連載 編集長対談8:三潴末雄(ミヅマアートギャラリー代表)(後編)

日本的アートとは:「日本的」とは何か

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アートだけではなく、経済圏としても東アジア共同体を作らないかぎり、日本という国の将来はない

小崎:この連続対談を続けている過程で、やはり「非欧米的アート」はあるんじゃないかと思っています。ただそれをアートと呼ぶかどうかという問題がある。アートの起源は欧米ですから、スポーツに国際ルールがあるように、世界のアートシーンも欧米のアートのルールで動いていると思うんですよ。だからそれとまったく別の、日本だけのアートというのは意味がないという気もします。

三潴:しかもね、スポーツのルールははっきりしていますが、アートなんてルールがあるようでないんですよ。だからフェアじゃないんだな。

小崎:欧米のルールから脱するために、我々独自のルールを作る、つまり新しいスポーツを作ることを三潴さんはやりたいのでしょうか。

三潴:やりたいというか…かなり考えが変わってきました。真にナショナルなものがインターナショナルなものだと思っていたのですが、どうもナショナルなもの自体に中国の影響など、バイアスがかかっているなと。日本的なるものっていうのはどこまで日本なのか。日本ではなく東アジア文化圏の表現という切り口で見ると、中国や韓国、タイでも仏教美術などを見ると、ほとんど同じですよ。

小崎:共通した感性を持った共同体や地域という枠組みであれば、何かができるかもしれないということでしょうか。

三潴:それはアートだけではなく、経済圏としても東アジア共同体を作らないかぎり、日本という国の将来はないと思います。

小崎:中国政府は、現代美術のマーケットが成立している状況を利用して、中国の御用評論家たちに西洋起源ではない、中国を中心とした新しい美術史を作らせようとしているという噂もありますね。

三潴:もちろんもう作っていますよ。この前の北京オリンピックの開会式でも、皆の使っている文明、文化のオリジナルは中国だということを表明したんですよ。

小崎:蔡國強が花火や火薬を使ったのは、中国の文化的な正統性や優越性を世界に誇示するためだったわけですよね、少なくとも中国政府的には。

真に日本的なものは何かといっても、例えば本居宣長の「大和心」や「もののあはれ」など、実は数えるほどしかない。つまり国という枠だけで捉えるのは無理なことで、それ自体フィクションかもしれないと思います。僕はアーティストではないから願うだけですけど、日本のものだと言える表現が生まれてほしいなぁと思うんですよ。

三潴:でも我々の現代生活の中にあるオタク文化やヤンキーっていうのもたぶん日本のものだし、工業製品ではソニーのウォークマンは世界中の若者のライフスタイルを変えた。あんなに大きな影響を与えたものはない。そういうものを生み出す力で、評価すべきものが現代にもたくさんあるんじゃないかな。

小崎:それはあるでしょうね。ただ、ひとつのムーブメントになるための文脈として考えたとき、非欧米圏の作家にとってのアートは、もっと芸能に近いものではないか。欧米でも、芸術の根源はユダヤ=キリスト教的な聖性への畏怖や憧れであり、それが宗教美術というものに結実し、現在に至っているけれど、非西洋圏においては、もっと古代的な神性に結びついたのだと思います。


『鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人』東京オペラシティアートギャラリーでの展示風景 
「シラ―谷の者 野の者」2009年 撮影:永禮賢 © KONOIKE Tomoko Courtesy Mizuma Art Gallery

例えば鴻池朋子さんは、アートというより非常に演劇的だと感じます。また、やなぎみわさんにインタビューしたときに、あなたの作品は非常に演劇的だという話をしたら、「そうですね、演劇でもよかったかもしれない」と言っていました。それがもしかしたらヒントになるのではないかという気がしています。

三潴:確かに祭は最も原初的なものだし、少なくとも仏教以前の日本にあった古代神道、いわゆるアニミズム的なものはあったのでしょう。だけど古代においてもかなり交流が行われていたから、純粋な日本というのはたぶんないんだろうとは思う。ただしこの風土によって培われてきた自然神、つまり森羅万象あらゆるところに生命が宿るという、まさにエコロジカルな思想というのはありますね。

小崎:そうですね、そこに何か求めるといい気がします。そういえば、数年前に会田誠さんが西荻窪の民家で開いた『西荻ビエンナーレ』は、ノリがお祭り的でよかったですね。ああいう祭り的なものに新しい非欧米的なアートの源泉を求めてもいいと思います。

三潴:西洋対日本といった括りで二元論的に考えると、どうもうまくいかないので、日本で培われた根源的なもの、例えば日本の神道から出てきている祭りを紐解いていくと、演劇的な本質に辿り着くかもしれないですね。

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2010年1月23日にDAY STUDIO★100(Vantan渋谷校)にて行われた対談を収録しました。

みづま・すえお
東京生まれ。成城大学文芸学部卒業。1980年代からギャラリー活動を開始。94年ミヅマアートギャラリーを青山に開廊。2000年からその活動の幅を海外に広げ、国際的なアートフェアに参加。02 年、中目黒にギャラリーを移転。08年、北京に「Mizuma & One Gallery」を開廊。09年、市谷田町にミヅマアートギャラリーを移転、中目黒のスペースはミヅマ・アクションとして活動を継続させている。

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