34:「B級ホラー」外聞 — 記録と媒介

2013年3月21日
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志賀理江子「螺旋海岸」展を論じた前2回分の批評、通称「志賀写真=B級ホラー」説は、写真音痴たちの熱に浮かされたような「大絶賛」に対してバランスを取るために書いたものだが、東川賞受賞作家展ディレクターの楠本亜紀氏が公開ブログの中であらためて「螺旋海岸」展を論じられ、そのなかで大方の黙殺を破って私の批評に言及している。読者はまず、私と写真音痴に対して等しく距離をとる黄金の中庸といった趣の氏の展評を読んで頂きたい。


楠本亜紀|志賀理恵子 「螺旋海岸」展


人目を引くエフェクトではなく、想像力を働かせて見出される「細部」にこそ志賀写真の可能性を見るべきであり、その可能性とは、かつての中平卓馬の議論にも通じる、記録と媒介の豊かな相互的関連である、と。では、非本質的なエフェクトが圧倒的に前面化している理由は何なのだろう? 記録と媒介について氏が考えたいことを、志賀写真に投影しているのではないか? というのも、どこか無理のある弁護が「細部」に現れているからである。

こうした要素はB級ホラーに限らず、写真が発明された19世紀当初から盛んに心霊写真として用いられてきたものでもあることを考えると、志賀の写真は写真発明初期の原初的なイメージに通じているともいえる。[…] ベンヤミンも言うように、幽霊的なもののなかには、生命を生み出すすべての形式(分裂や生殖など)が、存在形式としてあらかじめ形成されているのである。写真によって自身の身体性を代補させようとする志賀の写真が、こうした形式を多用するのはさして不思議なことではない。(同記事・本文注2)


写真の本質に幽霊的なものがあるということと、幽霊や心霊を文字通り写真に写し込むこととは別のことである。ベンヤミンが念頭に置いているのも、19世紀のダゲレオタイプの肖像写真や風景写真、あるいはアジェの写真のことであって、エクトプラズムや降霊を様々に写し込んだ心霊写真のことではない。まさか「写真発明初期の原初的なイメージ」を、心霊写真に代表させることは出来ないだろう。B級ホラーとは、そしてその通俗性とは、眼に見えない写真の幽霊性を、眼に見えるエフェクトとしてそのまんま表現することなのであり、志賀理江子の写真が「こうした形式を多用する」のがその例である、と私は論じたわけである。

あるいはまた次の箇所で、楠本氏は一見B級ホラーに見える志賀写真も、よく見れば「写真から読み取ることのできる細部」が存在し、それは「手仕事感」だと言われる:

志賀の多くの写真はこうした安価な手仕事感で満ちている。だが、その安価さはB級ホラー感を増すというよりは、その作品が草の根的な人力を頼りに手間暇をかけて設えられた手わざと労力の集積であることを、見る者に伝えている。それは志賀の写真に写された人物からもうかがえることで、どう見ても写真馴れをしているとは思えない年嵩の人物たちが奇態を演じている様からは、その写真が生み出されるまでに志賀と被写体の間で地道な対話の積み重ねがあったことが想起される。そして、それらの細部が、志賀の写真をエンタテイメントな消費を促すだけの通俗性とは一線を画する要因をなしている。(同記事)


志賀写真の細部に手仕事感が現れており、そこに「共同作業」の時間性が読み取れること —そのことに異存はない。「いっしょうけんめいつくりました」とはそういうことである。ただし、「草の根」「コラボレーション」「共同作業」とは本展批評で良く聞かれる美辞麗句であるが、志賀写真にそれを適用するのは無理である。草の根の自発性、共同作業の対等性、どちらも制作エピソード(被写体の了解や協力を仰いで制作するのは写真作家ならあたりまえのことである)としてならともかく、我々一般観客に届く結果としての志賀写真には存在しない。作品の最終的な映像のありかたや展示の決定権は、あくまでも作家が握っており、事実、作品に共同作業者や被写体のクレジットはないからだ。住民はなるほど協力的で、自発的に提案もしてくれただろう、しかしその協力や提案を取捨選択する権利と責任を持っていたのは志賀である。権利関係が対等でなく、連名でもない以上、こういうものを「コラボ」とは呼ばない。被写体は奇態を「演じて」いるのではなく「演じさせられて」いるのであり、素人を使うときに演出家が「地道な対話の積み重ね」をするのは当然のことである。そもそも、被写体との地道なコラボが本当に大切ならば、それを塗りつぶすようなエフェクトは使用されなかったはず。というわけで、やはり志賀写真は「手仕事感満載の」B級ホラーなのであった。

                      *

「螺旋海岸」展をも敢えてその射程に留めおく楠本氏の本来の関心は、むしろ記録と媒介の問題に向けられている。

特にアトリエを構えた北釜の住民との共同作業で作られたものは、志賀自身の絶対的な意識のフィルターによるエフェクトが加えられたイメージと、被写体の側が演じることによって生み出したイメージが拮抗して存在し、それが媒介となって見る者に新たなイメージを生み出す力をもつ。(同記事)


