艾未未のことば 14:最大の変革

最大の変革 *1
インタビュー / 艾暁明(アイ・シャオミン)*2、翻訳 / 阪本ちづみ
2010年4月1日、北京草場地フェイクスタジオ

艾暁明(以下、AXM) 最近、ネットであなたがニューヨークでTwitterの発明者と対談しているのを見たのですが、金融危機や社会の変革などの話もしていましたね。*3

艾未未(以下、AWW) 今回の金融危機はグローバル化以降に初めて起こった大きな問題だ。実はこの問題はとても良いことなのだ。インターネットはその基本構造上、グローバルな範囲で最大の変化をもたらした。過去の権力は言語構造とシステムの運行モデルも含め、すべて伝統的な価値体系の上に構築されていた。インターネット出現後の変化は非常に大きく、個人が独立して情報を得ることもできれば、自分自身の判断で表現することも可能になった。これは非常に素晴らしいことで、みんながまだ全く意識していないというだけだ。これは人類の誕生以来、最大の変革だ。

AXM あなたはTwitterの発明者とそのことについて話しましたか?

AWW それほど詳細には話さなかったし、美学、政治学とインターネットの関係などは話さなかった。主に話したのは中国が現在直面している状況についてだ。ここにはジレンマが存在する。社会が高度に発展しつつあるのに、大多数の人は情報が不足し、遮断され、封鎖された状況をよりどころとして、この社会は成り立っている。このような社会は非常に危険だ。西洋社会は中国の状況、特に全体主義国家の状況に対して理解が足りない。多くの人は全体主義というが、それはいったいどういうことなのか?私はヘルタ・ミュラーとの対談の中でたとえ話をした。*4 つまり、雨が降るとはどういうことなのか?それは表現しにくいものだ。雨の中に立って初めて、雨が降るとはどういうことかがわかるのだ。認識に必要なすべての情報と様相が出尽くしたものだ。あらゆる困難な状況は完全に言語で表せるものではない。中国の状態はあらゆる人が理解しているわけではない。中国には最大の国際的なインターネットのプラットフォームがないというと、あらゆる人が驚く。中国にはTwitterはないし、CNNも存在していないことは、西洋人として理解しがたいのだ。同様に北朝鮮にも、イランにも、キューバにもない。これで問題は明らかだと思う。つまり、このような政権が自分の統治を維持することは、大多数、或いはすべての人の、行為する能力と、基本的権利を奪う前提の上に成り立っているのだ。

AXM このように直接政府を批判することに、脅威は感じませんか?

AWW この問題にはしょっちゅう答えている。西洋人も絶えず質問するからだ。こんなに批判して脅威を感じるのではないかと。私はこう答えている。実際に我々はずっと脅威の中で生活してきた。この脅威はすでに我々の生活の基本的権利と利益を侵し、感情、行動様式および自己判断と外部への見方を損なわせている。既存の脅威自体がすでに十分大きいのではないか?私を監獄に入れなければ脅威ではないというのか?私の頭をたたき割らないと脅威ではないというのか?人は豚とは違う。首に刃をつきつけられない限り、脅威ではないとは言わないだろう。すでに我々の境遇そのものが脅威にさらされているのだ。もし私がそう言わなくても、この脅威は存在し、この脅威は私の隣人、友人、見知らぬ人たちの身にふりかかっている。しかし、私がそう言うことによって、多くの人が私と同じように言ってくれることを願っている。個人的には私への脅威は少なくなった。100分の1にもなった。この借りはいずれ簡単に返せるだろう。

AXM ヘルタ・ミュラーはどのように言っていましたか?

AWW ミュラーは大変優れた女性だ。彼女はルーマニアのユダヤ人で、ルーマニアの公安組織から脅され、尾行され、調査された。ここの状況と一緒だ。ある文章に面白いことを書いていたのを覚えている。ルーマニアの国家安全系統は彼女に密告者になれと言った。彼女は、「私にはそんなことはできない。なぜならそれは私ではないから、つまり私という人間はそんな者ではない。もしそんなことをしたら私はいなくなってしまう。私が存在しないのと同じになってしまう」と言った。彼女は非常に頑固な反全体主義者で、話すたびにこの問題に触れていた。我々はあの死んでいった人々のために話し、彼女の創作はあの死んでいった人々のためのものだと彼女は考えている。彼女は思想が非常にはっきりしている女性で、何者も彼女を変えられない。栄誉や何であっても、彼女を変えることはできない。彼女は素晴らしいと思う。彼女は断念することを拒絶し、忘却することを拒絶する。
なぜなら記憶し、堅持していくことは非常につらいことだからだ。反全体主義は世界で流行しているホットな話題でもない。いつだっていわゆる個人の不幸、あるいはある民族の不幸に話が及ぶことを願う人などいない。なぜなら大多数の人はこのような状態の下に生活していないからだ。
ミュラーは私にTwitterにせよ、インターネットにせよ過分にその能力を誇張しているのではないかと尋ねた。彼女は、イラン革命の際は、それを利用したが、政府は最終的に非常に威圧的になり、捕えるべきは捕え、殺すべきは殺したのだと話した。彼女の言うことは半分正しい。単純な認識により、このような政府あるいは為政者を糾弾することに成功しても、すべての社会を変革することはできない。その他、多くの面でのフォローが必要だ。しかし私は彼女に、もし我々が真っ暗な部屋にいて、ロウソクしかないときには、我々はやはり、必然的にそのロウソクをつけるだろうと話した。
なぜなら他に方法がないからだ。それが中国の状況なのだ。

