不特定多数の人の目にさらされる 作ることについて

不特定多数の人の目にさらされる 作ることについて
岡啓輔(蟻鱒鳶ル)×増本泰斗(ARTISTS’ GUILD)
※本対談は、『あなたは自主規制の名のもとに検閲を内面化しますか』(torch press)収録の記事から一部抜粋・転載したものです。

ワークショップ、パーティ、イベントなどの活動を通して、人と人との関係性、その軋轢を浮き彫りにするアーティスト増本泰斗は、展示企画・設計チームの一人として「キセイノセイキ」展の企画に携わり、自らも新作を発表。今回、都市開発という、否応なく社会と向き合わざるをえない状況で「蟻鱒鳶ル」という鉄筋コンクリート造の建物をほぼ一人で建てている建築家・岡啓輔に話を聞いた。

ある表現が、周囲の人々の不利益につながることもある

増本泰斗(以下、YM) 今、現代美術に限らず様々な分野で、表現や発言に対する検閲や自主規制が行われています。僕がアーティストとしてとりわけ関心があるのは、コミュニティ間の空気や、個々人の中で無意識に働いている規制を見つめていくことです。自主規制を「悪」と短絡的に捉えたくないのです。僕自身、抑圧があることによって自分の思考が組み立てられていく部分もあります。そこで、今回は蟻鱒鳶ルというビルをほぼ一人で建てながら、周辺地域の都市開発に巻き込まれている岡さんと、検閲や自主規制の問題について考えたいと思いました。

岡啓輔(以下、KO) 建築は人々が暮らす街中に建てられ、長くそこにあるものですから、当然、近隣住民との関係性を外して考えることはできません。その分、自主規制は強いですよね。例えば何年か前に漫画家の楳図かずおさんが建てた紅白に塗られた自宅が「景観上問題がある」と苦情が殺到した事件がありました。確かに目立ちはするものの、取り立てて騒ぐほどのことでもないのに地元の人たちが「裁判にする」なんて言っているから驚いて見ていましたけど。

YM 建築家の藤本壮介さんもスケルトンの住宅を設計していますよね。内側の暮らしが丸見えだから、周りの住民は気になって仕方ないと想像します。岡さんの蟻鱒鳶ルも、周囲の環境からすると異質な造りになっていますよね。実際に苦情はあるんですか?

KO はっきりした苦情はないです。蟻鱒鳶ルは2005年から作っているのですが、周りの目をものすごく気にして建てていますよ。隙間から目の前の道路をそっと眺めて、「あ、このおじさんいつも嫌な顔しているから、気に入らないんだな」とか「このおばさんは『面白いビルだな』と興味を向けてくれているな」ということを感じながら。


蟻鱒鳶ル
東京・三田の聖坂に突如出現するセルフビルド建築・蟻鱒鳶ルは、建築家の岡啓輔が10年以上かけて手作りで建てている。設計図を作らず、即興でコンクリートが打たれ続けており、岡いわく「踊りながら建てている」のだそう。

YM やっぱり周囲の方々との関係は気になりますか。

KO 建築家の石山修武さんが世田谷村と名付けた自宅を作っているんですが、住宅でありながら工場というか村というか、未完成にすら見えるような、一般的な住宅とは似つかない姿をしているんです。そのせいで、早稲田大学の教授で社会的な地位もある方なのに、当然ながらそんなこと関係なしに近所の住人から苦情がくる。石山さんに「俺はな、これで胃に二つ穴が開いたぞ。お前、本気でその家を建てるんだったら三つは空くぞ」と言われました。

YM 僕は複数人のグループによるパフォーマンスのような作品が多くて、例えば広島に暮らしていた曽祖母の被爆体験を元にした《Protection》(水戸美術館現代美術センター、2012)のように、センシティブなテーマを扱った作品の場合は、賛否がくっきり分かれるし、自分の意図に反して、誰かを不快にさせてしまうことが何回もありました。その度に、自分の至らなさから、泣きそうになったりもしました。また、周りの目を必要以上に気にしてしまったりしたこともあります。でも、建築は常に不特定多数の人の目にさらされていますよね。

