連載 編集長対談10:総集編

日本的アートとは:「我々のリアリティ」が生み出すもの

「日本的なアート、非欧米圏のアートはあり得るのか、あるとしたらそれはどのようなものか」をテーマに様々な形でアートに携わるゲストを迎えた連続対談シリーズの総集編。9名のゲストとの対談を通じて導かれた結論とは?

トーク:小崎哲哉/構成:編集部

編集長対談 目次

オルタナティブなアートスペース「3331」


3331 Arts Chiyoda

今日は中村政人さんをゲストに迎えて対談をする予定でしたが、急遽やむをえない事情でご登場いただけなくなりました。まずふたりで何を話すつもりだったかをお話しします。

中村さんは1963年生まれ。日本を代表するアーティストのひとりです。村上隆さんらと同世代で、かつて『中村と村上』という2人展をやったこともあります。2001年のヴェネツィア・ビエンナーレ出展作家に選ばれ、マクドナルドの「M」マークの巨大なレプリカを出品しました。ひとりの作家として、消費社会など現代の諸問題に着目した作品を制作する一方、「コマンドN」というアーティストイニシアティブを作り、非常に面白い展覧会を企画制作しています。

そのひとつが『秋葉原TV』というビデオアートのフェスティバルです。普通「ビデオアート」と言えば、美術館やギャラリーにプロジェクターやモニターを設置して見せますよね。ところがこの企画の場合はそうじゃなくて、電気街・秋葉原の電気屋さんや千代田区と交渉して、店頭に並んでいる売り物のテレビ受像器数千台にアート作品を流して見せた。普段はバラエティショーとか野球とかが流れているところですから、ものすごいインパクトでした。ほかにも、ビルの隙間に作品を展示する「スキマプロジェクト」や、自分の生まれ故郷である秋田県大館市でのアートによる町起こし『ゼロダテ』、富山県氷見市での同様のプロジェクト『ヒミング』など、ホワイトキューブの外に出て、街の一部を展示空間にしたり、地域とアートをつないだりする企画を実施しています。

そしてこの3月、秋葉原の旧練成中学校を改修したアートセンター「3331 Arts Chiyoda」を開館させました。秋葉原や神田など地元との協働を図る一方、東京と自分の故郷である秋田やそのほかの地方都市、さらには東アジア地域とも連携したいという構想を持っています。実は僕も「3331」のボードメンバーのひとりで、コマーシャルアートとは一線を画したオルタナティブなアートスペース、それも東京で地域性をコアにして新しい提案を行おうというスペースですから、どんな可能性がありうるか、ぜひ話をしたいと思ったんです。残念ながらその願いは叶いませんでしたが、今日はそれと関連して、これまでの連続対談を振り返りつつ、現時点での「まとめ」的なお話をしたいと思います。

「浮遊するジェネレーション」


ポール・チャン「1st Light」2005年
Digital video projection, 14:00 minutes
Courtesy Greene Naftali Gallery, New York
Photo Jean Vong

2007年に『ART iT』(16号)で映像アート特集を組んだことがあります。その少し前に気が付いて注目していたのが、9.11以降の一群の作家たちに、ある共通した傾向が現れているということでした。それは具体的には「白」「影」「浮遊」「落下」という4つのキーワードで表される特徴、傾向です。
 
例えば、ポール・チャンの映像シリーズ『Lights』では、樹木の影が穏やかにそよいでいる中に、あるいは鳥の群れの影が羽ばたいている中に、突然人影が落ちてきます。ワールド・トレード・センターから人が落下する映像が世界に配信されましたが、それをそのまま引用したイメージなんですね。陳劭雄(チェン・シャオション)、渡辺豪らの平面作品や、さわひらき、シルパ・グプタ、繆暁春(ミャオ・シャンチュン)、邱黯雄(チウ・アンション)らの映像作品、ダンスカンパニー「ニブロール」の高橋啓祐が手がける舞台映像にも、4つのキーワードのいずれか、あるいはすべてと関連するイメージが現れています。この傾向は特にアジアの作家に多いような気もしますが、統計を取ったわけではないので、断言はできません。


