26:脱色でも褪色でもなく — 森山大道の最新作カラー写真<1>

2012年6月5日
「一枚の写真」「あなたが選ぶ一枚の写真」などと言う。が、写真は「一枚」で成立するだろうか。これは写真の背後に文脈があるとか言うことではない。写真が一枚では完結しないと言いたい時、人は必ず文脈を持ち出す。最近の流行で言えば、ユリの花を撮って「放射能汚染の百合だ」、あるいは交差点の写真を撮って「暴走車両によってここで8人死んだ」など。写真にキャプションの政治を持ち込むわけである。それとは対照的に、例えば2006年に国際写真センター(ICP)インフィニティ賞のWriting Awardを穫ったジェフ・ダイヤー の『The Ongoing Moment』という、アメリカのストリートフォトグラフィをめぐるエッセイがある。ダイヤーは、フランクの『The Americans』が(フランク本人が、ではない)いかにエヴァンスの『American Photographs』を参照しているか、言いかえれば、ある写真における個々のモチーフとその配置 — 例えばタルボットの、黒く四角い開口部に箒が立てかけてある光景や積み藁に梯子がかけてあるイメージ、あるいは戦前の写真に頻出する帽子を被った男のイメージ — それらが、まるで遺伝子の様に、知らぬ間に後の写真家の写真の中に登場する現象を列挙するのだ。つまり写真は写真の中で撮られ、写真の中で見られ、写真を記憶している、と。実際、スナップショット、特にアメリカ写真と言われるジャンルの写真集を何十冊か見ると、写真家たちが同じものばかり撮っていることに驚かされる。ガソリンスタンド、立ち並ぶ電柱、看板、文字、帽子。佇む男、冬枯れの木。こんなに限られたモチーフばかり撮っていていいのか?と思えるほどに、様々な写真家たちの写真は遺伝子を共有している。

写真の多重性、すなわち1枚の写真には潜在的に何枚もの写真が重なり合っていること、森山大道の「記憶」とはそのことである。2003年の『森山大道全作品集』以来、森山大道には回顧展と過去の作品集の復刊が相次いだ。過去との対峙は、当然、新作に影を落とす。その最初の徴候は『ブエノスアイレス』(05年)に始まった。現在の自分(シャッターを押す指と写真を見る眼)に、過去の(写真の数だけある)自分が混じる事態を表現の核に据えたのがこの写真集である。作家は過去からの光に向かって反応し、それゆえの逆光写真がブエノスアイレスを満たした(逆光の犬の写真が象徴的)。さらに『写真よさようなら』復刊、『記録6号』の再刊、『新宿+』『it』(06年)『大阪+』(07年)と続く写真群には、ある方向性が浮かびあがり、『ハワイ』(07年)がその集中的な表現となった。「記憶」と言うと不可避的に個人の追憶の物語がついてくる。しかし新宿と違ってハワイには森山の記憶は一切ない。記憶が無い場所で記憶の写真をする、写真は写真を記憶しているのだから —『ハワイ』はそういう写真集であり、その意味で大胆な写真集であった。

「記憶」とはノスタルジーにあらず、一枚の写真が多数の写真群への出口となることである。そうして溢れ出てきたここ数年の写真的記憶は、森山が中平卓馬と再会し(88年)、『Hysteric No.4』(93年)を準備していた時代を指している(*1)。それは、写真のモダニズムに「さようなら」を告げた森山が、次の方向を見いだせぬまま浸り込んでいた『光と影』(82年)の感光フェティシズムから、復活した中平卓馬に刺激されて原点回帰し、新たなスタートを切ろうとする時期である。その方向を、『北海道』『記録1-5』(08年)『何かへの旅』(09年)も、過去の写真の発表や復刊という形で裏打ちしていた。つまり現在、森山は「ヒステリック」とは異なる新たな過去を辿り直そうとしているのであり、カラーはその1つの重要な方法となっているのだ。


森山大道「光と影・4(帽子)」 1982年 B & W プリント © Daido Moriyama / Courtesy of Taka Ishii Gallery


森山大道「仲治への旅・2」 1984年 B & W プリント © Daido Moriyama / Courtesy of Taka Ishii Gallery

森山大道の新しいカラーを理解するための第1の手掛かりは、彼が80年代をかけて通過した断層である。それは例えば、2枚のほとんど同じ構図のパナマ帽の写真を比較すればわかる(*2)。隅の影が黒く沈み液体状の白い光が滲み出す耽美なオブジェ写真から、隅には帽子屋の隅が写り白いパナマ帽には値札がくっきり写っている日常写真へ。被写体が発する光を感受し、その「光と影」に耽る写真家から、素面の日常をそのまま切り取る醒めた写真家へ。