AXM そういう考えを国家保安局にも言ったのですが?最近、国家保安局が訪ねてきたと言いましたよね。

AWW 彼らとは付き合いがある。彼らは私ともっと接触し、交流したいと願っている。ただ接触しているだけで、本当の交流は特に何もなく、主に私がしゃべっているだけだ。私はとてもはっきりと自分の意見を話す。国家が民主化することはできるか、このように行なったら可能性があるか。なぜなら民主とは政治的理想ではなく、有効な手段であり、国家が新しい可能性にどうやって進んでいくかということだからだ。そしてこの問題は明らかに大きい。なぜなら民主ではなくとも、改変する方法が必要だからだ。

AXM ネットで草泥馬(アルパカ)の郷の写真を見ました。*5

AWW どのことを言っているのかな。

AXM あなたの所で集まって、それからジャンプしたのですか?

AWW 私を理解している人は、私が理論上に確固たるものがあり、持続した思考を持っていることがわかるかもしれない。しかし、私の行為は実は即興で、ナンセンスで考えなしだ。なぜなら私は毎回のパフォーマンスごとに判断を下したくないし、その必要もないと思う。しかし、パフォーマンスも重要だ。すべての態度は行為によって成り立っているからだ。私は態度だけあって行為がない人を疑う。もちろん態度も一種の行為だ、しかしそうした行為はかなり疑わしい。
ネットで友人が会いたいと言ったので、私は了承した。さらに、彼らは一緒に人を呼びたいし、たくさんの人が来たいと言っているというので、それについても了解した。私が加わったのは少し遅かったけれど、Twitterをしている人は毎日交流していて、すでに数ヶ月がたっていた。こんなに多くのフォロワーが一堂に会すというのは、実は少し気の進まないことだったが、私は同意した。会うなら会おう。みんなで一緒に飯を食おう。私はその場で一つ要求を出した。来たらみんな脱がなくてはならない。脱ぐことは一つの態度で、私の最大の取柄は公開し隠さないことだ。私はこのような態度をとることができるが、政府ができるかどうかは知らない。実際、あきらかに彼らにはできないことだ。

AXM 新聞ではワイセツな写真はすべて派出所へ持っていかれたと書いてありました。あなたたちは裸になって、ワイセツだとみなされるとは思わなかったのですか?:

AWW 性欲は生活の中で問題だとは思わない。我々はみんな、性欲の産物で、ずっと性欲を持っている。他人の利益を害することがなければ、それは法律の枠内のことだ。性欲は少しも悪いことではない。

AXM 別の角度から見ると、すべてのジャンプした身体はワイセツではない。なぜならその希求するものは具体的な性の対象ではないからです。あなたはこのむきだしの身体をどう思いますか?

AWW 裸体は私にとって拘束からの解放であり、物事をはっきり言ってやるということだ。なぜなら我々はみんな文化の偽装、歴史の痕跡を背負いすぎているからだ。我々は行為のために、行くか行かないか、するかしないかの理由を探しすぎだ。しかし実際、直感と本質というものは我々が追求しなければならない社会の質にかかわってくる。誰もが表現できるチャンスを与え、誰もが表現できる可能性を与えなければならない。どの身体も他の人と同じだ。実際みんなで脱いだ時、誰が誰だかわからなかった。太った人、痩せた人、高くジャンプした人、低くジャンプした人、それは重要ではない。我々が目にするのは一つ一つの裸体だ。

AXM ジャンプする時間は一瞬です。みんながジャンプした時、カメラはその一瞬をとらえました。でもその一瞬がネットにアップされると、固定した図像に代わり、ずっとそのままです。一般的な枠組みから見ると、他人があなたの体のプライベートな部分を含めたあらゆる部分を観察することは、プライバシー侵害だと思いませんか?

