「私」を構成する映像  (後半) 文/仲正昌樹 

 展覧会全体が、「森村」の中に取り込まれ、彼のアイデンティティの中に組み込まれている、「父」と「息子」たち、相互の葛藤、もつれ合いを再現していると解釈することができる。「父」たちの分身を意識化した形で演じる「森村」のイメージを通して、展覧会を訪れる“我々”は、自らの内にも、それらの「父」や「息子」たちが潜んでいるかもしれないことを確認させられる。それは、複製技術が至る所に浸透する時代に生きている“我々”にとって――あまり素直には認めたくない――極めて陳腐な現実である。
 原型としての「父」の陳腐さを最も如実に示しているように見えるのは、大画面に映し出される映像作品「烈火の季節 / なにものかへのレクイエム (MISHIMA)」(2006)である。市川の陸上自衛隊駐屯地に乗り込み、東部方面総監部を占拠し、自衛隊員たちを前にして、バルコニーに立つ三島由紀夫に森村が扮する。三島風(?)のジェスチャーとともに、日本の国情ではなく、日本の芸術の現状を憂えるスピーチを行う。映像はいくつかのシークエンスに分かれているが、その繋ぎ目のところに来ると、画面の動きが遅くなり、三島=森村の声とシンクロしなくなる。いかにも、後付けの音声であることを印象付ける。


「烈火の季節 / なにものかへのレクイエム (MISHIMA)」(2006年) HDTV(カラー)モノラル 7分42秒

 この映像と画像のズレは、“我々”の「三島」体験を寓意的に表現しているように見える。“我々”は三島が演説している映像をいろんな機会に見かける。本物の映像では、周囲の雑音にかき消されているので、三島の肉声はほとんど聞き取れない――純粋な映像からだけでは、そもそも誰が何を叫んでいるのかさえ分からない。しかしながら、これから割腹自殺を遂げる人間の公の場でのスピーチであるという予備情報を与えられると、非常に鮮烈的な光景にも見えてくる。後で、書き起こされた文章、あるいはその要約・解説を読んだり聞いたりする内に、“我々”の内で「三島」の映像が意味付けられる。そのように事後的に構築された「三島」のイメージが、いつの間にか、「閉塞した現状」に「男」らしく立ち向かおうとする、英雄的身振りのようなものの原型になっているかもしれない。
 三島=森村は、何重もの意味でコミカルである。まず、森村の体型も、体の動かし方も、明らかに三島のそれとずれている。あまり恰好よくない。次に、まがいものを排除すべきことを主張するスピーチを、パロディとしてであれ、模倣するという行為自体が、極めてアイロニカルである。森村の演説自体も、まがいものの芸術を排除すべきことを主張する内容であるから、アイロニー性は更に高まる。そして、三島の演説に、芸術家的なメッセージを被せることの滑稽さを十分に分かっていながら、その森村のパフォーマンスから、“真の芸術家”の言葉を聞き取りたい、と思ってしまう“我々”観客の身勝手な願望もまた滑稽である。作品の最後に出てくる、三島=森村のまなざしに映った、誰も彼の方を振り向かず、何事も起こっていないかのような様相を呈しているのどかな公園の風景が、それらの滑稽さを集約的に表わしている。
 複製技術やコマーシャリズムによる汚染を排し、“本物”を求めて闘おうとする現代芸術家たちのスタンスは、「三島」のように「男」らしい「父」の原像をなぞる行為なのではないのか? 森村の演じる「父」の分身像たちを見ていると、そういう連想が働いてしまう。

 
『森村泰昌:なにものかへのレクイエム 
第1部 戦場の頂上の芸術 (オトコ達へ)/第2部 全女優(オンナ達へ)』
豊田市美術館
2010年6月26日-9月5日

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