KO 普通、建築を建てるときは、シートで囲って作るのが通例なんですが、僕は隠さず全部見せることに決めているんです。すると隣のマンションの住人が「何してんだ!」と言ってきたとしても、悪いことしようがないし、ちゃんと答えられるでしょう。すると、それ以上は何も言われない。

YM 今、僕は、アーティストの遠藤麻衣さんとの協働制作というかたちで、「猥褻」の表象について考えているのですが、そもそも近代社会では、猥褻物の陳列は罪とされていますよね。だから、芸術の場において、性器が露出した作品が、作家や主催側の意図に反して、猥褻であると鑑賞者からクレームがくることがあります。逆に、露出していても、文脈が違うという理由などで猥褻にならないこともある。難しい問題です。極端な例として「少し露出しすぎだ。次から気をつけろ」と言われて現場だけの判断で収まることはありえるのだろかと思ったりもします。

KO なるほど。建築に限って言うと、さっき話した世田谷村みたいな建物ができると、まわりの品のある一角の土地の値段がガタッと下がってしまうかもしれない。みんな土地の値段を心配しているんです。ある表現が、他の人の不利益につながることもある。増本さんの、脚のないテーブルをみんなで支えながら食事会をするプロジェクト「Grêmio Recreativo Escola de Política #34:テーブルの脚」もそのようなコンセプトだったと聞いています。


「Grêmio Recreativo Escola de Política #34:テーブルの脚」(Antenna Media, 2012)

YM そうですね。このプロジェクトは、誰かが休むとその他の人の負担が増えていく、という状況を可視化するためのものでした。僕の作品は、ある仮説を立てて「どこまでがセーフで、どこからがアウトか」を実証するような、科学者の研究に近い実践だと思っています。岡さんの場合は実証実験ではなく、リアルに社会と接しているから相当な苦労をされているのではないかと思います。

再開発の波に巻き込まれている蟻鱒鳶ル

KO そうなんです。現在、蟻鱒鳶ルは周辺エリアの都市開発のために、曳家をしてくれと言われています。建物を現在の場所から後ろに数メートルだけズラしてほしい、と。

YM それは大変ですね……具体的な経緯を教えていただけますか。

KO 最初に訪ねてきたのは大手不動産会社の部長さんたちでした。東京オリンピック以降の不動産需要の高まりを見越して、商業施設やホテルを建てるから、当初は「潰させてくれ」と言われていました。さらに、その再開発の計画が、品川と田町の間に新しくできるリニアモーターカーのための駅やその周辺開発という、もっと大きな都市計画に組み込まれ、不動産屋やゼネコン、役所を巻き込んで本格的な交渉が始まりました。

YM その巨大再開発のエリアに蟻鱒鳶ルが含まれるということですか。

KO ちょうど一番端のあたりですけれど。「潰させてくれ」と言われたときはさすがに禿げましたね。ああ、これが円形脱毛症か! と思いました(笑)。

YM 胃に穴が開く代わりに……。

KO 役所としては目の前にある聖坂の道路を緑の散歩道にしたいそうです。そこで、道路を数メートル拡張するらしい。こちらは、たった数メートルのために曳家をしなければならない。曳家をするためには、地下にある30本ほどの鉄杭を切らないといけないんです。そして、移動先に新たな杭を打って基礎を作らなければいけない。そのための書類整理が忙しくて、今はなかなかコンクリートを打っている時間がとれないくらいです。

YM いつごろから再開発の話が浮上したんですか?