AWW 特に中国社会では、一人の普通の人間に対して、プライバシーはない。なぜなら我々には隠蔽されたものはないからだ。実際これはあなたのプライバシーだという時、他人は何の関心も持たない。他人があなたに何の関心もない時、プライバシーはない。だからプライバシーは広範な関心の上に成り立ち、このプライバシーこそが本当のプライバシーだ。昆虫にはプライバシーがない。まるでプロレタリアートに祖国が無いように。なぜならあなたは単一で、隷属性も特殊性もない。だからこのプライバシーは重要ではないと思う。

AXM 多くの人にとっても、学者や芸術家にとっても、真っ裸でジャンプするというのは心理的抵抗があるでしょう。

AWW それも私が挑戦したい部分だ。実際に、誰でも心理的抵抗があるだろう。我々はいつも問う。我々はどこまで遠くに行けるのか?自己への認識はどのくらい徹底しているか?我々はどうしてこのような抵抗感を持つのか?我々の身体は我々が誇りとするに値しないのか?こんなに会いたいのに、もっと会いたくはないのか?だから時々私は話をもっと深めないといけないと思う。実際は自分をある位置に置くのだ。より、やっかいな立場に。しかし、あなたがこの一歩を踏み出すとき、あなた自身が以前よりもっと明確になるのだ。

AXM あなたたちが脱いで、また服を着たとき、みんなの関係はもっと密接になりましたか?

AWW そうだ。信じないなら私たちも脱いで試してみよう。

AXM (笑)ええ、そうですね。

AWW 生活は細部から成り立っている。あらゆる障害物はすべて細部を取り去り、我々を安全で、とるに足らない物だと感じさせる。しかし実際細部が現れるとき、感情、状態に変化が生じ、目にするもの、目に入らないものはすでに一個の人間のものではなくなる。

AXM それから、あなたたちは長安街に行きました。*6 これは海外からみたら一大事件でした。当時あなたはどう思いましたか?

AWW そうだ。以前言ったことがある。大問題を処理する時、私はいつも最速の判断をする。たとえば帰国にしても、多くの人がそれは重大な決断だと言った。アメリカに12年いたのだから、まず帰ってみて、あるいは行き来してみたほうがいいと言った。私は何も言わず、すべての荷物をまとめて帰ってきた。私はよく最悪の決断をする。自分を高く見積もってはいない。最悪の決断とは何か。それは私を捕まえることではないか?

AXM ずっとこう言っている人がいます。艾未未は一般の中国人とは違う。なぜなら彼は外国の居住証を持ち、外国のパスポートを持っている。あなたのパスポートは結局どこのものですか?

AWW 私がいろいろ行動を始めたとき、みんなが艾未未は大衆を煽って人気取りをし、それで有名になりたいのだと言った。後に彼らは、私がすでに有名で、そんなことで有名になる必要がないことを知った。みんなそのことについては触れず、彼は外国のパスポートを持っているから、いつでも逃げられると言い出した。私は自分の中国のパスポートを見せるしかなかった。誰も中国人が、特に我々の年代の中国人がアメリカに十数年行っていても中国のパスポートを持ち続けることを信じないのだ。それからはもう言わなくなった。今は父親のおかげだとかしか言えなくなった。私と父とは実はあまり関係はない。すべてメディアが私を扱うときに、編集上通りにくいので、父親を担ぎ出すのだ。彼らも父親のことを扱いたいとは思っていない。なぜなら世代が異なれば願いは異なるからだ。最近は、みんなもあまり言わなくなった。一番言われるのは、アメリカ人の金を貰っているとか、反中勢力が経済的に援助しているとかいうことだが、私は反中勢力の経済的援助など必要としていない。私自身が反中勢力だからだ。おかしいだろう。私がどうしてこうするのか、それは私が何かしてから、あなたたちがそのことを尋ねるからだ。私が何かする前に、あなたは私がこうすると言えたのか?1990年代初めに『黒皮書』(ブラック・カバー)を出したとき、ほとんどの人、家族や友達まですべての人がこの本が出版されたらお前は終わりだといった。私は出版してはじめて、終わりかどうかわかるのだと言った。私は自分が終わるかどうか予測できない。そうだったら私自身がその思考体系の一部になってしまっているということだ。私はまず自分が犠牲になることにしたが、出版してからも私はまったくの終わりではなかった。2000年に『不合作方式(fuck off)』をやった時、またお前がこの展覧会をやったらもう終わりだと言った人がいる。こんなことができるわけがないと言うのだ。