上で述べたように、エフェクト(例えばホラー効果:A)と被写体の演技(例えば手仕事感:B)の関係は、Aに対してBが細部に留まっているという優劣に加え、AもBもともに事実上作者の支配下にあるからとうてい「拮抗」にはならない。「拮抗」や「新たなイメージ」は、とりあえず現在の志賀写真とは関係ないというべきであろうが、楠本氏が拘っている写真の「記録性」と「媒介性」は古くて新しい問題である。本文中の中平卓馬引用(*1)に重ねていくつか引用しよう:

写真家は世界と自らの関係を四角いフレームに切り取って提出する。それは自らに向かって提出されると同時に他者へ向かって提出される。提出された他者はそれを再び選択し、選分する。そのような選択のサイクルが実は人間と人間とのコミュニケイションを成り立たせるものであろう。そのようなミリューとしての写真をぼくは考える。ぼくが<思想のための挑発的資料>とよぶ写真とはおよそそのようなものなのである。(中平卓馬「同時代的であるとは何か」(*2)

[…] だが1枚の写真の空間に限定するのではなく、時間と場所に媒介された無数の写真を考えるとき、1枚1枚の写真のもつパースペクティヴは次第にその意味が薄められてゆくのではないか。つまりそうすることによって時間に媒介され、無限に乗り越え、乗り越えられるもの、それはまさしく世界と私、それら二元的対立を包み込んだ場としての世界の構造を明らかにしてゆくことが可能なのではないか、ということなのである。(中平卓馬「なぜ、植物図鑑か」(*3)


中平は、まずドキュメンタリー(あるがままの現実の記録)とピクトリアリズム(作家の自己表現、作品としての写真)という二項対立の外に写真を位置づけ、そのうえで写真が現実世界に対してもちうる批評的=批判的な可能性を探ろうとする。すなわち、近代写真を導いてきた「あるがままの現実」というイデオロギーを批判すると同時に、最初の引用の続きでは「だから写真はけっして完結した作品であったりしてはならない、いわんやあれこれの工夫をこらした作品であったりしてはならない」と述べるのである。写真は写真である以上、自動的に媒介性を帯びるのであり、そこに透明中立な「あるがまま」を措定するのは裁判官=国家権力の立場をとることに他ならない。しかしだからといって、その媒介性が恣意的な自己表現や作家性に流れるとしたら、写真は写真の本質(記録性)から離れることである。すると「ミリューとしての写真」とは、あるがままではないドキュメンタリーであり、かつ完結した個人作品ではなく、そして1枚1枚の写真のアイデンティティを不断に更新し続けるプロセスとしての写真…とでも言えるだろうか(*4)

だが、他者とのコミュニケーションや対話を前提とした、言わば民主的な写真群が、思想を挑発する力を備えうるであろうか。写真の挑発力は、写真のもたらす切断や非連続性の残酷さと切り離せないのではないか。ドキュメンタリーは大なり小なり他人の不幸のドキュメントである。そこでは例外的不幸の直中にある者を、外から来た者が(結果として)一方的に取材し、被写体を一個人としてではなくその不幸の一表象として、つまり自分の写真の一枚として扱うという傲慢な権力関係が自動的に生じる。ウォーカー・エヴァンスの小作農の妻、ユージン・スミスの水俣病患者、有名なドキュメント写真の被写体となった人々が、恨みにも似た複雑な感情を抱えるに到るのはそのせいである(*5)。写真の本性から自動的に発生するこの暴力に対して、対話や挑発といった対等の関係を前提とする「ミリューとしての写真」はややユートピア的、観念的にすぎるだろう。他方で、我々は<思想のための挑発的資料>と呼びうる写真を実際に知っている。写真と意味、写真と言葉について考えるとは、例えば東松照明の長崎写真やレヴィ=ストロースのインディオの写真について、記録と媒介、拮抗する諸力、生み出されるイメージを、写真自体に即して記述することに他ならない。




上記いずれもレヴィ=ストロース『ブラジルへの郷愁』(川田順三訳、みすず書房、1995年)より。(Claude Lévi-Strauss Saudades do Brasil: A Photographic Memoir Plon, 1994/2005.)


  1. 中平卓馬「ドキュメンタリー映画の今日的課題」『なぜ、植物図鑑か 中平卓馬映像論集』ちくま学芸文庫、2007年、136頁(楠本氏のご教示による)。

  2. 中平卓馬『見続ける涯に火が… 批評集成1965−1977』八角聡仁編、OSIRIS、2007年、86頁。

  3. 同304−305頁。

  4. プロセスとしての写真、などと回りくどいことを言わず、そのまま映画を作るほうが賢明かも知れない。クレメンス・フォン・ヴェーデマイヤー(Clemens von Wedemeyer)の一連の映像作品など(3月24日まで、大阪の国立国際美術館における『夢か、現か、幻か』展で「第4の壁 Die vierte Wand」(2008-2010)が上映中)。

  5. 例えば石川武志『MINAMATA NOTE 1971〜2012 私とユージン・スミスと水俣』千倉書房、2012年、139-140頁参照。


清水氏関連情報:
「Showcase #2 curated by Minoru Shimizu」開催
出展作家:いくしゅん、城戸保、滝沢広、原田要介
期間:2013年4月5日~28日(金土日開廊:12:00〜18:00)
会場:eNarts(京都 祇園円山公園内)
詳細:http://www.en-arts.com/

いくしゅん作品より


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