ヤン・ヘギュ  『Voice Over Three』

ヤン・ヘギュ 
『Voice Over Three』
2010年8月21日-10月24日
アート・ソンジェ・センター、ソウル
http://artsonje.org/eng/


Seoul Guts, 2010

2009年の第53回ヴェネツィア・ビエンナーレ、韓国館での展示が記憶に新しいベルリンとソウルで活動するヤン・ヘギュの個展がソウルのアート・ソンジェ・センターで開催されている。彼女にとって、今回が韓国において初めての美術館での展覧会となる。

ヘギュの作品は、社会における共同体の概念を抽象的な視覚言語を使って表現し、私的な記憶、経験、歴史上の人物や出来事を基に個人と社会の関わりを問いかける。一貫するプロジェクトの背景には現在の社会や政治に対する考察があり、写真、ビデオ、スライドプロジェクション、彫刻、ドローイング、と多岐にわたるメディアを用いた作品を制作している。

今回の個展の展示構成はフロアごとに大きくふたつに分かれており、2階に2000年の作品から2010年に制作された最新作の展示、3階にスペイン、ビルバオの非営利アートスペース、Sala Rekaldeで、2008年に発表されたインスタレーションを今回アートセンターのスペースに合わせる形でリメイクした展示をおこなっている。

2階に展開される、最新作を含みつつ過去の作品を回顧する展示は、アーティスト自身による展示デザインで、4つの緩やかな角度の三角形のパーティションを設置することによって、山並みを思わせる風景を作り出している。それによって、もともとの展示室に壁面が増え、異なるメディア作品の展示がより自然な形で行われている。


installation view

ヴェネツィア・ビエンナーレのために制作された作品のひとつ、「Doubles and Halvee-Events with nameless Neighbors」(2009)は、ヘギュがかつて住んでいたソウル郊外の安養市の村とヴェネツィアのビエンナーレが開催されるジャルディーニ公園で撮影された全く関係のないふたつの場所を概念的につなぎ合わせ凝縮させたビデオ作品で、今回初めて韓国での展示となった。
また、韓国の新聞に掲載された不動産広告を集めた162点のカラースライドプロジェクションの作品、「Dehors」(2006) はその裏面に書かれた記事を露にすることにより、メディアと広告、事実と虚実、真実と操作された出来事、などの隠れた対比と、その存在を明らかにしている。

今回、展覧会の為に新たに制作された5点の彫刻作品が「Seoul Guts」(2010)である。金属で出来た構造体に様々なオブジェや照明、コードを組み合わせた作品は、すべて制作した場所で集められた素材であり、アーティストの日常性に対する興味と地域性に拘る姿勢が窺える。しかしながら、一方で彼女自身が手芸で作ったオブジェを除いては、素材のほとんどが工業製品によるアッサンブラージュ作品であり、その意味では場所に対する愛着や感情的な関係性を見いだすことは難しい。


Series of Vulnerable Arrangements-Shadowless Voice over Three (2008)

3階に展示された「Series of Vulnerable Arrangements-Shadowless Voice over Three」(2008)はインスタレーションとして成功している。
この作品にも使われているブラインドはヘギュがしばしば用いる素材である。これまで、ヘギュによるブラインドを使用した作品の多くは仕上がりの質にムラがあり、決して完成度の高いものではなかったが、今回のインスタレーションについては成功していると言えよう。展示空間の中に白、ナチュラル、黒そして多色ブラインドをパーティションとして使用し、3つのゾーンを作り出している。各ゾーンには、鏡、4つのヒーター、5つの扇風機、8つの動くライト、6つの異なる匂いがゾーンによって組み合わされ、それぞれが絶え間なく動くことによって空間の様相は変化しつづける。そうした3つのゾーンの脇の空間には、マイクが立てられており、観客はそのマイクに向かって声を出すことを促される。そうして出された観客の声の介入によって、事前にプログラムされていた部屋全体のインスタレーションのリズムが遮られ、変化する。
展覧会という場においては、アーティストだけが決してすべてをコントロールすることは出来ないという不条理を提示しているのである。

空間の特徴を暴くというアーティストの意思とは逆に、曲線的な難しい三角形を持つ、アート・ソンジェ・センターの建築的欠点を感じさせない美的なインスタレーションが館全体に徹底された展覧会となった。

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