高橋啓祐「Untitled」2007年 ニブロールの舞台のための映像より

また、「浮遊」「落下」は動画に現れやすい特徴ですが、実はこの4つは映像に限った話ではありません。絵画やインスタレーション作品も顕著に見られるように感じています。ともあれ、ここから「浮遊」というキーワードを取り上げ、翌08年に出した18号で「浮遊するジェネレーション」という特集を組んでみました。このキーワードに当てはまるような、20代後半から30代半ばまでの作家を選んで構成した「誌上展覧会」です。大巻伸嗣、鬼頭健吾、小金沢健人、青木陵子、中川トラヲ、田尾創樹、三宅砂織、田中功起、照屋勇賢、金氏徹平、エキソニモ、さわひらき、木村友紀、パラモデル、近森基++久納鏡子の計15組。地に足が着かないような、時代に対して漠たる不安を感じているような、そういうふうに感じられる表現者を選んでみたんです。

「地に足が着かない」とか「漠たる不安」というと、否定的なイメージで受け取られるかもしれませんが、そうではありません。編集部の意図は、むしろ「時代を感知する優秀なアンテナ」としての作家を提示することにありました。その意味では、「浮遊するジェネレーション(世代)」ではなく、「浮遊する時代」というタイトルを付けるべきだったかもしれません。07年に『マイクロポップの時代』という展覧会(水戸芸術館現代美術ギャラリー)を企画した美術批評家の松井みどりは「情報過多の時代にあって、文化的なコンセンサスを行動の規範とすることは、困難になっている。伝統的な価値観や、マルクシズムのような『大きな物語』は、既に権威を失墜しているからだ」(図録より)という認識を示しています。その現状を現代の多くの表現者たちは、意識するとしないとに関わらず肌で感じているのではないか。松井さんは、そんな時代にあって「独自の生き方の道筋や美学をつくり出す姿勢を示している」(同)と作家たちの能動性を評価していますが、僕はむしろ「否応なしに浮遊せざるを得ない世代、時代」という仮説を立てました。

「日本」は何からできているか

なぜこんな話をしたかというと、「いかなる表現者であれ、自分が生きる時代・場所に影響されないわけはない」というごく当たり前の事実を再確認したかったからです。「浮遊する世代」が生まれるのは「浮遊する時代」が先にあるからであり、その逆ではない。それを敷衍すると、この連続トークの主題である「日本的アートとは何か」という大きな問いへの答も自ずから出てくるような気がします。
 
つまり、我々の表現は我々のリアリティ、すなわち我々が生きる現実から生まれるのであって、それ以外からは生まれようがない。だとすれば、基本的に日本に暮らしている表現者が作る作品は、好むと好まざるとに関わらず日本的なものになる。その場合の「日本」とは、先進国の、西側諸国の中の日本であったり、あるいはアジアの、東洋的な文化圏の中の日本だったりするでしょう。数千年に及ぶこの列島の歴史に根差したものであるかもしれないし、150年足らずの近代史のみに影響されたものかもしれない。人によってリアリティは異なるから、「日本的アート」の「日本」も複数存在するんだと思います。
 
逆に言うと、たったひとつの属性を抽出して「これが日本だ」ということはできない。現在の「日本」の中には、例えば三潴末雄さんと話したような中国文化の影響や、小池一子さんに伺ったような西武セゾンカルチャーの影響もあります。もちろんグローバリゼーションや、9.11のような世界的事件の影響もある。割合・比率はどうであれ、それらすべてを反映して作られているのが、否応なく「我々のリアリティに根差したアート」になるのではないか、ということです。冒頭にお話しした中村政人さんたちの活動は、まさしく「我々のリアリティ」に根差していると思います。第9回目に登場していただいた椿昇さんも「借りてきたものでやっていてもダメですよ。我々の気候風土と民族性に合うものは根付くと思います」と発言しています。
 
