連載 編集長対談9:椿昇(後編)

日本的アートとは:いまを生き抜くためのシステム作り

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自ら予期できない方向へ進むことが、いちばんのイノベーションだと思う

小崎:例えば欧米的な二元論も、場合によっては肯定するということでしょうか。

椿: 二元論はだめだということ自体がオールドファッションだと思う。それは地下のエンジンとしてあり、上の多様性と緊密な関係を持ってこの複雑性を作り出しているということでしょう。わざわざ対立の構造を作り出すのは帝国主義者と同じやり方です。

小崎:我々はそういうシステムに対して抗っていくべきであって、二元論そのものに対してではないと。

椿:そのものではない。まったく現実の見えない空理空論の中で成り立っているから日本のアートは一般の人に回っていかないんです。美術関係者も批評家も総懺悔すべきです。世界でいちばん作品を見ている民族が、世界でいちばん作品を買わない。それが日本の若いクリエーターを潰していく。中国人はみんな中国人の作品を買っているじゃないですか。名和(晃平)さんさんの展覧会を開いても、作品の9割は海外の人が買っていく。自国民に対して日本人がいちばん冷たいんです。

小崎:結果が出るまで評価しないことの弊害はありますよね。日本は青田買いが多いと言いますが、実際は稲穂を見ているんじゃなくて、とりあえず数で買って、質を評価していない。新しい才能に早い内に目を付けておきながらも、チャンスを与えるということがなかなかできない。もちろん制度的な原因や、お金がないということもあるのでしょうが。

椿:だけど50億円でゴッホの「ひまわり」を買ったように、日本にはお金がある時期もあった。それでもし日本の若手の作品を買っていたら、いまごろはアジアでイニシアチブを取っていたかもしれない。ペギー・グッゲンハイムらもヨーロッパからアメリカにアートの覇権を移すときに、ポロックらアメリカの若い作家の作品を買っている。自国を支援することが自分の将来につながっていることをわかっているんです。

小崎:ヘミングウェイは、パリで会ったガートルード・スタインに「巨匠の作品を買うのではなく、同世代の作品を買いなさい」と言われてピカソとかマチスとかの作品を買うようになったそうです。要は同世代の仲間と一緒に文化を育てていこうという考えですよね。

椿:日本ではアートは後代でまとめて買うものだと思われているけれど、違う。同じ世代のものを買うんです。高校生のときは高校生の作品を、大学生は大学生の作品を買う。それもアーティスト同士じゃなくて、経済をやっている人などが買う。その枠組みを作っていかなきゃいけないのにやって来なかった。いま僕が重要なことだと思ってやろうとしているのは、ドネーション(寄付)の仕組み作りです。例えばファッションブランドを立ち上げるのに100万支援してほしいと思ったら、支援を呼びかけることができるサイトがあるんです。「キックスターター」(http://www.kickstarter.com/)という、ニューヨークで設立されたドネーションのサイトです。ロンドンの「Blue label」(https://www.bluelabel.net)というサイトは作家が作品情報のリストをアップロードし、そこにディーラーらが参加して、作品の売買ができるようにしようというものです。いま絶対にやらなきゃいけないのは、こういう同世代のクリエーターが作った作品を買えるフィールドを作り、支えていくという内需を起こすことなんですよ。

小崎:しかも内需を起こすことは、ムーブメントを起こすことにつながっていく。

椿: アートを美術館で他人のものとして観るのではなく、投資者になればより熱心に観るようになる。それで目が肥えていくから、クリエーターたちのレベルも上がっていくし、買う側と作る側の関係が健全に戻っていくと思う。いまの日本の状態は非常に不健全で、これでは日本のクリエーターは育たないと思います。

小崎:そういう制度を作っていくのは重要ですよね。日本に限らず、ドネーションの仕組みの整理されていない国では、それが原因でアートが育たないと言われています。

アメリカでは国立の美術館・博物館は数えるほどしかなく、ほとんどが民間で運営されています。また、ニューヨーク・タイムズのようなクォリティペーパーは、MoMA(ニューヨーク近代美術館)やグッゲンハイム美術館など、地元NYの美術館を再三にわたって批判している。最近のキュレーションは保守的で面白くないとかね。そうは言っても、我々から見るとすばらしい企画展だったりするんですけど(笑)。要はそれだけアートの層が厚いということ。それだけのレベルに行ってない我々は何ができるか、もう少し考えるべきでしょうね。

椿:僕は表現者とは、いまあることがすべての前提条件なのだから、その中でやっていくものだと思う。我々の現実の中で、お互いに楽しめるアートを作り、お互いに作品を買い、ニューワールドを作るしかない。そうやっていけば結果として非欧米アートも生まれるし、そこから当然スターも生まれる。借りてきたものでやっていてもダメですよ。我々の気候風土と民族性に合うものは根付くと思います。すべての人が自分とシステムってことを考えてほしい。システムを壊してしまったら元も子もないから、そこにパラサイトしながら相手に何を与え、何をもらうのかっていうことをオリジナルな方法でやってほしいと思います。

小崎:今日の話で一貫して言えるのは、椿さんはやはり「リアリスト」だということですね。自分の国のリアリティにきちんと向き合うことが、結果的に「自国的アート」を成立させるのかもしれない。その意味で椿さんのような認識は重要だと思います。

椿:ヨーロッパから無理やり連れてきたシステムやコンテンポラリーアートがそのまま育つわけがない。だけど、日本の中から出てくるオリジナリティはやっぱりあると思う。村上隆は西洋世界に対してどう対処するかという世代だから、ポスト村上世代に日本のオリジナリティが出てくる。

小崎:村上さんは戦略、ゲームをきちんとメイキングしてやっていますよね。

椿:メイキングしているけど、手筋が全部読めるからサプライズがないのね。僕は死ぬまで、「何それ?」っていう「わからない一投」を投げ続けたい。

小崎:それが現代アートの本来の定義ですよね。

椿:何をやっているのかわからないことをずっとやり続けたいし、突然変異していきたい。自ら予期できない方向へ進むことが、いちばんのイノベーションだと思う。そういうことをずっと続けていくことが、僕にとってのアートですね。

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2010年2月22日にDAY STUDIO★100(Vantan横浜校)にて行われた対談を収録しました。

つばき・のぼる
1953年、京都生まれ。京都造形芸術大学空間演出デザイン学科長。89年に当時の日本現代美術を紹介する『アゲインスト・ネイチャー ―80年代の日本美術』(サンフランシスコ近代美術館。その後、米国7都市と名古屋へ巡回)に参加。93年、ヴェネツィア・ビエンナーレ・アペルトに出展。『横浜トリエンナーレ2001』にて情報哲学者の室井尚との共作「インセクト・ワールド—飛蝗(バッタ)」を発表し大きな話題となる。04年、パレスチナ「アルカサバ・シアター」の舞台美術を担当。主な個展に『国連少年』(03年、水戸芸術館現代美術ギャラリー)、『椿昇 2004 – 2009: GOLD/WHITE/BLACK』(08年、京都国立近代美術館)など。出版物にDVD『椿昇 Radikal Monologue』(09年、オーラルヒストリーシリーズNo.1)、『アートを始めるまえにやっておくべきこと』(09年、光村推古書院)がある。2010年3月27日(土)に六本木ヒルズアリーナで開催される『六本木アートナイト』にて新作「ビフォア・フラワー」を発表する。

公式サイト:http://unboy.org/
ART iTブログ:椿昇

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