連載 編集長対談8:三潴末雄(ミヅマアートギャラリー代表)(前編)

日本的アートとは:「日本的」とは何か

欧米主流のアートに対する反逆精神から、「日本」に根差し、物語性の強い作家を世界に紹介し続けている異色のギャラリスト。本対談のテーマの前提となる「日本的」なものとはそもそも何なのかを徹底討論する。

構成:編集部

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本当にナショナルなものはインターナショナルにつながる


天明屋尚「思念遊戯」2009年
アクリル絵具、金箔、木 180 x 165.5 cm 撮影:宮島径
© TENMYOUYA HISASHI Courtesy Mizuma Art Gallery

小崎:今日のゲストはミヅマアートギャラリーオーナーの三潴末雄さんです。ミヅマは、会田誠、鴻池朋子、天明屋尚、山口晃、ジュン・グエン=ハツシバといった作家を扱っており、非常に個性的なギャラリーだと思います。

三潴:うちのギャラリーは、日本的な作家を揃えていると誤解されているようですが、決してそれを狙っているわけではありません。そもそもギャラリーというのは、ディレクターが独断と偏見によって、本当に好きな作家と付き合っていくのが基本です。明快なコンセプトやポリシーがあるわけではなく、面白いと感じることから付き合いが始まり、作家の本質を見極めながら、試行錯誤をしてやってきています。

小崎:この対談のテーマである日本的、あるいは非西洋的アートはあるのか否かという話について、まずはお考えを聞かせて下さい。

三潴:現代アートの世界は欧米の支配によって成立しています。例えば少し前まで国際展のキュレーターといえば圧倒的に欧米人が多く、言語は英語が中心で、作家も欧米人がほとんどだった。80年代くらいまでは、現代美術の市場で仕事をする場合は留学して英語を学び、欧米の文脈を勉強し、彼らの手法を学んでからものを作るというやり方で、欧米人に認知してもらうという方法を取っていました。最近は少し状況が変わり、第3世界でも国際展が行われていますが、いまだに世界のアートマーケットは欧米の資本によって動いている。私はそういうことに反旗を翻したかった。

第2次世界大戦で敗北した日本が、いまだに日米安保条約で守られ、戦後65年経っても自立できていない状況には苛立ちを感じます。アートの世界でも、日本は明治期に西洋のモダニズムを輸入し、戦後はアメリカの民主主義を導入してアメリカのポップアートや抽象表現主義などのスタイルに影響された。でも自分は日本人だし、日常的に日本語でモノを考えているし、なんかアメリカは好きじゃない。じゃあ日本って何だろう、そこから自分はスタートしたんですね。中途半端な国際化ではなく、本当にナショナルなものはインターナショナルにつながると考えています。だから日本に深く根差している作家に興味があるんです。日本の「湿度」を持った作家が好きですね。ここでふたりの作家の、興味深い言葉を紹介して僕の考えに替えさせてもらいます。

ひとりは、彫刻家の中ハシ克シゲの発言です。
「僕は日本の風土と結びつけたいと思っている。彫刻っていうのは日本の風土となかなか結びついてない。工芸っていう言葉は明治時代に生まれた言葉で、工芸と美術という分け方が気になる。風土とクロスしなければいけないと思う。なぜならば、美術というのは西洋で生まれたものだから。西洋で生まれた美術という乗り物に自分たちの自然な体はあわない。ようするにシートが合わない。ぼくらは美術という乗り物にのれない。自分たちに違う乗り物が必要なんだ」(「越境的日本」『ur』No.9、94年)

もうひとりは会田誠です。
「外人に評価される時は眉唾な感じがする。評価されないと分かっちゃいないと思ってしまう。実質以上に評価される時はエキゾチシズムですね。僕が興味あるのはエキゾチシズムにひっかからない日本的なネタ。現代日本のよくない事情、暗部、恥部みたいなところ。そうしたところ、こちらが非常に切実に現代生活を送っている際に感じるいろいろなところをあちらにはすぐ理解されないっていうところを自分はやりたいんだ。そしてその国際化時代に、ドメスティックな美意識っていうのをですね、価値体系をですね、一部に温存し続けている日本人の国民性っていうのが僕にはいろんな意味で興味深い」(『美術手帖』Vol.843、2004年)

こんなことを考えている作家に共感を覚えますね。


会田誠「紐育空爆之図(にゅうようくくうばくのず)」(戦争画RETURNS) 1996年 襖、蝶番、日本経済新聞、ホログラムペーパーにプリント・アウトしたCGを白黒コピー、チャコールペン、水彩絵具、アクリル絵具、油性マーカー、事務用修正ホワイト、鉛筆、その他(六曲一隻屏風) 169 x 378 cm 零戦CG制作:松橋睦生  撮影:長塚秀人 
© AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery

