連載 田中功起 質問する 3-1:保坂健二朗さんへ 1

国際的に活躍する気鋭のアーティストが、アートをめぐる諸問題について友人知己と交わす往復書簡。ものづくりの現場で生まれる疑問を言葉にして、その言葉を他者へ投げ、投げ返される別の言葉を待つ……。第3回の相手は、東京国立近代美術館研究員の保坂健二朗さん。今回からやりとりの数を少し増やして、3ヶ月の間にそれぞれ3通の手紙で「アウトサイダーとインサイダー」について意見交換を行います。

往復書簡 田中功起 目次

件名:内側と外側から

保坂健二朗さま

先日はケントリッジのカタログありがとうございました。あの日は不思議なもので、地下鉄のホームで数日前に飲んだ友人に会ったり、道すがら古い知り合いにすれ違ったり、このまま自分は死ぬんじゃないかと思うほどたくさんのひとに会いました。幸いまだこうしてLAでのんびり生きてますけど。


2月の一時帰国中の新潟への旅。高速道路の風景。

今回、保坂さんと考えてみたいのはいわゆるアウトサイダー・アートと(インサイダー)アートの関係についてです。とはいえ、その線引きに興味があるわけではありません。表現そのものに焦点を当てるときこの境界はなかなか曖昧なものかもしれない。近づくと曖昧だけど、遠ざかると違いが見えるというような、どこまでが平地で、どこからを山と呼ぶのか、そんな違いはあると思います。

ちょうど会期は終わりましたが、保坂さんの企画された「この世界とのつながりかた」という展覧会は、障害のあるひととアーティストの作品を一緒に見せることを、ひとつのコンセプトにあげているスペースで行われました。ぼくはあいにく展覧会を見ることができなかったので、展示の内容そのものにはふれることができません。なのでひとまずはその短いコンセプトから保坂さんの目指すところを考えてみたいと思います。「世界」には自分の「内面」と外側の「世界」という二つの「この世界」があり、「生きるということは、ふたつの「この世界」をすりあわせていくことである」(*1)と書かれています。保坂さんはそうした表現活動をしている作り手を「精神病院で暮らしている人」も「コンセプチュアルな作品をつくる者」も一緒に選んでいます。

作る行為は、いわばどのように世界と関わっていくのか、という営みでもあります。英語のタイトルが「Touch the World」となっているように「世界に触れる」営みのうえで、ぼくらの行為は優劣なく同じ平面上に並んでいる。前回の成相さんとのやりとりの中で今村花子さんについてぼくがすこしだけふれましたが、展覧会に参加している川内倫子さんはたまたま彼女のことを撮影されてましたね。ぼくはじぶんのメールの中でかえるさんの見方を紹介しました。つまり営みがだれかに「見届けられる」ことではじめて作品となるということ、成相さんとのやりとりの中ではそんな鑑賞についてが話題の中心でした。ぼくはもう一度、これを表現の問題へと戻してみたいと思っています。作る行為、表現のこと、それらをアウトサイダー・アートとの関係において保坂さんはどのように考えているのだろうかと思っていました。

例えば自分がどこにいるのかという不安。ぼくはあまり道に迷わないんですが、ときたまそういう経験をすることがあります。自分がなにか得体のしれない地域に迷い込んでしまった不安。映画「千と千尋の神隠し」でのトンネルを抜けた先のあの朽ち果てたテーマパーク。ぼくは千尋が苦労する油屋よりもあの手前の場所の方がはるかに怖い。だれもいないし、どこかもはっきりしない場所。この世とあの世の境目。ぼくらはそこで自信をなくし、ときには世界との関係を遮断する、千尋の父母が豚になるまでなりふり構わず食べ続けたように。あるいはよく分からないうちに世界に巻き込まれてしまう、油屋での千尋のように。この世界とはなにかという不安は、そのまま自分がなんであるのかって不安とも直結しています。

あるひとの引っ越しを手伝ったとき、ひとつの段ボール箱のラベルに「自信」と書かれていました。そのなかにはいままでの仕事のファイル、つまり自分の実績がつまっていた(おそらく)。ちょっとふれてはいけない気がして、くわしく中身は見なかったけれども。たぶんぼくらはいつも小さな段ボール箱に自らの業績を詰め込んで、その量で安心しようとします。証拠みたいなものですね。でも実際は、段ボール箱を何箱いっぱいにしても不安を取り除けないでしょう。

そんなふうに右往左往しながら、世界とじぶんに翻弄されていく。そういう意味では、「結婚」ってまさに世界、というか圧倒的な他者とじぶんの「すりあわせ」をしていく営みですね。共同生活のなかで、現実のリアリティをまざまざと見せつけられる体験の連続。映画「レボリューショナリー・ロード」はそのすり合わせられないプロセス(=現実)が可視化されていて疲弊しますが。

話をすこし変えましょう。中原浩大さんについて書いてみます。
彼は96年以降、しばらく「アート業界」的には発表していなかったと言われています。2005年に仙台メディアテーク(*2)でツバメの観察写真を新作として発表したことが、いわば10年ぶりに復帰、というような見られ方をした。しかし、実際は、被災地での子どもの居場所を考える「カメパオプロジェクト」(*3)や「掲示板」の機能を使った「notearth.com」(*4)という活動も行っていたわけです。つまり中原さんの側に立てば、活動は(おそらく、紆余曲折があったにせよ)滞りなくつづけていた。