AXM こんな展覧会をやってのけたのですか?やったら終わりでしょう。

AWW 『不合作方式』は50名以上の全国各地の芸術家、多くは北京だが、我々は上海で大規模な展覧会を行った。この展覧会ははじめて「我々は合作しない(何ものにもくみしない)」ということを提案した。なぜなら芸術家の一番重要で、本質的な価値は、その人の特殊性と個性だからだ。『不合作方式』は現政権の政治体制にくみしないということだけでなく、西方文化の構造にもくみしない、あらゆる権力にもくみしないということだ。当時この問題を語る人は少なかった。まして展覧会をやるなんてもってのほかだった。

AXM それは何年ですか?

AWW 2000年だ。当時我々が行なってからすぐ封鎖された。この展覧会は多くの人を激怒させたらしい。みんな、艾未未は2000年以降になって、もしくは鳥の巣スタジアムを作ってから変化したとかいう。その意味がわからない。ニューヨーク時代にフリー記者として、権利擁護運動をしたのは華人の中で私が一番早かったのではないかと思う。当時、湾岸戦争反対のデモも、同性愛差別反対のデモも、地方での権利擁護運動にもすべて参加した。私はアメリカの自由人権協会や民衆権利擁護協会とはずっとつながりを持っている。それは私の少年時代の経験によるものだ。私は社会から蔑視され侮辱された家庭で生活していたからだ。あの時代はみんなそうだったので、当時の家庭状況が特殊だったとは思わない。ただ、少なくとも私はこんなことには慣れなければいけないとは思わない。1978年から星星画会を始め、民主の壁のことなども含め、若かったけれどそういう経験があったのだ。

AXM 蔑視された家庭には二種類あります。一つは反逆する者、一つは順応させられる者。

AWW 私は幼いころからすごい反逆児だった。家族や父もそう言っていた。私は天性の反逆児で、基本的に誰かが何か言えば、私の流儀で別のことを言う。これは私の血に流れているものだ。これと私の作品、私の世界観、それに私の美学、哲学の思考とは関係がある。

AXM ご両親はそれを伸ばそうとしたのでしょうか、それとも変えようとしたのでしょうか?

AWW 両親はすごく困っていた。この子はどうしてこんな面倒なのかと。もちろん親も私を変えられなかった。でも葛藤があるときもあった。

AXM あなたたちはよく考えて長安街に行ったのですか?

AWW 考えなかった。政府は追求しなかった。それは私たちが深く考えていなかったことがわかったからだ。もし組織があり、計画性があれば、それはまた別の話だ。つまり、その場合は政府の罠にはまりやすい。組織があり、計画があり、証拠があれば、必ず捕まる。
私はそのとき、ちょうど街中にいて、携帯に電話がかかってきて答えると、家に数人の芸術家が来たという。私はまだためらい悩んでいた。普段、私は芸術家をあまり受け入れないからだ。電話では彼らは殴られ頭から血を流し、あなたと話したいと言っている。
私が家に帰るとすでに電話から2時間が過ぎていて、彼らは帰った後だった。彼らの所は私の家から1キロほどのところにあるので、私は悪いと思って行かなくてはいけないと感じた。みんな、私をこんなに待ってくれたからだ。
そこに行くと、彼らはちょうど話し合いをしていた。かなり緊張していた。状況を聞くと、100人以上、ある人がいうには200人ほどの人が来て、棍棒を持って襲ってきて、何人もの芸術家を殴った。今日私を訪ねてきた3人の芸術家も、日本の芸術家もひとりいた。彼らは呆然として、どうしていいかわからない状態だった。
私は彼らに向けて、話をした。私がこれまで行なってきた、権利を守る運動の経験からすると、君たち芸術家はそのことをほかに話してはいけない。なぜか?それは君らがうさんくさい存在だからだ。自分にかまけ、自分のアトリエで排泄し、あるいは自分の近所で排泄する。権利を守るとはお互いに感動することではなく、具体的なことなんだ。いったいどうやって擁護するのか。この権力がどのような権力だか、君たちは知らないのに、どうやって権利を守るのか?共産党が政権を取って60年だ。君たちがまだ彼らを信じているというのなら君は鏡に向かって大声で三回馬鹿野郎と言うべきだ。
後に彼らは私のこの言葉を公表した。当時、私は怒りにふるえていた。彼らはこんなに君らを馬鹿にしているというのに、君らはそこで感傷的なふりをして、意固地に芸術展の類をしている。彼らはこういう問題をずっと避けてきたが、今、自分の身に振りかかってきたのだ。
このとき、殴られた芸術家が来た。頭は血だらけで、じゃあ行こうといった。私は行くなら行こうと言った。相談らしい相談もしなかった。直接車で街に出た。彼らは王府井に行こうと言ったが、私は王府井は通れないと答えた。その日は我々の車のナンバープレートが規制にあたる日だったからだ。なので、 こうしたらどうだろうと言った。東直門まで行って、どこかに止められたら、そこで下りようと。東直門から長安街で車を止めた。みんなはプラカードをかかげ、私は携帯でツイートをし、録画もした。デモが多くの人に伝わらないと何の意義もないからだ。私はそれをTwitterにあげ、多くのメディアの記者がそれを見た。そして世界上一番成功したデモになった。なぜならいかなる組織も関係なく、瞬く間にひとつの状態になったからだ。我々は自分たちの情感と要求を表現する権利がある。

