使います。中国の職人さんに見せなければいけないときもあるから。

ART iT メモが詩になったり、詩がメモになったりしているということでしょうか。

YS エクリチュール、書き綴る。書き続けていますね。今回エルメスでの展覧会の際、初めて自分の文章を印刷してもらいました。これまではインタビューもあまりしなかったんですよ。サービス精神はある方なのですが、出し始めると今度は限度がわからなくなってしまう。社会性がないから、どのくらいサービスしていいかわからなくなってしまうんですね。わからなくなってしまうとまた問題。問題が起きるとよくないからインタビューも含めてあんまり外には出ていませんでした。でも、もう少しやさしくコンセプトを話してもいいかもしれないと思ったので、今回は自分で書いてみたものを初めて出しました。

ART iT 久しぶりの東京はいかがですか。

YS 10年前も、今も展覧会が終わったら、次の日に飛行機に乗るようにしています。あんまりこういうきれいなところに長くいると、浮かれて、自分がすごいアーティストだと錯覚して次の作品に影響を及ぼすから、さっさと帰ってまた質素な生活をしながら毎日作らないといけない。アーティストは褒められすぎると腐っちゃうんですね。だから、「野生動物にエサを与えないでください」っていう看板を作ろうかと思っています。我々、日常はけっこう地味なんですよ。

「雪」 曽根 裕展
2010年12月10日(金)-2011年2月28日(月)
メゾンエルメス8Fフォーラム
https://www.art-it.asia/fpage/?OP=hermes

曽根裕『Perfect Moment』
1月15日(土)-3月27日(日)
東京オペラシティアートギャラリー
http://www.operacity.jp/ag/exh126/

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