村上隆さんが、「思想地図」(*5)のインタビューのなかで「ルールを越境するとアートでなくなる」というようなことを中原さんの活動に対して言っています。その手前でとどまることが「生き残る術」だと。ここには「アートワールド」に対峙する村上さんの自信がうかがえますが、それは置くとして、この「ルール」を、たとえば「美術史を内面化し、システムの内外を縦横に戯れること」と捉えるならば、システムの枠組みを気にせずに飛び出してしまうことを、この「越境」は指しているのでしょう。おそらく、プライベートな問題へと向かっていた頃の中原さんの作品を、村上さんは「越境」と言っているようですが、むしろそれ以降の活動、とくにぼくはツバメの観察をこそ「越境」してしまった活動だと言えるんじゃないかと思っています。ぼくはしかしここで村上さんを批判しているわけではありません。内側へと向かう力を中原さんに見るならば、外側へと向かう力を村上さんに見ることができます。ぼくには村上さんも中原さんも、ともに誠実な活動を貫いているように見えます。一方がアート(・ワールド?)の初期衝動、他方がいわば「見届け」の初期衝動だという違いはあるにせよ。

アートに留まることから見えてくることもあるとは思いますが、ここでは中原さんに倣ってアートを越え出てみた地点(いや、彼はそのつもりはないかもしれませんが)から考えてみたいです。「世界に触れる」ということを徹底するとき、きっとその作品は収まりが悪くなるはずです。収まる先を「制度」と呼んでもかまいません。それらは制度を批判するのではなく、ただ単に収まらないんだと思います。2005年の当時、中原さんのツバメの観察を展覧会の中で見たとき、ぼくはなんだかどうとらえていいのかわからず途方に暮れてしまいました。その観察の記録は膨大なものだろうし、それこそ終わらないだろうし、現場で起きていることは圧倒的なものに感じる一方で、展示されているものが全体の一部でしかない、という事実。きっと現実の出来事の前で作者自身も決めかねている、とも感じました。時間空間に閉じられている展覧会を、その意味では越え出ている。これを「表現」とか「作る」という名称でくくっていいのかどうか、ぼくにはよくわかりません。むしろ「世界に触れている」、その感覚を見せつけられているような感じです。そこからなぜか目が離せなくなる。つまりそのときは現代美術という文脈のなかで、「展覧会」というシステムに則って展示されてはいるんだけれども、ひとりの人間が目前で起きていることのあまりの複雑さにとにかく立ちつくしている感じが伝わってくる。見ているぼくにすくなくともその感覚が伝わってきているのだから、その意味でコントロールされた作品である、とも言えます。いや、そもそも立ちつくしている彼はシャッターを切るしかないので、その受動的な状態としての「ただシャッターを切るしかない」距離感が写真に記録される。だから鑑賞者も中原さんと同じ位置からその観察の記録を見ることができる。

翻って村上さんの平面作品は、プログラム言語の積み重ねによって作られた圧倒的な風景を見せつけられた映画『アバター』のように、一切、偶然の要素が省かれています。隅々まで徹底的に自覚的な作業の積み重ねである。冷徹なまでに人工的に作られた風景。しかし作り手にとって、このとき自覚的であることと無自覚であることは僅差です。

いや、このように簡単に二つの立場を結びつけてはいけないのかもしれません。結論を急ぎすぎるのがぼくの欠点です。まずは表現におけるアウトサイダーの問題を保坂さんがどのように考えているのか、聞かせてください。

どうぞよろしくお願いします。

田中功起
2010年3月11日 快晴のロサンゼルスより。

  1. 「この世界とのつながりかた」ボーダレス・アートミュージアムNO-MA、滋賀、2009年10月24日~2010年3月7日
    http://www.no-ma.jp/

  2. 「景観 もとの島」仙台メディアテーク、仙台、2005年2月1日~2月28日
    http://www.smt.city.sendai.jp/keikan/

  3. カメパオプロジェクト
    http://www.kamepao.com/jp/

  4. 「==:)notearth.com」(2000年から2003年)。宏観異常現象や自分がいる場所の天気、ケガなどについての個別にBBSがあり、ほかには定点観測写真(月の満ち引き、庭に置かれた観察箱)などが随時アップデートされていた。ただ、もうサイトは閉じられていました。カメパオプロジェクトのリンクに短い説明が書かれています。以下そこからの引用「現在休止中。プロジェクトチームのメンバー、中原氏が関っている地球じゃない(not earth)地球の観察ページ。今いるところの天気を書き込むtenki bbs、健康状態を書き込むAID bbs等。」

  5. 「アート不在の国のスーパーフラット 村上隆インタビュー」『思想地図』vol.4、日本放送出版協会、2009年、p92より

近況:ツイッターはそのひとの内面を露わにしてしまう、ってぼくの友人の言葉ですが、ほんとそうですね。垂れ流す分、本音が見える。外面がいいひと、腹黒いひと、自意識過剰なひと、そのままのひと。怖いメディアです。気をつけて。気をつけます。ぼくの内面はこちらから。https://twitter.com/kktnk

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