ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR —世界はどこまで知ることができるか?—

ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR —世界はどこまで知ることができるか?—
http://www.yokohamatriennale.jp/
2011年8月6日-11月6日 11:00 – 18:00
休日:8月、9月の毎週木曜日、10月13(木)、10月27日(木)
会場: 横浜美術館、日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)、その他周辺地域


ウーゴ・ロンディノーネ「Our Magic Hour」(2003) All photos: ART iT

第4回にあたるヨコハマトリエンナーレ2011は、スイス人アーティスト、ウーゴ・ロンディノーネの作品タイトル「Our Magic Hour」(2003)からとった「Our Magic Hour —世界はどこまで知ることができるか?—」をテーマにしている。

今回より運営主体から国際交流基金が外れ、横浜市がソフト面も手掛けた初めてのトリエンナーレである。その変化の象徴として主要会場のひとつに横浜美術館が使用され、同館の所蔵作品を組み込んだものとなっている。
トリエンナーレ総合ディレクターを務める横浜美術館館長の逢坂恵理子の記者会見での発言によれば、美術館を会場に使用することは横浜市の意向であり、逢坂の館長任命以前から決定していたことであったらしい。そうした条件を踏まえた上で、アーティスティックディレクターを務める、パリにある現代美術センター、パレ・ド・トーキョーのキュレーター、三木あきこは、所蔵作品使用を容易にする上記のテーマを設定している。
組み込まれた美術館の所蔵作品は、しかしながら、コンスタンティン・ブランクーシ、ポール・デルヴォー、イサム・ノグチ、マックス・エルンストなど館の目玉作品である故に、館を訪れた人ならば必ず目にしたことがあるものであり、その選択には新鮮さを感じることができなかった。これまで、自館の所蔵品からアーティストに作品を選んでもらい、日の目を見なかった所蔵品を使って展覧会を行うなど、コレクションが持つ新たな可能性について意欲的な企画を行ってきた横浜美術館であるがこそ、今回、いわゆる名品が展示されていたことは残念であった。だが、もしかしたらこうした作品選択も市側の意向なのかもしれない。
それに加えて不可解であったのは、館の所蔵作品の多くの図像がガイドブックに掲載されていないことである。著作権使用料支払いなどののっぴきならない事情があると推測するが、出品作家の図像掲載があり、また多くの作品において鑑賞者による写真撮影を許可させた以上、その不掲載の理由は公開するべきではないだろうか。


Top: ジェイムス・リー・バイヤース「Five points make a man」(2001/2008) Middle: 落合多武「猫彫刻」(2007) Bottom/Front: ウィルフレド・プリエト「One」(2008) Bottom/Back: 冨井 大裕「ゴールドフィンガー」(2007)

展覧会を全体的に俯瞰すると、テーマ設定を広くし、各種のキーワード(「起源(無からの創造)」「錬金術」「儀式」「夢・無意識」「世界を測る」など多数)を組み込んだ(三木)ことによって、鑑賞者の誰もが簡単に理解のきっかけを持つことができるものとなっている。美術館での展示は特にその傾向が強く、視覚的な効果に特化した展示はそれ自体がマジックのようでもある。
視覚的に煌めきを持つ作品の数々は、人々を引きつけるに十分であるが、それが故に作品への深い理解を表層的にとどめてしまう危険性があるように感じた。世界に存在する、もしくは存在するかもしれない不思議な世界の断片を見せられて、それが導きだすものは何か、というテーマは、一方でそれが極めて不透明である、ということの裏返しでもあるだろう。
会場入口近くに展示されたジェイムス・リー・バイヤースのパフォーマンスは、本人が存命中に上演されなかった事実がさらりとガイドブックで語られているが、そもそも自らの死の前から「The Death of James Lee Byars」(1982)や「James Lee Byars is Dead」(1987)という作品を制作するような極めていかがわしいマジシャンのようであったバイヤース自身のまがまがしくもあった作品が、その文脈が説明されることなくいかがわしさを失い、ダイヤモンドのきらめきが美しいものとして見せられ、アーティストの詳細な指示に基づくとされるパフォーマンスは、荘厳なものに見えていた。その一方で、2008年のカルティエ・アワードを獲得したウィルフレド・プリエトの作品「One」(2008)に関しては、隠されたダイヤモンドよりも28万個の模造ダイヤを合計した方が金銭的価値は高いというもうひとつの矛盾が伝わりにくかったようにも思える。