小崎:以前三潴さんにお話を伺ったときに、「やっぱりナラティブなものが好きなんだ」とおっしゃっていましたが、ギャラリーを代表する作家たちにも、やはり物語性という共通点があるように思います。

三潴:そうですね。基本的に物語は重要ですし、「大きな物語」が終焉し、いまの人はもう自分の個人的なところにしか興味がないという括りで、アートの表現を解釈している人もいます。しかしベルリンの壁が崩壊して東西冷戦構造がなくなったとか、01年の「9.11」で世界は変わったとか言っているけれども、人間ってそんなに大きな政治的枠組みで生きているわけではないと思うんです。やはり人間には自分の中に物語や喜怒哀楽などがあり、様々な出会いの中で感動している。現代アートが衰退していっていると感じるのは、良くも悪くも感動をなくしちゃって、コンセプトだけのものになってしまっているからです。

小崎:「大きな物語の終焉」というのは、フランスの哲学者リオタールが『ポストモダンの条件』(79年)で唱えた概念で、マルクス主義に則った思想ですよね。かつて学生運動の闘士であり、革命を夢見ていた三潴さんが、やはり物語はあると言うのは興味深く聞きました。

三潴:ところで欧米のアートに対して、日本の文脈をそのまま持ち込んでもしょうがないんじゃないかという疑問を持っているんです。そもそも、「日本のアート」なんていうのがあるのかな? 日本にも本来あるべきアカデミズムのような権威的なものがあれば、それに戦いを挑むかたちで日本の文脈を熟成していきたいものがあるんだけど…何せ敵がいなくなっちゃったんだよね。80年代、セゾン美術館を中心に形成された欧米文化に帰属しようとする活動には反発を感じていたことはありましたが。

小崎:まず「日本的なアート」がありうるのかという前に、「日本的なるもの」があるのかどうか、あるならばそれは何かということをお話したいのですが。

三潴:それはとても重要ですね。村上隆のスーパーフラットという考え方やマーケティングは、欧米が興味を持ちそうな日本的なるものを売り物にしていくという意味で、ある種形を変えた戦略的なオリエンタリズムだと思います。最近、村上さんは達磨の絵を描いていますが、アメリカでは鈴木大拙が禅について英語で書いた著作が非常にポピュラーです。だからこの達磨を描くことによって日本のイメージと結び付けることができる。でも外人から見た日本のイメージは何かという視点ではなく、日本人自身で日本の本質を見極めたほうがいいのではないかと思うんですね。

小崎:村上さんがアニメやフィギュアなどを選択する理由は、戦略的にはオリエンタリズムを刺激するものであるのと同時に、それがすでに世界中で共有されているからだと思うんですよ。完全にドメスティックなものは、いずれ認知されるにしても時間がかかる。つまり、すでにグローバライズされたものが、オリエンタリズムを伴ってアートというジャンルの中に入ってきている。

三潴:まあ少なくとも西洋が何百年もかけて形作ってきた文脈や美学に対抗していくためには、相当な熟成が必要だとは思いますよ。


「環日本海諸国図」
富山県作成の地図を転載(平6総使第76号)

網野善彦の著書『「日本」とは何か』(2000年、講談社) で紹介された「環日本海諸国図」(富山県作成)を見ていると、我々は日本を中心にしてものを見ているんだなということがわかる。大陸から見たら日本なんて小さな島なわけですよ。

小崎:この地図を見ると、日本海がひとつの大きな内海で、そこに日本や韓国、中国が面しているようにしか見えない。ここで古代から様々な交易が行われたことはほぼ間違いないと網野氏は言っていますね。

三潴:しかも仏教伝来以前から今の韓国や中国大陸との交流があったと言われている。つまり、東アジアにはずっと以前からひとつの共同体とコミュニケーションが形成されていたんです。

小崎:今の国家という概念と全然違った、国境などとは関係なく、ある種実利的な交易があって、複数の共同体が重なり合っていた。国に縛られない共通点が、そこにはあったんじゃないかって気がしますね。

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2010年1月23日にDAY STUDIO★100(Vantan渋谷校)にて行われた対談を収録しました。

みづま・すえお
東京生まれ。成城大学文芸学部卒業。1980年代からギャラリー活動を開始。94年ミヅマアートギャラリーを青山に開廊。2000年からその活動の幅を海外に広げ、国際的なアートフェアに参加。02 年、中目黒にギャラリーを移転。08年、北京に「Mizuma & One Gallery」を開廊。09年、市谷田町にミヅマアートギャラリーを移転、中目黒のスペースはミヅマ・アクションとして活動を継続させている。

ミヅマアートギャラリー
http://mizuma-art.co.jp/

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