AXM その日は警察がたくさんいたでしょう?

AWW ほらね、だからそういうことを考えてはいけない。たくさん警察がいると思えば、車を降りたらすぐに捕まっただろう。でも、我々が車を降りても警察はいなかった。空白状態で、かなり歩いても警察はいなかった。我々はずっと歩き、プラカードをかかげ、スローガンを叫んだ…奇妙だ。警察はどうしてまだ来ないのだ?最近長安街には安全防衛の条例ができたらしい。今だったら長安街には近寄ろうにも近寄れないだろう。

AXM 車はあったけどリムジンバスも通っていましたか?

AWW リムジンバスは特に多かった。多くの人が見ていて、多くの人が写真を撮り、多くの人が情報を発信していた。

AXM Twitterで見たのですが、それからもみ合いながら進んだのですか?

AWW もみ合いはなかった。あのときはこう思った。多くの人の策略がからみあったせいで、長安街という場所を、自ら両足がすくみ、委縮する場所にしてしまったのではないか。これは我々自身の大通りだ、この大通りは人民のために作られた、一番広くて長い大通りだ、我々が歩かなくて誰が歩くのだ?これは原則的な問題で、びくびくすることはない。それは、実はなにも大したことではなくて、単純なことだった。北京の「両会」(中華人民共和国全国人民代表大会と中国人民政治協商会議)の開催を前に、百人以上の人が芸術家数人を殴った。裏社会、地方政府、ディベロッパーにこの道理を話せるだろうか?だから北京の公安は賢く処理した。彼らが間違ったことをする前にまずは責任追求されないようにした。しかし、責任追求はできる。なぜならデモには管理条例があるからだ。
おそらく追求されるのを恐れない者こそがそこへ行くのだ。誰が天安門広場でこんなことができるだろうか。6人が3本のプラカードをもち、そのうち一人は片手でこぶしをあげ、片手で車いすを押す。私が撮影し、Twitterにあげた時点で、この行為は完成したといえる。我々はどのメディアにも通知しなかった。なぜなら我々自身こそがメディアだからだ。我々が声をあげ、我々が伝える。これがすでに完全に過去の構造、体系をすべて瓦解させ、美しいといえばここで美しい。我々の行動の速さは、戦車を手配する時間もなく、じかに発生したのだ。

AXM でも我々は譚作人*8 には及びもしない。

AWW もちろんこうすれば安全だとは言っていない。こうしたところで安全ではない。どんな人でもこんなことをすることは望んでいないし、望む必要もない。こんなことができる人はいない。中国人はものの道理をわきまえている。我々がバカなのだ。すべきことをしただけだ。考えもなしに。

AXM 両会の期間中、あなたたちは両会にアンケートを手渡したのですか?