Top: 田中功起「美術館はいっぺんに使われる」(2011) Bottom: 杉本博司「海景五輪塔、スペリオル湖」(2011)

日本人の若手作家の作品が多いことが今回のトリエンナーレの売りでもあり、出品作家のひとりでART iTコントリビューターのひとりでもある田中功起も記者会見でそのことがもつ意義について語っていた[注1]。そのステートメントともとれる言葉は、心情的な理解を広く得た様子であったが、会場内に散在する彼らの作品は決して魅力的とは言いがたく、小さなジョークといった愉しみを提供するに留まっていた。田中を除いては国際展への参加経験が乏しいことも理由にあるだろう。今回で得た経験を礎にした今後の飛躍に期待する。
その文脈においては、杉本博司のインスタレーションは、失笑を買った福武ハウス[参考]における駄洒落の展示の延長ながら、自作品と組み合わせることで見事に昇華し、展示デザインの美しさもあわせ、落ちをつけた点で見事であった。自らの所蔵品と自作との組み合わせの妙は本家本元の貫禄で、収蔵品をそのまま見せた本展を揶揄したつもりはないではあろうが、そうした手法の先駆者たる実力を見せつけた。同様に、杉本作品の近くに展示されていた荒木経惟によるインスタレーションも、主にここ近年ギャラリーで発表された作品——『センチメンタルな旅/春の旅』『古希の写真』(ともに2011)など——で構成されていたにもかかわらず、たった1点「被災花」(2011)という新たな作品を付け加えることで、その死に至る作品群を希望へと転換しており、写真を使った語り部としての本領を発揮したと言えるであろう。


Top: 荒木経惟「被災花」(2011) Middle: ミルチャ・カントル「聖なる花」(2010) Bottom: ミルチャ・カントル「一片、同じもの」(2010)

東日本大震災の影響で、作家側からの希望による出品作変更も少なからずあったと聞く。しかしながら、展覧会全体を通して厳しい現実と向き合っているものが非常に少なく、どちらかというと希望を持ち続けたい、という方向性を持っているものが多い印象を得た。
BankART Studio NYK(日本郵船海岸通倉庫)に展示された作品は、霧、砂、植物、動物と、こちらも単純なキーワードで分類可能な作品群であったが、美術館の展示に比べるとよりスペクタクルなものが多く、作品の間をすり抜ける展示構成は鑑賞者に魅力的にうつるかもしれない。
ミルチャ・カントルによる「聖なる花」(2010)は、アメリカ製の銃M16を組み合わせて創り出した写真作品で、タイトルも含めシニカルな意味も含まれる作品であり、同様に展示されていた「一片、同じもの」(2010)も完成しないイスラエル地図という社会的な問題を提起する作品ではあったが、愛玩動物の猫が活躍した痕跡が残る落合多武の作品の前では、その政治性はあきらかに薄れてしまった。
圧倒的な作品の魅力を持つクリスチャン・マークレーの「The Clock」(2010)は、何度見ても同じ場面を見ることが難しく、見る度に高揚を押さえられない作品として必見であるが、この作品がビエンナーレの最後を飾る作品とされているのはどういうことかと考える。自由な観覧を推奨しながら、最後に見る作品のひとつとして指定されることも疑問だが、コンセプトから推測するに、エンターテインメント性を持つ、現実とフィクションの時間の境を行き来する作品で終わりたい、ということだったのだろうか。

展覧会を通じて、「がんばろうニッポン」的な楽観的とも言える世界の肯定——震災も中東情勢も経済危機も存在する深刻な現実から目を逸らして、フィクションやアミニズムの世界が誘う時間を楽しむこと——が求められているのだとすると、あまりにもつらい現実が外で待っている。厳しい現実からの現実逃避としての「OUR MAGIC HOUR」なのか?日々問題が深刻化する、現在我々が生きる困難な時間がすべて夢であって欲しい、と願う我々自身の夢物語にすぎないのかもしれない。

注1 Togetter「ヨコハマトリエンナーレでの田中功起さんのステイトメント」by heliograph1950: http://togetter.com/li/172613
(文中敬称略)
*人名のカタカナ表記はヨコハマトリエンナーレ2011で使用されている表記に統一した。

フォトレポート
ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR –世界はどこまで知ることができるか?– Part1 (横浜美術館)
ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR –世界はどこまで知ることができるか?– Part2(BankART Studio NYK)
ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR –世界はどこまで知ることができるか?– Part 3

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インタビュー クリスチャン・マークレー「The Clock」(2010/12/24)

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