アートの出自・起源は西洋にあり、現代アートは欧米のルールに則って作られる以上、それは欧米的なものにならざるを得ません。例えば村上隆は「僕らは西欧と違ってピラミッドのない社会にいる。そんな日本ではアートはできない。海外に行くしかない」と断言しています(東浩紀、黒瀬陽平によるインタビュー/『思想地図』vol.4所収)。『ART iT』17号のインタビューでは「格闘技と一緒で、ルールを知った上で、それをどう使って自分のゲームを有利に持っていくか」とも語っている。その認識のもとに、つまり欧米のルールに則った上で、アニメやフィギュアなど、現代の日本的な意匠を組み込んでいるわけですが、僕はそれは、本当に日本のリアリティを映しているものではないと思います。村上さんのリアリティではあるかもしれませんが、少なくとも僕のリアリティとはかけ離れています。

その意味で印象深いのは、第1回目の対談で会田誠さんが言っていたことです。「僕も美術史を参照したり、典型的な現代美術家のやり方をしているので、ある意味では正統派ではないかと思います」と言う一方で、「欧米的なアート観からは、厳密に言えば僕の活動はアートとは呼ばれないのでしょうが、それでもいいと思っていて」とも語っている。さらに「欧米のように世界標準みたいなものを謳うアートよりも、海外なんか最初から考えていない日本のサブカルチャーのほうがむしろオリジナリティがあるかもしれません」。これは小山登美夫さんが言っていたことと相通じますよね。小山さん曰く「海外の美術作品を観ていると、セオリーで固められすぎていてつまらないんですね。日本では逆にそういった思想がない分、面白いことができるかもしれないと思っています」

会田さんは「もうアートなんて概念を気にしなきゃいいのになあ」「日本こそ、いちばん率先して、もう美術っていう定義付けはどうでもいいし、サブカルチャーとの区別もどうでもいいって、言えるような気がなんとなくしています。そういうやつになろうかなと、僕は思っています」とまで言い切っている。ここにいちばん大きな答があるような気がします。そういう意味ではこの連続トークは最初から答が出ていたのかもしれないですね。

「戦後」と「平成」の対比

最後におまけとして、現在の我々のリアリティに関わる現代史の年表をご覧に入れます。作成したのは僕自身ですが、文芸批評家で思想家の柄谷行人の「一九七〇年=昭和四十五年——近代日本の言説空間」(『終焉をめぐって』所収)という論文に掲載されていた年表をヒントとしています。柄谷さんは明治と昭和に起こった政治的事件を対比させていました。僕が作った年表では、架空の元号「戦後」を設定して、日本の国内外起こった政治的・社会的事件を、平成期のそれと並べています。「戦後元年」は、日本が太平洋戦争に敗北した昭和20年、すなわち1945年に当たります。

平成期には安倍首相辞任のようにショボイ事件もありますが(笑)、「戦後」と「平成」が不思議に似通っているのがわかるかと思います。そこで、次に見ていただきたいのは、同じく「戦後」と「平成」の「現代アート年表」です。

政治的・社会的事件と同じく、やはり平成期のほうがショボイような気もしますが(笑)、ともあれここにも不思議な対応が見られます。個々の事象・事件についての説明は省くので、関心ある方は自分で調べてみて下さい。
 
いちばん注目したいのは、現時点に至るまでの過去の事象・事件ではなく、未来に起こるかもしれないことです。年表の最後、「戦後24年」と「平成24年」を見て下さい。「戦後24年」には、現代美術の中で最も日本らしいと言いうる「もの派」が誕生しています。関根伸夫、李禹煥らが始め、イタリアの「アルテ・ポーヴェラ」などと比較されることがありながらも、日本に固有の独自な表現だと世界が認めるアートの潮流です。
ちなみに「戦後24年」(1968年)は、フランスにおける「5月革命」など、日本を含む世界中で学生運動の嵐が吹き荒れた年でもありました。では平成24年には何が起こるのか?
歴史はすべて「後付け」なので、予言など無意味かもしれません。それでも僕は、平成24年前後に、新しいアートの潮流が生まれないかと期待しています。改めて言うまでもなく、我々のリアリティに深く根ざしたアートです。ご静聴ありがとうございました。

※2010年3月15日にDAY STUDIO★100(Vantan渋谷校)にて行われた対談を収録しました。なお、同日をもって小崎哲哉は編集長を退任しました。

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