AWW 政府には素晴らしい国務院が作った情報公開条例がある。*9 温家宝国務院総理はいつも、政府は情報公開をし、さらに透明にし、公民の知る権利を増加させるのだと述べていた。あらゆる法律の条令は整っている。我々はどんな方法を使ってこれを検証するのか。それは一人一人が自分で積極的に参与するしかない。
四川大地震について我々は一年あまり公民調査を行い、蓄積された問題はかなりのものだ。我々工作室は大量の時間をさいてこの問題について書いた。我々は専門家、学者、弁護士とともに何度もみんなの意見を求めた。このアンケートは非常に具体的で、感情的でもなく、最も簡潔な言葉を用い、具体的な問いだったので、誰も回避できないものだった。建設部、民政庁、教育部、教育庁、公安、基金会に100通以上の手紙を出した。おそらく政府は設立以来このような詳細なアンケートを見たことはないだろう。彼らは一目見て呆然となった。彼らにはこの問いに答える能力が全然なかった。でも我々は法律にのっとってやったことなのだから、答える必要があるのだ。
およそ110通の回答を見た。すべて同じ言い回しだった。第一に公開できるものは公開してある。第二に公開できないものは機密に属する。第三に君たちはこのことを知る資格はない。この三つはすべて国務院情報公開条例に違反している。でも我々がこうしなかったら、政府が理不尽であり、責任転嫁をし、隠ぺいすることを判断できない。我々がこうしたからこそわかったのだ。
我々は努力を続けた。公開しないなら訴えるしかない。ある部門は傲慢で、我々を相手にしなかった。民政、教育部門は七日以内に返事をすべきなのに何もしなかった。それなら訴えるしかない。なぜならその権利があるのだから。
我々が裁判所に訴えに行くと、裁判所の方は反応がなかった。裁判所に行くと、そこの係の人は「その資料を持って帰れ、立件はできない」と言った。私は「どうして立件できないのか?回答しないのは法律違反ではないか」と訊ねた。彼は「あなたは情報を尋ねる資格はない。だがそれは裁判所が管轄することではない」と答えた。さらに、私は「訴えるのは回答がないからだ。具体的な回答の内容は別にして、法律では回答しなければならないと規定している」*10 と続けたが、彼らは争わなかった。彼らには道理も論理もないからだ。彼はこれが回答だといった。それでも、私は「それはおかしい、裁判所も書面で回答してくれ、立件できないのなら、その通知をくれ、すぐできることじゃないか」と抵抗を試みたが、それに対して彼らは黙ってしまった。「しゃべらないなら、ここで君らがしゃべるまで待つ」と、私は言葉を続けて待つ準備をした。最初は何の準備もしていなかったのだが、彼らの退勤の時間になっても、私は動かず、「一法律家としては退勤できないから私を追い出すのか?帰るからと言って私を追い出すのなら、それは明日また来いという意味だな」と伝えた。彼らは私のことを面倒な人物だと察し、最後に譲歩して、私が提出した立件の資料を受け取り、通知を待つようにと伝えた。私はさらにそこで何時間も待った。

AXM どこの裁判所ですか?

AWW 北京第二中級人民法院。

AXM それでは四川のことは継続して追及するということですか?

AWW このことはもう大言壮語してしまった。生きている限り追及し続ける。もしまだ最後の一人の学生が発見されていないなら、ずっと追及し続ける。多くの学生を発見する方法を私が持っていないことは明らかだし、政府の協力もない。彼らが公開しないなら、誰にも知られないままになってしまう。我々がすでに5212人発見したが、まだ100人以上が不明のまま探せていない。

AXM でもここ数年来、公民による追及は、次々と監獄に送られるなど、強烈に抑圧を受けています。あなたのその努力は非常に孤立したものではないですか?

AWW それについては、インターネットが良い状況を提供してくれると思う。私がたとえ孤立しようと私の声は完全には止められない。全く聞こえないということにはならない。もし私が話さなかったらこういう声はほかからあがるだろうか。もし他の人が話すなら、私が話す必要はない。私がもし一人一人の名前、誕生日、学年、学校を探さないなら、他のだれかが探してくれるのか?譚作人は監獄にいる。こういう具体的なことは誰かがやる必要がある。みんなが、あなたは芸術家だから、こういうことをやるべきではないと言う。今、国際社会は私のことをかなり理解してくれていると思う。私がいつもこう言い続けるからだ。私が芸術家であるかどうかなど全く重要ではない。重要なのは基本的な事実だ。基本的な表現の権利は社会から守られねばならない。社会は発展途上国であろうとなかろうと、いかなる理由、いかなる言い訳があろうと、この基本的事実は変えられない。

AXM 県教育局の回答はどう思いましたか?あなたたちにスパイではないのかと聞いたりすることです。その背景はどんなロジックに支えられているのでしょうか?

AWW この社会は非常に硬直した社会だ。彼らは倫理、道徳、世界観、哲学の欠如したなかに長くいて、単なる官僚主義に陥ってしまった。こういう非常に腐敗した体系、構造によって、彼らはいかなる問題にも答えられなくなってしまった。彼らは軍隊から転業したりして、そのような機関で一歩一歩上に上がってきたのだ。この機関は彼らのシステムを認める人しか求めていない。これこそが中国が最大の苦境にある原因だ。システム自身に更新する能力がないのだ。西洋社会は理想的な論理の上に建てられており、その論理は自己を調整する能力がある。理性にたより社会発展に必要な要求を完成させることができる。中国は党にたよって完成させる。この党とは何だ?彼らは真の党の規律や憲法を尊重できず、実際は単なる家族制の封建統治じゃないか。

AXM あなたはまた四川に行くと決めたそうですが、今回は何か危険はないですか?予期せぬ状況がありえますか?今回は立件しに行って、公安、検察、裁判所とかかわるのでしょう?