KO 最初は6年くらい前です。弁護士の友達に相談すると、「再開発だからどかなきゃいけない法律はない。ただ、こういう大きな再開発が行われて、1軒だけ小さな建物が残った事例もない」と言われました。まず金が積まれて、それでも乗らなかったら、次に暴力がくると。

YM いわゆる地上げですね。

KO バブルの頃の地上げって、西新宿のボロいアパートに火がつけられたとか、大家のおじいさんがヤクザに脅されたとか、いろいろな話がありました。たかだか30年前のことです。それは大企業の社員がやるわけじゃない。彼らはヤクザの耳に入るように、「あの土地が手に入れば1億円払っても良いな」と言うわけです。それでヤクザがダンプをぶつけるか、火を放つか、何かしらの暴力が行使される。

YM そういう話は、当然、役所の人も知っていますよね。

KO 今の時代さすがにそれはないだろうと言われてはいますけど、怖いですよ。mixiの古い自分の日記を見かえしていたら、貴金属をジャラジャラ付けた太ったスーツの男がやってきて「どうせお前の家追い出されんだからつくってもしょうがねえだろ」ってニヤニヤ言って去ってった、という投稿が残っていました。誰が狙っているか分からない。

YM そういうことも念頭に入れたうえで、曳家という方法を受け入れた、と。

KO 随分考えましたけどね。不動産業者やゼネコン、役所とずっと交渉をし続けて、立ち退きではなく、曳家で解決することになりました。この建物、無作為に作られていると一見思われるけれど、細い窓から神社で拝んでいる人が見えたり、東京タワーが見えたりと、自分のなかでは意味がある造りになっているんです。

YM ちょっとでも移動すると、元からある建物の造形的な意味が崩れてしまうわけですね。

KO 「建物を動かす」という機能をあらかじめ想定した建築にしておけば良かった、と後悔しました。

YM せっかくこつこつ築き上げてきたのに、いきなり「立ち退き」を迫られたら、反対運動を仕掛けたり、抵抗の仕方は他にもあったはずです。粘り強く交渉し続けて、結果数メートルの曳家に落ち着いたのは、岡さんがタフだからだと思います。

KO いやいや、毎日泣いていましたよ(笑)。でも、さっきの弁護士の友達に「これだったら周囲の住人も不動産屋も『残してもいい』と認めるような魅力のある建物を作れ」と言われたことがあって。その言葉がすごく大きかった。なぜこういうことをやっているのか自分でもはっきり答えがないなかで、そうやって背中を押してくれる友達がいなかったら、もしかしたら僕はそのまましゅっと終わらせていたかもしれない。

YM なるほど。まさに抑圧があることによって作品のコンセプトが明確になったわけですね。

KO そう。蟻増鳶ルは自分にとってなんなのか、真剣に考えたいと思いながら、その余裕がないまま暗中模索を続けてきた。今こうして再開発の話が浮上したことで、逆に丁寧に考える時間が生まれました。それは良かったなと思いたい(笑)。

構成:榊原充大
※以下、対談全文は『あなたは自主規制の名のもとに検閲を内面化しますか』(torch press)に収録しています。

岡啓輔|Keisuke Oka
1965年、福岡県生まれ。住宅メーカー勤務後、上京。建築現場で働き、土工、鳶、鉄筋屋、型枠大工など、現場経験を積む。1988年より高山建築学校に参加。画廊運営、舞踏などの経験を経て2004年11月より、東京・三田で蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)を建設中。

増本泰斗|Yasuto Masumoto
1981年広島県生まれ。京都市在住。2004年東京工芸大学大学院修士課程メディアアート専攻写真領域修了。2007年に、ポルトガル、リスボンにあるMaumaus主催のレジデンシー・プログラムに一年間滞在制作。主な個展に、「クリテリオム83」(水戸芸術館現代芸術ギャラリー、2012)など。

『あなたは自主規制の名のもとに検閲を内面化しますか』
ARTISTS’ GUILD + NPO法人 芸術公社編
書籍企画・設計:田中功起(ARTISTS’ GUILD)+影山裕樹(NPO法人 芸術公社)
英文:奥村雄樹(ARTISTS’ GUILD)+ Art Translators Collective
デザイン:仲村健太郎
仕様:A5 変型/ソフトカバー/ 168P
言語:日本語/英語
定価: 1,800円+税
ISBN978-4-907562-05-2 C0070
http://www.torchpress.net/2016/05/17/book-ourfeardom/

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