森山大道「新・日本三景・1 伊豆半島 花影」 1982年 Cプリント © Daido Moriyama / Courtesy of Taka Ishii Gallery

第2の手掛かりとして、従来の森山カラーは言わば「褪色」であり、光を受け光に犯され褪せていく質としての色であった。言いかえれば森山カラーとは感光(光に感じる)のグラデーション、すなわち繊細なグレースケールのことであって、その意味では白黒もカラーも同じだったのである(*3)。新しいカラーはこの「褪色」からの離脱である。



森山大道「記録 No.19」 2011年 © Daido Moriyama / Courtesy of Office Daido

第3の手掛かりとして、『記録18号』『記録19号』(2011)を挙げよう。とくに輝く硬い石と乾いた黒い影のトスカナを写し出す後者は、言わば「逆光」のない「ブエノスアイレス」である。『Hysteric No.4』と同じように黒々と焼き込まれているが、言わば炭が手に付きそうなマットな黒ではなくて、ラテン人の黒髪のような艶やかで真っ黒な力作群であった。そこに現れた大きな特徴として、ダイナミックなコントラスト、画面を大胆に分割する構図、ポスターや鏡を利用したコラージュ状の画面構成を挙げることが出来る。新しいカラーはこれらの特徴に連なるものである。素面の日常をそのまま切り取る醒めた写真、褪色からの離脱、コラージュ状の画面は、新しい森山カラーとどのように結びついているだろうか。(この項続く)




上2点とも:森山大道「記録 No.19」 2011年 © Daido Moriyama / Courtesy of Office Daido


  1. 詳しくは清水穣「ハワイへ/ハワイから」参照。『日々是写真』(現代思潮新社、2009年)所収。

  2. 80年代をかけて森山が徐々に移行したという意味であって、断層が82年と84年の間に走っているわけではない。「光と影」の総決算は『サン・ルゥへの手紙』(1990年)である。

  3. 白黒の世界でやっていたこと(滲む光)を、無理矢理カラー写真の世界(レディメイドの色彩の世界)で遂行した結果、褪せたような色合いになった、ということである。これはオートクロームの、文字通りオートマティックな発色に干渉したキューンやスタイケンの当時のカラー写真が褪せて見えることに比べられる。



清水穣 批評のフィールドワーク 目次

最近のエントリー

15/04/17 14:55
55(最終回):インヴェンション — 松田啓佑「stabilization 3」@eN arts
14/11/10 10:08
54:「沖縄」と「肖像」 — 石川竜一の『Okinawan Portraits 2010-2012』
14/09/22 08:00
53:墓としての写真 — 松江泰治の『JP-01 SPK』(後編)
14/08/22 12:21
52:墓としての写真 — 松江泰治の『JP-01 SPK』(中編)
14/08/22 12:21
51:墓としての写真 — 松江泰治の『JP-01 SPK』(前編)
14/06/27 11:19
50:唐津から、唐津へ — 梶原靖元の冒険(後編)
14/06/27 11:11
49:唐津から、唐津へ — 梶原靖元の冒険(前編)
14/05/08 17:00
48:日本の肖像 Japanese Portraits — 石川竜一、内倉真一郎、原田要介
14/04/18 10:30
47:自閉と距離、あるいは箱の中の光と紙の上の光
14/03/19 10:24
46:陶土と形態 — 隠﨑隆一「事に仕えて」展評
14/02/01 08:55
45:騙し絵の彼方 — 加納俊輔の温故知新
14/01/17 15:18
44:プロヴォークとコンポラ(6)―牛腸茂雄再見『見慣れた街の中で』
13/11/30 14:37
43:プロヴォークとコンポラ(5)―牛腸茂雄再見『Self and Others』
13/11/02 14:03
42:プロヴォークとコンポラ(4)―ポスト・コンポラの二つの表現
13/08/28 15:00
41:プロヴォークとコンポラ — 「日本写真の1968」展(東京都写真美術館)の余白に(...
13/08/27 13:10
40:プロヴォークとコンポラ — 「日本写真の1968」展(東京都写真美術館)の余白に(...
13/08/26 13:10
39:プロヴォークとコンポラ — 「日本写真の1968」展(東京都写真美術館)の余白に(...
13/08/25 08:55
38:漆の花 - Flowers of Japan 白子勝之「exhibition 4」@ eN arts
13/05/16 10:55
37:「ネガ」の永遠から「ポジ」の永遠へ——野村萬斎×杉本博司 三番叟公演『神秘域...
13/05/16 10:55
36:「ネガ」の永遠から「ポジ」の永遠へ——野村萬斎×杉本博司 三番叟公演『神秘域...