AWW 権利を守る者あるいは陳情に行く者は完全にこの体系の犠牲品だ。単純な理想のために、私は傷つけられた。法律は守らなければならない。この前提の下で、私は立件し、警察に通報するが、あとになって、このシステムはあなたを支えてはいないと気が付くのだ。彼らは暴力を振るわれたからといって、なにが問題なのかと思っている。我々が承認しなければ、誰が見たのだと開き直る。だからここでは自分の人間性とあらゆる尊厳と世界への理解を用いて、この単純で、でたらめな結論に対して問い詰めていかなければならない。つまり、あらゆる彼らの言い方を私は受容し、自分の世界への理解を放棄する。そうでなかったら一定の代価を払わねばならない。私にとっては前者を選択するのは困難だから、こんなことが起こったら、やるしかない。これは一つの手順であって、責任をとるということだ。もし暴力を振るわれ続けて彼らをそのままにしておいたら、それは笑い者になるだけだ。

AXM でも多くの人からいえば、それも当然なことです。あなたは彼らに仕返しに行った。そうですか?

AWW この結果はみんなが最初から分かっていたことだ。大多数の人がそれを放棄した大きな理由は、この社会と戦っても、結果が出るわけがないからだ。私も常に、結果は得られないが、そうだとしても私は戦う。それが私の生活であり、別にそれ以上面白いわけではない。もし私に与えられた基本的な権利を守らなければ、私はそれ以外の何が必要だというのか?

AXM 銀行の口座も調べられたそうですが、その理由は説明されましたか?

AWW 説明は不要だ。どうして口座を調べたのか聞いたが、彼らはどうしてそれを知っているのかとびっくりしていた。政府はどうしたらいいかわからないときは、いつも口座を調べるのだ。それが彼らのやり方だ。口座を調べられていたとき、私は外国にいて、みんなは私が帰国すべきでないと思っていた。みんなに、艾老師、帰国は危険です。公安まで口座を調べているのだからと言われた。私はそれなら危険を受け止めよう、起こってない危険は危険じゃないのだからと答えた。私は誰かと接するとき、敵だろうが誰にでも、自分のやり方を教える。そうすると人からばかにされることはない。最後のブログで言ったことも簡単だった。それはなめんなよということだ。

AXM あなたが自分のどこをなめているというのですか?

AWW 多くの人が自分自身をみくびっていて、自分が本当の自分になれないと思っている。他人の苦痛や生命の尊厳の見地からいうと、これは実際に生命の価値に対する無理解と言っていい。私はそんなことはない。

AXM 私のドキュメンタリー「花はどうしてこんなに紅い」*11 を見て、みんな艾未未はどうしてこんなに正常なのと言いました。ツイッターでの様子は別人のように下品でいかれてるようだと。

AWW 私は多面的だ。芸術に携わるときと、建築に携わるときはまったく違う。建築のときは、よく建築家に、建築家より建築を理解し、慎重だと言われる。芸術のときはまた異なる。私は異なる受け手に向けて、異なる表現方式をとることを重視している。

AXM 5月12日に二周年を迎えますが、あなたの工作室はどういう活動をしますか?

AWW いつもあまり多くの計画はしない。仕事が多すぎるので、まずそれを着実に丁寧にやっつける。

AXM あなたのドキュメンタリー『老媽蹄花(ラオマァティホア)』以降、彼らは来ましたか?*12

AWW 誰も来ない。この社会では誰も来ない。私に会ってどうするのだ?ただ一つの方法は私を徹底的に壊滅させることだ。でも、道理は通じない。どうして私に道理を言うのだ。私は説得などされない人間だ。

AXM いろんなことがあって緊張しませんか?

AWW 今は、どんどん緊張がなくなっていく。北京第二中級人民法院で彼らと話したとき、もしこれが我々の生活だとすれば――どんなに興奮し、どれだけ意外なことがおこるのだろうかと考える。でもそれでいいじゃないか。処理することを処理し、接しなければいけない人と接し、自分の方法で問題を解釈する。その上でそれを他の人に伝える。これが我々のできることだ。

AXM あなたは人々にとって、想定外の人のようです。あなたのことを、あるときはインターネットで怒り、ひどくいらいらして日々を送り、いつも怒っているひとだと思っているのではないでしょうか。

AWW 怒るときもあるし、いらいらするときもある。でもそれが何になる?怒ってばかりじゃ意味がない。


*1 テキストは『艾未未訪談集 尋找快樂的能力』(大山文化出版社香港、2013年)に収録。下記URLに原文が掲載されている。「這是有人類以後、發生的最大一次變革−−訪艾未未談網絡、公民藝術與問責」http://acopy.net/chi/node/90

*2艾暁明:1953年生まれ。中山大学教授。専門は女性、社会問題。2010年四川汶川大地震の調査をしていた譚作人のドキュメンタリー「花はなぜこんなに赤いのか」、地震調査「私たちの子ども」などを制作。艾未未より先にドキュメンタリーづくりに入っていた。アリソン・クレイマン監督の「アイ・ウェイウェイは謝らない」にも登場する。艾未未の同志的存在。
このインタビュー後、2013年5月8日、海南省万寧で、小学校の校長らが女子小学生6人をホテルに連れ込み、性的な傷害を与えた。元セックスワーカーで女性の権利を守る活動家の葉海燕は5月27日「校長先生、エッチしたいなら私を呼んで、小学生を放してあげて」と書いたプラカードを持って、小学校の前に立った。3日後、傷害罪で葉海燕は逮捕される。当局の報復だといわれる。多くの人々は抗議して、同じプラカードを持った写真をネットにアップした。艾未未も腹に書いてアップした。艾暁明は翌日の31日「校長先生、エッチしたいなら私を呼んで、葉海燕を放してあげて」と体に書き、抗議した。(艾未未、牧陽一『アイ・ウェイウェイ スタイル』勉誠出版、2014年、71-76p)
また、この時の艾暁明へのインタビューも翻訳されている。
「艾暁明:裸は抵抗の印だ」訳・訳注:牧陽 一『埼玉大学紀要(教養学部)』第49巻第2号 2013年 http://sucra.saitama-u.ac.jp/modules/xoonips/detail.php?id=KY-AA12017560-4902-11

*3 2010年3月15日、パーレイメディアセンター(テレビラジオ博物館)主催で行われた対談。出席者はTwitterの発明者といわれるジャック・ドーシー(Jack Dorsey)。対談の模様は下記URLに動画が掲載されている。
Frederic Lardinois「Digital Activism in China: A Discussion Between Ai Weiwei, Jack Dorsey and Richard MacManus」Mar 16, 2010 http://readwrite.com/2010/03/15/weiwei_event_roundup

*4 艾未未のことば11「人権の現状がアーティストに与える影響 ヘルタ・ミュラーとの対話」(訳 / 阪本ちづみ)2010年3月のケルン国際文学フェスティバル講座(司会:ミシェル・クルーガー)からの抜粋
https://www.art-it.asia/u/admin_ed_contri13_j/t1z2ByplTaKqvAnNIV04/

*5 2010年2月16日、旧正月の3日「十二支と十八羅漢」

*6 2010年2月22日午後、艾未未ら芸術家が長安街をデモ行進した。そして北京市公安局朝陽区分局が200名の暴力団を使って、朝陽区の創意正陽芸術区の強制立ち退きをさせようとして襲撃したことに抗議した。事件があったのは22日未明で、建物の中にいた芸術家7名が襲われ、負傷した。日本人の芸術家岩間賢氏(愛知芸術大学教授)も頭部を五針縫う重傷を負った。しかし駆けつけた公安は襲撃者たちを警察でかくまったという。六四天安門事件以来20年ぶりの長安街のデモであり、在中の海外の記者たちによりTwitterで実況中継され、報道された。

*7 2008年から北京では渋滞緩和のため、ナンバープレート末尾による走行規制をしている。

*8 譚作人(1954年生まれ)四川汶川大地震の際、倒壊した手抜き建築の小中学校について調査したところ、2009年に逮捕され懲役5年。2014年3月20日釈放された。

*9 中華人民共和国信息公開条例。2007年4月5日発布、2008年5月1日施行。

*10 同上第13条に必要な政府情報を申請により個別に取得する権利が規定されている。情報開示の申請を受けた行政機関は速やかに開示の可否を決定し、申請者に回答しなければならない。とある。(岡村志嘉子、刈田朋子「中国の政府情報公開条例」『外国の立法235』2008.3[PDF]http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/legis/235/023505.pdf

*11 『花儿为什么这样红』-艾晓明作品–高清完整版
https://www.youtube.com/watch?v=KuUm8syt30U

*12 艾未未『老妈蹄花』完整版
https://www.youtube.com/watch?v=lbHeLYprj1w

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